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第2話:言葉なき毛糸

彼女の館は、死の世界そのものだった。

 吹き荒れる猛吹雪を避けて転がり込んだその洋館は、天井から床に至るまで、美しくも禍々しい青い結晶に覆われていた。

 暖炉に火はなく、窓から差し込む月光さえもが青く凍りついている。

 そして何より恐ろしかったのは、その館の主である少女――エルザだった。

 頭部に生えた、冷たいあおい毛並みの長い耳。

 吹雪の夜に出会った彼女は、私の体温を恐れるように激しく震え、そのたびに足元から鋭い氷の棘を噴出させていた。

 触れれば、凍る。関われば、死ぬ。

 彫刻師として世界を巡り、数々の美しいものを見てきた私だが、これほど完璧で、これほど残酷な「美」には出会ったことがなかった。

(僕は、この美しさを形にしたい)

 凍傷で白く感覚を失いかけた右手を、私はそっと胸に当てる。

 命の危機を感じているはずなのに、私の心臓は、この冷徹な世界を歓迎するように、ドク、ドクと歪んだ歓喜を刻んでいた。

 *

 出会いから数日が経った。

 エルザは私を館から追い出そうとはしなかった。ただ、近づこうともしなかった。

 彼女はいつも、広大なホールの片隅にある、青い結晶に覆われた肘掛け椅子に座って、膝を抱えている。

 不思議なことに、彼女は一切の言葉を発しなかった。

 何かを伝えようとするたび、彼女の細い喉は痛ましげに震え、口元からこぼれ落ちるのは、きらきらと輝く青い結晶の破片と、一筋の冷たい血だけ。

 そのたびに、彼女はひどく怯えたように、自らの喉を細い指先でかき抱くのだ。

『これ以上、喋ろうとしないで』

 私はスケッチブックにそう書き、彼女に見せた。

 エルザは驚いたように碧い瞳を見開き、小さく頷いた。

 喋れない彼女。死をもたらすからと、他者との関わりを拒む碧いうさぎ。

 それなら、言葉なんていらない。

 私は彼女の正面から数歩離れた床に座り、ポケットから愛用の彫刻刀と、旅の途中で拾った硬いにれの木片を取り出した。

 サリ、サリ、と静寂に包まれた館に、木を削る音だけが響く。

 彼女は最初、私の手元を遠巻きに警戒していたが、やがてその碧い耳をピクリと動かし、じっと彫刻刀の動きを見つめ始めた。

 削り出しているのは、小さなうさぎの木彫りだ。

「……できたよ」

 半日かけて削り出した小さなうさぎを、私は床の、彼女とのちょうど中間地点にそっと置いた。

 そして、彼女を刺激しないようにゆっくりと後ろへ下がる。

 エルザは躊躇うように椅子から腰を浮かせ、音もなく滑るように近づいてきた。

 木彫りのうさぎを見つめる彼女の指先が、小さく震えている。

 ――触れてしまえば、これも凍りついてしまう。

 彼女の瞳に浮かんだ、あまりにも深い絶望の色彩。

 だが、彼女がそっと木彫りに触れた瞬間、木片は青い霜に覆われたものの、結晶となって砕け散ることはなかった。命なき物質は、彼女の魔力に耐えうるのだ。

 エルザの顔に、ふわっと、小さな光が灯るような微笑みが浮かんだ。

 それは、凍てついた冬の夜に一瞬だけ咲いた、奇跡のような春の表情だった。

(ああ、なんて愛おしいんだろう)

 私の胸の奥が、じりじりと焼けるように熱くなる。

 彼女が嬉しそうに木彫りのうさぎを胸に抱きしめる姿を見て、私は自分の指先が、すでに感覚を失うほど凍りついていることさえ忘れていた。

 喋れない彼女の代わりに、私は毎日、木を削った。

 小鳥、リス、一輪の花。

 私が作った命なき彫刻たちが、彼女の周囲を青く染めながら、静かに増えていく。

 言葉はなくとも、私たちの間には、確かに「温もり」が通い始めていた。

 だが、私は気づいていた。

 彼女の側にいればいるほど、私の体温は確実に奪われ、息を吸い込むたびに肺の奥が凍りついていく感覚を。

 私の心臓の鼓動は、日に日に遅くなっている。

(それでもいい……。このまま君の冷たさに溶かされて、動かない彫刻になれるなら)

 そんな歪んだ幸福に浸っていた私たちの静寂を、あの忌々しい足音が踏みにじるまでは。

 館の外から、松明の赤い光と、狂気に満ちた人間たちの怒号が迫っていた――。

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