プロローグ(第1話)
――寂しいと、死んでしまうというのは本当なのだろうか。
もしそれが本当なら、どうして私は、これほど狂おしい夜を幾千も越えて生き永らえているのだろう。
私の世界は、青い。どこまでも、深く、冷たく、凍てついた碧だ。
触れる花はすべて息を吹きかけられたようにガラスの結晶へと変わり、梢に止まる小鳥は、その温かい羽毛ごと凍りついて地面へと落ちる。私の体温は、この森を支配する絶対零度の冬そのものだった。
頭から生えた、長い碧い毛並みの兎の耳。それが恐怖や寒さで震えるたび、周囲の空間には、鋭く尖った氷の棘が咲き乱れる。私はただの、怪物。触れるものすべてを傷つける、忌むべき『兎の魔女』。
「あ……、あ……」
細い首筋に手を当て、声を絞り出そうとする。だが、喉の奥からせり上がるのは言葉ではない。乾いた、不快な摩擦音と、口の端から零れ落ちるきらきらとした青い結晶の破片だけだ。
痛い。喉の奥に突き刺さった、あの鋭い『結晶の棘』が、肉を裂くようにじりじりと痛む。
これは私が自分自身に課した、決して解けない沈黙の呪いだ。
思い出すのは、遠い遠い、世界にまだ私の「声」があった頃の記憶。
私を愛してくれた、ただ一人の優しい人の顔。その人に、どうしても、自分の胸の内にあるあたたかい感情を伝えたかった。ただ一言、「大好き」と、その小さな胸に囁きたかった。
けれど、私の唇から零れ出たその「愛の言葉」は、最も美しく冷酷な、絶対零度の吹雪となって彼女を包み込んだ。温かかった身体は一瞬で蒼白い氷の彫刻へと変わり、私の手が触れた瞬間、音を立てて粉々に砕け散ったのだ。
(私の言葉は、愛する者を殺す刃)
絶望のなかで、私は自らの喉に鋭い氷の棘を突き刺した。二度と、愛を囁かないように。二度と、大切な人の心臓を止めないように、声帯をズタズタに引き裂いて、声を捨てたのだ。
言葉を持たない、歌えない、碧いうさぎ。
私はそうして、誰の目に触れることもなく、暗い森の奥でずっと、独りきりで震えながら死を待つはずだった。
あの吹雪の夜。私の冷たい館に、凍えかけた旅の彫刻師――シオンが、迷い込んでくるまでは。
「大丈夫かい、そんなに震えて」
彼は、霜焼けで白くなったその指先で、私の氷のように冷たい頬に触れた。
熱い。あまりにも熱くて、胸が、頭が、狂ってしまいそうなほどの温もりだった。私がその熱から逃げ出そうとしたとき、彼は消え入りそうな声で、けれど確かに、こう微笑んだのだ。
「なんて……冷たくて、美しい肌なんだ。どうか、僕に君の姿を、形に残させておくれ」
それが、私たちの破滅の始まりだったとも知らずに。
私という毒に侵され、少しずつ凍りついていく彼の心臓を、私はただ、見つめることしかできなかった――。




