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第29話「相関」

 その冬、シンはこれまでのすべてを並べ直した。


 その頃、テオが去って空いた寝床には、いつのまにか新しい番号が入れられていた。だがシンは、名も聞かず、目も合わせない。もう、誰かを覚えるのは御免だった。


 頭の中の帳面を、いちばん古い頁からめくっていく。この地獄に来てからの、すべての"なぜ"を。一つずつ闇の中に取り出して、床に並べるように。


 採血の一瞬、刻印がゆるむこと。


 スープを食っても、身体がそれを力に活かせないこと。皆が食べても弱っていくこと。


 これだけ多くが死ぬのに、自分の身体が他より少しだけ長く保つこと。


 血が"戻る"時に、力がいちばん漏れること。


 刻印が血の異常に応えること。


 ――ばらばらの、なぜだった。


 これまでシンは、それらを別々の棚にしまってきた。刻印の棚。スープの棚。身体の棚。軽さの棚。別々の謎として。それぞれを別の場所で掘っていた。


 だがいま、それらを並べ直して、シンは気づいた。


 それらは別々ではなかった。


 一つの中心の周りを回っていた。


 刻印がゆるむのも。スープを活かせないのも。身体が保つのも。力が漏れるのも。刻印が応えるのも。……すべてのなぜが、たった一つの同じ中心を指していた。バラバラに掘っていたいくつもの穴が、地の底で一つの大きな空洞に繋がっていた。


 その中心にあるもの。


 ――血が作られること。


 シンにはそれが見えた。すべての糸の結び目。すべてのなぜの真ん中。そこに"血が作られること"があった。まだそれを何と呼べばいいのか、シンには分からなかった。言葉がなかった。ただ"血が作られること"としか掴めない。だが、それが中心だと直感した。骨でそう感じた。


 シンは興奮を抑えられなかった。長い、長い掘削のいちばん深い所で、ついに鍬の先が固い何かに当たった。


 だが、その次の一線でシンは止まった。


 相関は掴めた。すべてが"血が作られること"の周りを回っている。それは分かった。いつ力が漏れるか。何と何が繋がっているか。


 だが、因果が分からなかった。


 なぜ。……なぜ血が作られると、力が漏れるのか。なぜその"血が作られること"が、すべてのなぜの中心になるのか。その一線が、どうしても越えられなかった。中心があることは分かる。その周りをすべてが回っていることも。だが、その中心の正体だけが、霧の向こうにあった。手を伸ばしても、指が届かない。


 その夜、シンはダンに、初めてこの相関のすべてを話した。声を殺して。棚を一つずつ並べるように。順を追って。


 ダンは長いあいだ、黙って聞いていた。落ちくぼんだ目を閉じて。


 そして聞き終えて、ふ、と深い息を吐いた。それは感嘆にも痛みにも聞こえる息だった。


「……そこまで来たか」ダンは低く言った。「俺もそこまでは、感じてた。血を抜かれると、力の感じが揺れる。……何かが"血"の周りで起きてる。そこまでは俺も来た。長い、長い時間をかけて。お前が生まれるより、ずっと前から」


 ダンの落ちくぼんだ目が、闇の奥で静かに開いて光った。


「だが、その先が俺にはなかった」ダンは言った。「俺は血を操れん。だから"血が作られる時"を、内側から覗くことができん。感じることはできても、確かめられん。手で触れられん。……お前は操れる。数ミリだがな。だからお前は覗ける。俺が覗けなかった、そのいちばん奥を。俺の目は扉の前で止まった。お前の手は、その隙間に入る」


 同じ場所まで来て。この老人も止まっていた。


 シンは改めて思い知った。答えはこの地獄の誰も持っていない。ダンも。看守も。白衣たちも。あの賢い予測の男でさえ。……誰も。同じ違和感の縁まで来た者はいた。だが、その先へ行けるのは、血を操れる自分だけだった。このハズレの烙印を押された力だけが。


「行け、小僧」ダンは言った。「俺が行けなかった、その先へ。……お前にしか行けん。それは呪いじゃない。……お前だけの鍬だ」


 シンは頷いた。だがまだ、その中心の正体が掴めない。もどかしさが喉元で疼いた。あと一枚。霧のあと一枚が晴れない。


 ダンはその、シンのもどかしさを見透かすように、静かに言った。


「焦るな」ダンの声は穏やかだった。「……答えはもう、目の前にある。お前のすぐ目の前だ。手を伸ばせば、届く所に。……ただ、お前がまだ、その名前を知らんだけだ」


 答えはもう、目の前にある。ただ、その名前を知らないだけ。


 その言葉が、シンの胸のいちばん深いところに落ちて、静かに燃えた。


 あと少し。この中心にあるものの名前さえ掴めれば。すべてのなぜが一本に束なる。ばらばらの穴が、一つの鉱脈になる。


 シンは暗い天井を見上げた。その霧の向こうに、答えの輪郭が、もう、うっすらと見え始めていた。名のない、大きな何かが。


 あと、少しだ。


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