第13話「番号を数える」
台帳の部屋は、採血室のさらに奥にあった。
窓のない、狭い部屋だった。壁一面に木の棚が並び、そこに分厚い帳面がびっしりと詰まっている。埃と、古い紙の匂いがした。魔石の光はここでは、いっそう青白く冷たかった。
シンの仕事は単純だった。
棚から古い帳面を出し、そこに書かれた番号を一つずつ読み上げる。別の白衣の男が、それを新しい帳面に書き写していく。ときどき、番号のわきに印をつける。生きている個体には丸を。運び出された個体には罰を。そして、シンには読めない、いくつかの別の印を。
男はシンをほとんど見なかった。ただ、道具のように使った。「次」「もっとはっきり読め」「そこは飛ばせ」。シンは逆らわず、言われた通りに番号を読み上げ続けた。
屈辱的な作業だった。
人の名前ではなく、番号を。生きているか死んでいるかを、丸と罰で。まるで家畜の台帳のように。シンは、その一冊一冊が、かつて名前を持っていた誰かの記録なのだと知っていた。母がくれた名前を奪われた、誰かの。
誰が、こんな仕組みを作ったのか、とシンは思った。
人を番号で数え、丸と罰で選り分け、家畜のように管理する。この、精巧で冷たい仕組み。ただの看守や研究員に作れるものではなかった。もっと上の、もっと大きな何かが、この番号の仕組みそのものを造り上げている。そして、そこから利を得ている。シンには、まだその"何か"の正体は見えなかった。ただ、この台帳の一冊一冊が、その巨大な何かの末端の、ほんの一枚にすぎないのだということだけは、うっすらと感じ取れた。
だが。
シンはすぐに気づいた。
――これは、宝の山だ。
番号を読み上げながら、シンの頭の中では別のことが起きていた。
番号の付き方に規則があった。桁の数。頭の文字。区分ごとに、番号の作りが違う。採血区分の個体はこういう番号。生活雑役の個体はこういう番号。そして、シンがいちばん知りたかった、あの危険区分の個体は。
シンは読み上げながら、それらを片端から、頭の帳面に写し取っていった。
どの番号が、どの区分か。どの印が、何を意味するか。丸は生存。罰は運び出し。では、あの赤い印は。あの二重の線は。男の手つきと、そのあとのその個体の扱いを、シンはこっそり見比べた。そして少しずつ、印の意味を解いていった。
台帳は、この施設の"地図"だった。
これまでシンが、目で見て、足で歩いて、少しずつ描いてきた施設の地図。それのはるかに詳しい、完全な版が、この埃をかぶった帳面の中に全部書かれていた。誰が、どこにいるか。誰が、どう扱われているか。この地獄の管理の骨組みそのものが。
屈辱の雑用は、シンにとって、これ以上ない情報の宝庫だった。
罰を、機会に変えろ。ダンの教えが、シンの中で静かに働いていた。シンは番号を読み上げる声だけは退屈そうに、おとなしく保ちながら、その頭では、この施設の全体像を猛烈な速さで写し取っていた。
作業を続けるうちに、シンはある古い帳面に行き当たった。
いちばん奥の棚の、いちばん下。ほかのどれよりも古く、色の褪せた一冊。そこに書かれた番号は、シンがこれまで読んだどの番号よりも、桁が少なかった。
古い番号ほど、桁が少ない。シンはもう、それを読み解いていた。桁が少ないということは、それだけ古くからここにいるということ。
そして、そのいちばん桁の少ない番号のいくつかに、シンは見覚えのある印がついているのを見つけた。
いや。番号そのものに、ではない。その番号の扱われ方に。
その古い番号のほとんどには、罰の印が――運び出しの印がついていた。当然だ。それだけ古ければ、もう生きてはいまい。だが、そのうちのたった一つ。
罰でも、丸でもない、その番号があった。
まだ生きている。桁違いに古いのに。まだ、この施設にいる。
シンの指が止まった。
その番号を、シンは知っていた。
台帳作業を始めてから、シンはいくつかの番号を頭に入れていた。自分の番号。そして、房を共にする、あの老人の番号を。
ダンの番号だった。
シンはその古い、古い番号をじっと見つめた。
桁が違った。ほかの、生きている奴隷の誰よりも。この帳面の中で、ダンの番号は、"生き残っている個体"の中で飛び抜けて古かった。同じ頃の番号はみんな罰の印。運び出され、消えていった。その中でダンだけが、たった一人生き残っていた。
どれほどの時間を。
どれほどの仲間が運び出されていくのを、見送りながら。
あの老人は、この地獄で生き延びてきたのか。
シンは、ダンのあの乾いた声を思い出した。落ちくぼんだ目を。時々漏らす、昔の話の断片を。この番号の古さの前では、そのどれもがまるで違った重さを持って感じられた。
シンはその番号を、そっと頭の帳面にしまった。ダンの過去の輪郭。それは言葉ではなく、一つの古い、褪せた番号として、シンの中に刻まれた。
「おい。手が止まってるぞ」
男の声で、シンは我に返った。
「……すみません」
シンは作業に戻った。番号を読み上げる。丸と罰を確かめる。そして、ふとシンの目が、ある一冊の新しい帳面の上で止まった。
現在の、採血区分の台帳だった。
その中に、シンは自分の番号を見つけた。
自分の番号のわき。そこには、第十二話であの選別のあとにつけられたのだろう、一つの印があった。
シンにはもう、その印の意味が読めた。この台帳作業で解いた印の一つだった。
回送候補。
危険区分への回送。ロルフの行った先へ。
その印が、確かに自分の番号のわきについていた。帳面の上で、乾いた、事務的な、たった一つの印として。
シンはそれをじっと見た。
顔は動かさなかった。声も乱さなかった。ただ、次の番号を読み上げ続けた。何事もなかったように。おとなしいはずれの番号として。
だが、その内側で。
シンは頭の帳面に、その事実を冷たく書き込んでいた。
自分の番号には回送候補の印がついている。時間は限られている。そして、この台帳こそが、その印を管理している。誰が、いつ、その印を"回送"に変えるのか。その仕組みが、この帳面のどこかに必ずある。
罰を、機会に変えろ。
シンは読み上げる声だけは退屈そうに保ちながら、その目で、自分を殺すための仕組みを探し始めていた。




