第1話 異世界バニー騎士姫がやってきた(9)
「……方法がないわけではない」
重たい空気の中、フィリアがぽつりと呟いた。
俺は顔を上げる。
「あるのか?」
「うむ。完全な解決ではない。だが、《黒禍獣》の発生を抑制する方法は確認されている」
「それって?」
フィリアは妙に言いづらそうに視線を逸らした。
さっきまで毅然としていたのに、今は耳がほんのり赤い。
「……欲望を発散させればよい」
「は?」
「貴様の内に溜まった負の欲求が異界へ漏出している。ならば定期的に解消すれば、化物の力は弱まる」
「……」
「賢者たちの観測でも効果は実証済みだ」
「えぇ……」
なんか急に話の方向性がおかしくなったぞ。
フィリアは咳払いする。
「だから本来、私の任務は二段構えだった」
「二段構え?」
「第一任務は、対象の排除」
彼女は指を一本立てる。
「第二任務は――」
そこで言葉が止まった。
「……なんだよ」
「…………」
「おい」
フィリアは観念したように目を閉じた。
「……対象を籠絡し、精神安定を維持すること」
「…………」
数秒沈黙。
俺はゆっくり確認する。
「つまり」
「言うな」
「世界を守るために、君を好きにしていいってこと?」
「露骨!!」
フィリアが悲鳴みたいな声を上げた。
顔が真っ赤だ。
耳まで真っ赤だ。
「な、なな、何を言っている貴様は!?」
「いやでも要約するとそう――」
「違う!!」
机を叩いて立ち上がる。
「もっとこう……段階とか空気とかあるだろう!?」
「段階?」
「信頼構築! 情緒! 精神交流!」
「急に恋愛シミュレーションみたいな単語並べるな」
「当然だろう!」
フィリアは羞恥で涙目になっていた。
「私は王女だぞ!? 騎士だぞ!? いきなり『好きにしていい』などと軽々しく――!」
「でも任務なんだろ?」
「うっ……」
痛いところを突かれた顔になる。
どうやら図星らしい。
フィリアはしばらく口をぱくぱくさせ、やがて力なく座り込んだ。
「……だから嫌だったのだ」
「え?」
「出発前、賢者どもが妙にニヤニヤしながら『フィリア殿なら適任ですなぁ』などと言ってきて……!」
胃痛を思い出したみたいな顔だ。
「私は純粋な外交任務だと思っていた! なのに渡された資料には『対象男性の心理傾向』『好感度上昇会話例』『自然な距離の縮め方』などが……!」
「何だその攻略本」
「しかも『胸部装甲は軽量化推奨』とか書いてあった!!」
「最低だな異世界賢者」
「最低だ!!」
フィリアは本気で怒っていた。
なんかかわいそうになってきた。
でも。
「……じゃあ」
俺は少し真面目な声で聞く。
「キミは、本当にそのつもりだったのか?」
フィリアが黙る。
紅い瞳が揺れた。
「……世界を救うためだ」
小さな声。
「民を守るためなら、私は利用されても構わん」
その言葉は、妙に重かった。
たぶん彼女は、本気でそう思っている。
王女として。
騎士として。
ずっと自分を犠牲にする覚悟で生きてきたんだろう。
だから俺は、思わず笑ってしまった。
「な、何がおかしい」
「いや」
俺は肩をすくめる。
「真面目すぎるなって」
「む」
「安心しろよ。いきなり襲ったりしないから」
「……本当か?」
「その疑い方ひどくない?」
フィリアはじーっと俺を見たあと、小さく息を吐いた。
「……少しだけ信用する」
「少しかよ」
「当然だ。貴様、欲望が世界を滅ぼすレベルなのだからな」
「その言い方やめろ!」




