第1話 異世界バニー騎士姫がやってきた(8)
しばらく、沈黙が続いた。
朝の光。
食べ終わったパンの袋。
空になったコーヒー牛乳。
さっきまでの軽口が嘘みたいに、部屋は静かだった。
俺はゆっくりフィリアを見る。
「……で」
喉が少し乾いていた。
「なんで俺を殺そうとしたんだ?」
フィリアの表情が固まる。
紅い瞳が伏せられた。
「……それは」
彼女は迷うように言葉を切る。
だが、やがて小さく息を吐いた。
「……私たちの世界は、もう限界だ」
部屋の空気が変わった。
「《黒禍獣》と呼ばれる化物が現れ始めたのは、三年前」
フィリアはゆっくり語り始める。
「最初は小規模だった。だが奴らは増殖した。都市を呑み、人を喰らい、国を滅ぼしていった」
俺は黙って聞いていた。
「剣も魔術も効く。倒せる。だが減らない」
彼女は自嘲気味に笑う。
「民は怯え、絶望し、その絶望がまた新たな化物を生む。終わりのない循環だ」
「……」
「そして、王国の賢者たちは結論に至った」
フィリアの紅い瞳が俺を見る。
「化物の源は異界にある、と」
嫌な予感がした。
いや、昨夜からずっとしている。
「世界の狭間を調査し、ついに原因を突き止めた」
フィリアは静かに言った。
「――貴様だ」
「…………は?」
「正確には、貴様の“黒い欲望”だ」
意味が分からない。
「お前ちょっと待て」
「人間の負の感情は、次元の裂け目を通じて流出することがある。通常は微量だ。問題にならん」
「はあ」
「だが貴様のものは異常だった」
「なんでだよ」
「知らん!」
逆ギレされた。
フィリアは頭を抱える。
「賢者たちは大騒ぎだったぞ! 『なんだこの濃度は!?』『世界を侵食している!』とな!」
「そんな汚染物質みたいに言うな!」
「実際そうなのだ!」
ひどい。
人としての尊厳がボロボロだ。
「……で」
嫌な核心を聞く。
「つまり?」
フィリアは黙った。
長い銀髪が肩から滑り落ちる。
彼女は視線を伏せ、小さく頷いた。
「理論上は」
その声は、朝の静けさに溶けるほど弱かった。
「貴様を殺せば、《黒禍獣》も消滅する」
言葉が消えた。
俺の頭の中も真っ白になる。
冗談じゃない。
知らない世界の。
知らない怪物の。
原因が俺?
そんな理不尽あるか?
「……ふざけんなよ」
気づけば呟いていた。
「俺、何もしてないだろ……」
フィリアが小さく目を伏せる。
「分かっている」
「普通に生きてただけだぞ」
「……ああ」
「なのに急に“お前のせいで世界が滅びます”って言われて、はいそうですかって死ねるわけないだろ……!」
声が震える。
怖かった。
本当に。
死にたくない。
当たり前だ。
「……俺」
拳を握る。
「死にたくないよ」
その言葉に。フィリアの表情が苦しそうに歪んだ。
目の前の少女が、本気で苦しんでいることだけは分かった。




