第1話 異世界バニー騎士姫がやってきた(3)
少女が剣を構えたまま、俺を睨んでいる。
夕暮れの田舎道。
風だけが吹いていた。
その時だった。
ビシッ。
空間に、ひびが入った。
「……は?」
目の前。
何もない空中に、紫色の亀裂が走っている。
ガラスが割れるみたいに。
そこから、どろりと黒い何かが滲み出した。
「っ――!?」
俺は後ずさる。
だが、驚いていたのは俺だけじゃなかった。
「なぜここに《黒禍獣》が!?」
少女が顔色を変える。
亀裂がさらに広がる。
ズルリ、と巨大な腕が這い出てきた。
黒い甲殻。異様に長い爪。
人間みたいな形なのに、人間じゃない。
全身から嫌悪感みたいなものが溢れていた。
「うわっ……」
本能が叫ぶ。
ヤバい。
あれは絶対、人間が遭遇しちゃいけないやつだ。
怪物は、ゆっくりこちらへ顔を向けた。
目がない。なのに、見られていると分かる。
「下がれ!!」
少女が叫んだ。
同時に地面を蹴る。
速い。
銀髪が夕陽の中で閃く。
「はぁっ!!」
剣撃。
火花。
怪物の腕が弾かれる。
だが。
「硬い……!」
少女が歯を食いしばった。
怪物の爪が振るわれる。
ドゴォッ!!
アスファルトが砕けた。
「っ!」
少女が横へ飛ぶ。
ギリギリ回避。
だが完全に押されていた。
「くそ……!」
息が乱れている。
額に汗。
焦っているのが分かった。
俺は必死に考える。
さっきの力。
あれは何だった?
動くな、と念じたら止まった。
なら――。
俺は怪物を見る。
動くな!
強く念じた。
だが。怪物は止まらない。
むしろ黒い体表がぐにゃりと揺れ、不快な音を立てた。
「効かない!?」
怪物の一撃で少女が吹き飛ばされる。
「きゃぁっ!!」
地面を転がった。
まずい。
本当にまずい。
そこで、ふと思った。
怪物じゃなくて。彼女に使えば――。
俺は叫ぶ。
「速くなれ!!」
「え――」
瞬間だった。
少女の体が、白銀の光に包まれる。
次の一歩。
消えた。
いや、速すぎて見えない。
ドンッ!!
衝撃音。
怪物の腕が吹き飛んだ。
「えっ」
少女本人が一番驚いていた。
「な、何だこの速度は!?」
さらに加速。
銀閃が夕暮れを切り裂く。
ズバァッ!!
怪物の胴体が真っ二つになった。
断末魔もなく、黒い肉塊が崩れ落ちる。
やがて霧みたいに消えていった。
静寂。
風の音だけが残る。
「……勝った?」
俺が呟く。
少女はふらりと振り返った。
その顔は真っ青だった。
「貴様……」
「え?」
「むちゃくちゃな援護をするなぁっ!!」
怒鳴られた。
「な、なんで!?」
「無理やり身体能力を数十倍に増幅されたのだぞ!? 体がボロボロだ!!」
「ご、ごめん!」
「関節が痛い! 内臓が気持ち悪い! 視界が揺れる!」
めちゃくちゃ怒っている。
だが次の瞬間。
ふらっ、と体が傾いた。
「あ」
「え?」
少女はそのまま前へ倒れる。
慌てて受け止めた。
「お、おい!?」
「……つかれた……」
か細い声。
「だから……むちゃくちゃするなと……」
そこまで言って。少女は完全に意識を失った。
「ちょっ、待て!?」
返事はない。
夕暮れの田舎道。
俺は気絶したバニー騎士姫を抱えたまま、呆然と立ち尽くしていた。




