第1話 異世界バニー騎士姫がやってきた(11)
「次はどこへ行くのだ」
フィリアが小さな紙袋を抱えながら聞いてくる。
「とりあえず適当に回るか」
「適当でよいのか」
「デートなんてそんなもんだろ」
「でっ――」
フィリアが盛大にむせた。
「で、でぇと!?」
「精神安定活動」
「言い換えただけだろう!?」
顔を真っ赤にして抗議してくる。
でも最初みたいな殺気はもうない。
その反応すら、どこか柔らかかった。
ゲームセンター。
「取れん……!」
フィリアがUFOキャッチャーに本気になっていた。
白いうさぎのぬいぐるみ。
アームが何度やっても滑る。
「むぅぅ……!」
真剣すぎる。
「貸してみ」
「む?」
俺が代わりに操作する。
数回でゲット。
ころん、と落ちるぬいぐるみ。
「おぉ……!」
フィリアの目が輝いた。
かわいい。
「ほら」
「……ありがとう」
彼女はぬいぐるみを大事そうに抱えた。
その瞬間。
近くにいた男子高校生グループがこちらを見る。
「え、何あの子」
「可愛すぎん?」
「彼氏羨まし……」
聞こえてる。
全部聞こえてる。
そして。
めちゃくちゃ気分がいい。
最高だ。
誰もが振り返る銀髪美少女が、自分の隣にいる。
男たちの羨望視線が気持ちよすぎる。
「……貴様」
フィリアがじとっと睨んできた。
「今、妙な優越感に浸っていたな?」
「これも欲望の発散です」
「開き直るな」
「君の世界は救われています」
「絶対違う」
呆れたようにため息を吐く。
でも。
口元は少し笑っていた。
夕暮れ。
駅前のベンチに並んで座る。
フィリアは買った小物袋を膝に乗せ、静かに空を見上げていた。
「……不思議だ」
「何が?」
「貴様は世界を滅ぼしかねない存在なのに」
「物騒だな」
「なのに」
フィリアは小さく笑う。
「こうしていると、ただの少し馬鹿な青年にしか見えん」
「“少し”?」
「かなりかもしれん」
「おい」
でも。
彼女の声は優しかった。
「……今日」
フィリアは夕焼け色の空を見ながら言う。
「民を安心させるという意味が、少し分かった気がする」
「?」
「楽しい時間があるだけで、人は恐怖を忘れられるのだな」
その横顔は穏やかだった。
昨日の、剣を向けてきた騎士とは思えないくらいに。
俺は少しだけ胸が熱くなる。
「じゃあ」
軽く笑って言う。
「今日のデートは世界平和に貢献したな」
「……だからデートと言うな」
フィリアは呆れたようにため息を吐いた。
だけど。
その頬は少しだけ赤かった。
「他の騎士って、やっぱりキミみたいなのばっかりなのか?」
川沿いを歩きながら何気なく聞くと、フィリアは露骨に嫌そうな顔をした。
「“キミみたい”とは何だ」
「美少女騎士」
「……まあ、否定はできん」
やっぱりそうなのか。
フィリアは少し考え込むように視線を泳がせ、それから諦めたように説明を始めた。
「《聖装騎士団》は全部で七名だ」
「七人もいるのか」
「うむ。民衆人気も重要だからな。各々、役割と属性が違う」
「属性」
「……今、変な顔をしたな?」
「してない」
絶対アイドルグループの説明だこれ。
フィリアは指を折りながら紹介していく。
「第一席《紅蓮騎姫》レオノーラ。長身で赤髪。剣技最強。男勝りで厳格だが、支持層は非常に厚い」
「絶対ファン多いやつだ」
「第二席《星冠の聖女》ミレイユ。回復術師。穏やかで慈愛深い」
「清楚系」
「第四席《蒼槍乙女》セリス。無口」
「クール系」
「第五席《機巧姫》ルナ。発明家」
「理系不思議ちゃん」
「第六席《白花忍姫》ユズハ。隠密担当」
「和風!」
「第七席《黒猫騎士》エルナ。最年少」
「妹枠だな」
「なぜそんなに理解が早い!?」
俺は確信した。
これ絶対、異世界アイドル騎士団だ。
しかもガチで人気商売してる。
「……ちなみに」
ふと思いついて聞く。
「キミが失敗したら?」
フィリアの足が止まった。
嫌そうな沈黙。
「……次の騎士が派遣される可能性はある」
「順番に?」
「うむ」
俺の脳裏に、とんでもない単語が浮かんだ。
異世界のアイドル騎士団とハーレム生活。
「…………」
言葉に出しかけた瞬間。
フィリアがギロリと睨んだ。
「今、最低な想像をしたな?」
「してません」
「顔に書いてある!」
怖い。
「他の団員たちにそんなことをさせられるか!!」
フィリアは本気で怒っていた。
「ミレイユは優しすぎるし、セリスは押しに弱いし、エルナなど年下だぞ!? あんな連中を貴様みたいな欲望濃縮体の前に出せるか!」
「欲望濃縮体って言うな」
「事実だ!」
ぐうの音も出ない扱いである。
でも。
俺は少しだけ意地悪したくなった。
「じゃあ」
フィリアを見る。
「君が満足させてくれるんだよね」
「――っ!?」
フィリアが硬直した。
数秒遅れて。
ぼんっ、と音がしそうな勢いで顔が赤くなる。
「き、ききき、貴様っ……!!」
「ごめんごめん」
「軽率に言うなそういうことを!!」
完全にパニックだ。
耳まで真っ赤。
さっきまでの凛々しい騎士感がどこにもない。
俺は苦笑する。
「冗談だって」
「冗談に聞こえん!」
フィリアは胸を押さえながら、じろりと睨んできた。
でも。
その視線には、前みたいな怯えはもうなかった。
帰りの電車は、地獄だった。
「……狭いな」
フィリアが小さく呟く。
夕方の下り線。
車内は仕事帰りや学生でぎゅうぎゅうだ。
俺たちはドア付近に押し込まれ、身動きすらまともに取れなかった。
「これでも今日はマシな方」
「マシでこれなのか……」
フィリアは困惑した顔で周囲を見回す。
現代日本の満員電車は、異世界騎士姫にも理解不能らしい。
そんな中。少し離れた場所に、妙に目立つ女性グループがいた。
派手めのファッション。
大人っぽいメイク。
全員スタイルが良く、車内でもかなり浮いている。
男たちの視線も自然と集まっていた。
……いや。
まあ、見るだろあれは。
俺もつい視線が向く。
「……」
その瞬間。横からじとっとした圧を感じた。
恐る恐る見る。
フィリアだった。
「貴様」
「はい」
「今、どこを見ていた」
「いや別に」
「見ていたな?」
逃げられない。
紅い瞳が細められる。
「そんなにああいう女が好きか」
「いや、そういうわけじゃ――」
「ふん」
フィリアは不機嫌そうに顔を背けた。
分かりやすい。
だからつい、意地悪したくなる。
「なんだよ」
俺は小さく笑った。
「それって、“私だけを見て”ってこと?」
「――っ!?」
フィリアが固まった。
数秒後、ぼんっと耳まで真っ赤になる。
「ち、違う!!」
「違うの?」
「そ、そういう意味ではなくてだな……!」
電車が揺れる。
その拍子にフィリアの肩が俺の胸へぶつかった。
「ひゃっ」
小さな声。
距離が近い。
近すぎる。
混雑で逃げ場がない。
「……貴様が」
フィリアは視線を逸らしたまま言う。
「変な気を起こしたら大変だから、警戒しているだけだ」
「へぇ」
「本当だ!」
「でも」
俺は苦笑する。
「実はもう、結構起こしかけてる」
「なっ――」
フィリアが絶句した。
当然だ。
だって。
満員電車の揺れのたびに、彼女の柔らかな体があちこち当たる。
腕。
胸元。
太もも。
今日一日、かわいい姿を見せつけられ続けて、こっちは必死に平静を保っていたんだ。
「ちょ、ちょっと待て……!」
フィリアが慌てて距離を取ろうとする。
だが人混みで動けない。
逆にさらに密着してしまう。
「っ~~~~!!」
フィリアの顔が真っ赤になった。
「む、無理だ! 近い! 近いぞ!」
「俺だって好きでこうなってるわけじゃない!」
「顔が全然説得力ない!!」
涙目で睨まれる。
すると電車が大きく揺れた。
「きゃっ――」
フィリアの体が完全にこちらへ倒れ込む。
反射的に支える。
細い腰。
甘い香り。
耳元で乱れた呼吸。
数秒。
お互い固まった。
「…………」
「…………」
近い。
近すぎる。
フィリアの長い睫毛まで見える。
紅い瞳が揺れていた。
フィリアは泣きそうな顔で囁く。
「本当に……変なことはするなよ……?」




