宝石の涙は誰のため
裏路地の奥は、昼間だというのに薄暗かった。
「……離して」
低く、押し殺した声。
視線の先――壁際に追い詰められているのは、一人の少女だった。
白に近い銀髪。伏せられた顔はよく見えないが、その片目だけが、かすかに光を帯びている。
「大人しくしろって言ってんだろ」
男が少女の腕を乱暴に掴み上げる。
その周りにも、同じような連中が二人。どう見てもまともじゃない。
「泣かせりゃいいんだ。簡単だろ?」
ぞっとする言葉だった。
――泣かせる?
「……やめろよ」
気づいたら、口に出ていた。
「……あ?」
男たちの視線が、一斉にこちらを向く。
「関係ないだろ。離せよ」
足が震えてるのが分かる。でも、止まれなかった。
「はっ、なんだお前。ガキが」
一人が鼻で笑い、こちらに歩いてくる。
「痛い目見たいのか?」
「……見たくないけど」
それでも、一歩も引かなかった。
「見過ごす方が、嫌だ」
沈黙が一瞬落ちる。
次の瞬間――
「調子に乗るなよッ!」
拳が飛んできた。
避けきれず、まともに頬に入る。視界が揺れる。
「っ……!」
そのまま腹にも一発。体がくの字に折れる。
「弱っ……!」
笑い声。
当然だ。俺は戦えない。魔力もない。
それでも――
「……離せって、言ってるだろ」
倒れかけながら、少女の前に立つ。
「しつこいなぁ!」
蹴りが飛ぶ。転がる。地面に叩きつけられる。
息が、うまく吸えない。
「カナタ!」
後ろでノリトの声がする。
でも、動けない。
視界の端で、少女がこちらを見ていた。
――どうして。
そんな目だった。
「……どうして、助けるの」
かすれた声。
「……理由なんて、いらないだろ」
息を吐きながら、それだけ返す。
その瞬間。
少女の瞳が、わずかに揺れた。
「ほら、泣けよ」
男が無理やり少女の顎を持ち上げる。
「いい素材になるんだからなぁ?」
――素材。
その言葉に、胸の奥がざわつく。
「やめろ!!」
叫んだ、そのときだった。
ノリトが前に出る。
「それ以上は、見過ごせない」
静かな声。
でも、その場の空気が一変する。
「なんだ、もう一人――」
男が構えた瞬間。
ノリトの手が、静かに動いた。
「――転」
小さく呟く。
次の瞬間、男の体がバランスを崩し、そのまま地面に叩きつけられた。
「なっ――!?」
「無理な力は、自分に返るものだよ」
淡々とした言葉。
残りの二人が一斉に動く。
「まとめてやる!」
――まずい。
そう思った瞬間。
体の奥で、何かが“つながった”。
――動け。
自然と、言葉が出る。
「ノリト、右!」
ノリトが迷いなく動く。
「下から来る!」
もう一人の動きが、なぜか“分かる”。
「今だ!」
ノリトの一撃が決まる。
――なんだ、これ。
初めてなのに、全部が噛み合っている。
そのとき。
ぽとり、と音がした。
少女の頬から、一粒の涙が落ちる。
それは地面に触れる前に――
光り、硬質な輝きを放った。
ダイヤモンド。
「……え」
思わず息を呑む。
次の瞬間、空気が震えた。
結晶が、少女の周囲に広がる。
まるで守るように。
男たちの動きが止まる。
「な、なんだこれ……!」
透明な壁が、すべてを遮断していた。
少女は、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳は――
さっきまでとは、まるで違っていた。
「……もう、触らないで」
静かで、でも確かな意思のこもった声。
ダイヤの結晶が、一斉に弾ける。
――勝負は、一瞬だった。
(つづく)




