村から町へ
「さて……今日の観察日記は、こんなものか」
俺は書き終えた紙を眺める。
薬草の成長。葉の状態。水やり。
植木鉢の土の様子。
今のところ、大きな問題はない。
『ですね』
「最初は、こんな記録をつけるなんて思わなかったな」
『必要になったためです』
「まあ、そうなんだけどな」
俺は紙を置いて、ふと周囲を見渡した。
「……ん?」
いつの間にか、村の景色が変わっている。
「下水管……いや、U字溝の設置も進んでるな」
少し離れたところでは、レンガの建物が増えている。
以前は木と土で作られた小屋ばかりだった。
それが今では、レンガを積み、セメントで固定した建物が少しずつ増えている。
「俺が細かく指示しなくても、勝手に進んでるな」
『はい』
「誰がどこまでやるかも、みんな分かってる」
『村全体が良い方向へ向かっていると推測します』
「だな」
畑を見る。開墾も進んでいる。
新しい土地が少しずつ畑になり、作物が植えられている。
そして、以前とは違う光景も増えていた。
「最近、作ってる量も増えたよな」
『はい』
「昔は村で食べるためだった。今は、それだけじゃない」
『外部への販売を目的とした生産が増えています』
「そうだよな」
味噌。醤油。干し肉。干し魚。陶器。紙。
そして、これからは薬草も加わるかもしれない。
「目的が変わってきてるな」
『はい』
「生き残るために作る。それが最初だった。今は――」
俺は村の様子を見る。
「売るために作る」
『発展段階へ移行したと判断できます』
「なるほどな」
村の中で必要な物を作る。
余った物を外へ売る。金が入る。
その金で、村に必要な物を買う。
そして、さらに設備を整える。
「金が入れば、もっと発展できるな」
『はい』
「新しい道具を買える。材料も買える。専門家も呼べる」
『さらに、人を雇うことも可能になります』
「……人が増えれば、もっと作れる」
『はい』
「なるほど」
一つの流れが、次の流れを生む。
「こうやって村って大きくなっていくのか」
『その可能性が高いです』
俺は少し離れた場所を見る。
子どもたちがリバーシで遊んでいる。
その隣では、大人たちが作業をしている。
レンガの建物が並び始め、下水の整備も進んでいる。
少し前まで、ここは冬を越せるかどうかを考えていた村だった。
「……大分、ちゃんとした村になってきたな」
『はい』
「いや」
俺は少し考える。
「もう、“村”って呼んでいいのか?」
『現状では村に分類されます』
「そうか」
『ただし、発展速度は通常の開拓村を大きく上回っています』
「だよな」
俺は笑った。
「このままいったら、本当に町になりそうだ」
『十分に可能性があります』
「……まあ、まだ先の話だな」
俺はその場に腰を下ろす。
「さて。少しゴロゴロするか」
『良いと思われます』
「最近、これが気に入ってきたな」
『休息も重要です』
「分かってるよ」
俺は背中を地面に預ける。空を見上げる。
以前と同じ空。同じ山。同じ風。
なのに――村だけが変わっている。
「俺が寝てても、村は勝手に進んでいく」
『それこそが、村が自立している証拠です』
「……そうだな」
俺は目を閉じた。
生き残るために作った村。
それが今では、外へ売るために作り始めている。
生きるための場所から豊かになるための場所へ。そして、その先には――まだ見たことのない未来が待っている。
「……楽しみだな」
『はい』
俺はそのまま、しばらく何もせず空を眺めていた。




