山の薬草
『早速、山の方へ行って、植物の観察をしましょう』
「そうだな」
俺は昨日手に入れた植物図鑑を思い出す。
「本と実物を比べてみたいしな」
『はい』
「それに、図鑑と言っても全部が載ってるとは限らないだろ」
『その可能性は高いです』
「中には、漢方みたいな使い方が書いてある植物もあったしな」
『はい。有益な植物について、さらに調査する価値があります』
「よし」
俺は籠を背負う。
「鉈も持っていくか」
『推奨します』
「じゃあ、行くか」
◇
山へ入ると、昨日までとは景色の見え方が違った。
今までは、ただの山だった。
食べられる木の実がある。薪になる木がある。
動物がいる。
それくらいにしか考えていなかった。
だが今は違う。
「この葉……図鑑に似たのがあったな。こっちは薬草か?この実は食べられるのか?」
目につく植物一つ一つが気になる。
『誠様』
「ん?」
『周辺を確認します』
アイの画面がしばらく点滅する。
『……発見しました』
「何を?」
『胃腸薬として利用できる可能性のある植物です』
「おお!」
俺は周囲を見渡す。
「これか?」
足元に生えている植物を指差す。
『はい』
「図鑑に載ってる?」
『類似した植物の記載があります』
「へぇ……」
俺はしゃがみ込んで観察する。
葉の形。茎。根元。図鑑の絵と見比べてみる。
「確かに似てるな」
『この植物は根を乾燥させ、粉末にして服用する方法が記載されています』
「ほう」
俺は根元を見る。
「じゃあ、掘ってみるか」
鉈を使って周囲の土を掘り、根を確認する。
「……これか」
『はい』
「しかし……」
辺りを見回す。
「量はなさそうだな」
そこら中に生えているわけではない。
ところどころに、ぽつぽつと生えているだけだ。
『貴重な植物と推測できます』
「なるほど」
俺は採った根を籠へ入れる。
「じゃあ、乱獲はしない方がいいな」
『推奨します』
「薬になるからって全部採ったら、すぐ無くなりそうだ」
『はい』
「種を採って増やせるか試してみるか?」
『非常に有効な方法です』
「薬草も栽培できれば、村で使えるようになる」
『さらに安定供給が可能になります』
俺はもう一度、周囲を見渡した。
「今までなら、こんなの見つけても気にしなかっただろうな」
『植物に関する知識を得たことで、価値を認識できるようになりました』
「知識があるだけで、見えるものが変わるってことか」
『その通りです』
◇
その後も山を歩きながら、いくつかの植物を採取した。
食用になりそうなもの。
染料になりそうなもの。
薬として使える可能性があるもの。
図鑑に載っているものもあれば、載っていないものもある。
「……面白いな」
籠の中身を眺める。
「今までただの草だったものが、全部違って見える」
『知識とは、物の価値を見つけるための手段でもあります』
「なるほどな」
村へ戻ったら、採取した植物を整理しよう。
そして、栽培できるものは栽培する。
薬として使えるものは、無理に大量採取せず、まず性質を調べる。
「また仕事が増えたな」
『はい』
「でも……」
俺は山を振り返った。
「今まで知らなかったものが見つかるのは、結構楽しいな」
『その感想は、今後の探索において有益です』
「アイ、そういう時だけ妙に現実的だな」
『事実を述べているだけです』
「はいはい」
俺は笑いながら、籠を背負い直した。
村を豊かにするために山へ来た。
だが今日分かったのは、それだけではない。
この山には、まだ俺たちの知らないものが数え切れないほど眠っている。
そして――図鑑に載っていない植物こそ、この世界を知るための大きな手掛かりになるのかもしれなかった。
◇
村へ戻ると、俺は採ってきた野草を一つずつ確認した。
「まずは洗うか」
土を落とし、種類ごとに分けていく。
同じ種類のものをまとめ、紐で束ねる。
そして、風通しの良い窓際へ吊るした。
「干し方はこれでいいかな?」
『問題ございません』
「よし」
並んだ野草を眺める。
「こうやって乾燥させれば、保存もしやすくなるな」
『はい。植物によって適切な乾燥方法は異なりますので、今後は記録していくことを推奨します』
「記録か……」
俺は少し考える。
「それなら、採取した場所とか、使い方も書いておいた方がいいな」
『非常に有効です』
「植物図鑑を作るみたいになってきたな」
『村独自の植物資料になる可能性があります』
「それ、結構いいな」
採取した植物。見つけた場所。特徴。
利用方法。乾燥させた時の変化。
分かる範囲で記録しておけば、次に山へ行った時にも役立つ。
◇
「それと……」
俺は窓際の野草を眺める。
「今度は植木鉢を作ってもらうか」
『植木鉢ですか?』
「そう。山まで行って、薬草を採ってくるだけじゃなくて、持って帰って育てられないかなと思って」
『非常に良い案です』
「それなら、山で見つけた植物を少しずつ村で育てられる」
『安定供給にも繋がります』
「よし」
俺はさっそく、レンガを作っている職人のところへ向かった。
「ちょっと頼みたいんだけど」
「何だ?」
「植木鉢を作ってほしい」
「植木鉢?」
「植物を植えて育てるための鉢だ」
俺は簡単な形を紙に描く。
「丸でもいいんだけど……」
少し考える。
「丸は作るのが面倒そうだから、四角でいい」
「確かに、四角なら型も作りやすいな」
「だろ?」
「底には水が抜けるように、小さめの丸穴を開けてくれ」
「なるほど」
職人は図を眺める。
「大きさは?」
「大、中、小の三種類」
「それぞれ何個くらいだ?」
「まずは数個ずつでいい」
「分かった」
「よろしく頼む」
「任せろ」
職人はさっそく型を作り始めた。
「こういう物まで作るようになるとはな」
俺は苦笑する。
『植物を栽培するための道具も、生産基盤の一つです』
「確かに」
今までは食料になる作物を育てることばかり考えていた。
でも、薬草や染料になる植物まで育てられるようになれば、村で利用できる物がもっと増える。
「しかも、山に行かなくても使えるようになる」
『はい』
「それなら、やる価値はあるな」
◇
数日後。
「出来たぞ!」
職人が完成した植木鉢を持ってきた。
四角い鉢が並んでいる。
大、中、小。
底には、小さな穴が開いている。
「おお、いいじゃん」
「これなら土も入れやすいぞ」
「ありがとう」
俺は一つ持ち上げて確認する。
「よし。これを持って山まで行ってみるか」
『手引き荷台車の使用を推奨します』
「ああ。鉢だけじゃなく、土も持っていかないとな」
『採取した植物の周辺の土を一部持ち帰ることも推奨します』
「なるほど。その方が環境を変えにくいか」
『はい』
俺は完成した植木鉢を並べていく。
「次は、採るんじゃなくて……育てるか」
村の暮らしは、また少し変わろうとしていた。
今まで山は、薪や食料を取りに行く場所だった。
これからは――新しい植物を探し、持ち帰り、村で育てる場所にもなっていく。
「次に山へ行くのが楽しみになってきたな」
『私も興味があります』
「じゃあ、準備しておくか」
俺は手引き荷台車を眺めた。
「今度は、植木鉢を積んで山へ行こう」
『はい』
まだ知らない植物を求めて。




