何もしない時間
「相変わらず、器用なのが多いな……」
完成しつつある馬小屋を眺めながら、俺は呟いた。
レンガを積む者。セメントを均す者。
寸法を測る者。
誰かが細かく指示を出しているわけでもないのに、作業はどんどん進んでいる。
「俺がいなくても、普通に作れそうだな」
『ですね』
アイも淡々と答える。
『また任せましょう』
「そうするか」
俺は作業場から少し離れた場所へ移動する。
「さて……少しは休むとするか」
『推奨します』
「だよな」
木陰に腰を下ろす。空を見上げる。
雲がゆっくり流れている。風が吹く。
鳥の声が聞こえる。
「……」
何もすることがない。
いや。正確には、やらなければならないことは山ほどある。
セメントの量産。レンガの生産。下水道。
U字溝。紙。農業。新しい作物。商隊との取引。
考えればいくらでもある。
それでも――
「今日は、もういいか」
俺はそのまま背中を木に預けた。
『はい』
「……」
しばらく沈黙。
「でもな……」
『はい?』
「ネットもないしな」
『……』
「何か調べたいと思っても、すぐには調べられない」
『その通りです』
「動画も見られない」
『はい』
「ゲームもない」
『はい』
「スマホもない」
『はい』
「……」
俺は空を見上げる。
「暇だな」
『誠様』
「ん?」
『「ゴロゴロする」という考え方自体、今までの誠様にはほとんど存在していませんでした』
「……確かに」
冬を越す。食料を確保する。水路を作る。
農具を作る。保存食を作る。
何か問題が起きれば対処する。
そんなことばかりだった。
「生き残るので精一杯だったからな」
『はい』
「休むって言っても、体を休めるだけだった」
『現在は異なります』
「……余裕がある」
『その通りです』
俺は周囲を見る。
村人たちも、以前とは違う。
作業を終えた者が木陰で話している。
子どもたちはリバーシをしている。
誰かが干し竹の子をつまみながら笑っている。
誰も慌てていない。
「なるほどな」
『はい』
「村に余裕が出ているってことか」
『そのようです』
俺は少し笑った。
「じゃあ……次は娯楽か」
『その通りです』
「リバーシを作ったのも、その一つだな」
『はい』
「でも、俺にとってはまだ物足りないけどな」
『それは仕方ありません』
「だよなぁ」
俺は苦笑する。
「いきなりネット環境を作れって言われても無理だし」
『現状では非常に困難です』
「だろうな」
風が吹く。木の葉が揺れる。
俺はそのまま目を閉じた。
「……まあ、こういうのも悪くないか」
『はい』
「何もしない時間ってのも」
『村に余裕があるからこそ生まれる時間です』
「……なるほど」
俺は少しだけ眠くなってきた。
遠くでは、レンガを積む音が聞こえる。
村は動いている。俺が動かなくても。
「……じゃあ、今日は少しゴロゴロするか」
『推奨します』
「アイまで賛成するとはな」
『休息もまた、生活の一部です』
「そっか」
俺は目を閉じた。
かつては、何もしない時間が怖かった。
何かしなければ、冬を越せなかった。
何か作らなければ、食べる物がなかった。
だが今は――何もしなくても、村は動いている。それはきっと、村が本当の意味で自立し始めた証拠だった。




