村に流れるもの
『誠様。提案がございます』
「何でしょ?」
『人口が急激に増える可能性があります』
「まあ、移住者も来たしな」
俺は村を見渡す。
商隊が来て、物資が増えた。
人も増えた。そして、これからさらに人が増える可能性もある。
『そのため、インフラの強化を推奨致します』
「インフラというと……」
俺は周囲を見渡す。
「水や電気は無いけど」
『はい』
アイは少し間を置いて答えた。
『まず、上下水道の強化を推奨します』
「……水か」
『特に排水です』
「確かに」
今までは人口が少なかった。
水路も簡単な仕組みで十分だった。
だが、人が増えれば話は変わる。
「人口が増えて、汚れた水をそのまま流したら……」
『衛生環境が悪化します』
「疫病が流行ったら不味いな」
『はい』
アイの声が少しだけ低くなる。
『人口増加後に衛生環境が追いつかない場合、感染症の発生リスクが上昇します』
「それは避けたい」
『そのため、下水管の製作を先に推奨します』
「分かった」
「それと……下水処理場も必要だな」
『その通りです』
「下水管は……竹でいいのか?」
俺が尋ねると、アイは即座に否定した。
『いいえ。今回は焼物での製作を推奨します』
「焼物?」
『耐久性と衛生面を考慮すると、陶管が適しています』
アイの画面に、いくつかの形状が表示される。
「なるほど。真っ直ぐな管。それにL型……T型もあるのか」
『はい。接続部を規格化することで、複数方向への配管が可能になります』
「これなら色々と便利だなぁ」
『はい』
俺は画面を眺めながら、頭の中で村の地図と重ね合わせる。
「この辺りから各家へ引いて……ここで集めて……最後に処理場へ送る」
『その設計で問題ありません』
◇
「じゃあ、まず設計図を描くか」
俺は紙漉き場から持ってきた藁半紙を広げた。
直管。L字管。T字管。十字菅。他にも色々。
接続部。
さらに、排水の流れを書き込んでいく。
「これを窯場に持っていけばいいんだな?」
『はい。焼物担当へ製作を依頼してください』
「完成したら?」
『敷設用の人員を確保しましょう』
「分かった」
俺は図面をまとめる。
「今度は地面の下か……」
これまで作ってきたものは、目に見えるものが多かった。
鍛冶場。紙漉き場。保存庫。水車。農具。
だが、今回作るものは違う。
完成しても、ほとんど地面の中に隠れてしまう。
それでも――
「見えないけど、重要なんだよな」
『はい。文明が発展するほど、見えない基盤の重要性は増します』
俺は頷いた。
人が増える。仕事が増える。食料も増える。
ならば、次は――
それを支える環境が必要になる。
「よし」
「陶管の製作、頼んでくるか」
『はい』
村はまた一つ、目に見えないところで変わろうとしていた。
◇
その時、アイから新しい提案が入った。
『それと、タタ様に石灰が手に入るか確認してください』
「石灰?」
『はい。それがあれば、セメントを作ることができます』
「あー、あれか」
俺は頷いた。
「確かに。聞いてみるか」
ちょうど近くを歩いていたタタを呼び止める。
「タタ、ちょっといいか?」
「はい?」
「石灰って手に入るか?」
あっさり答えた。
「石灰ですか?」
「ありますよ」
「……あるの?」
「はい。普通に取引されています」
「そうなのか」
『なら、大量に』
「アイ?」
『五台分を推奨します』
「そんなに!?」
俺は思わず声を上げた。
「荷馬車一台分くらいでいいんじゃないか?」
タタも頷く。
「では、荷馬車一台分で手配を?」
「いや……」
俺はアイを見る。
『五台分を』
「……五台分で」
「分かりました。手配します」
タタは何の疑問も持たず、すぐに商隊へ連絡を始めた。
俺はその背中を見ながら呟く。
「なあ、アイ」
『はい』
「そんなに使うのか?」
『はい。そして、先ほどの計画をさらに変更します』
「ん?」
『下水管の作製だけではなく、村全体の再開発を提案します』
「再開発?」
◇
アイの画面に、村の簡単な見取り図が表示される。
『現在の村の建物は、木造の簡易建築が中心です』
「まあ……そうだな」
『人口増加を考慮すると、今後はより耐久性の高い建物へ移行する必要があります』
「でも、いきなり全部建て替えるのは無理だろ」
『一度に行う必要はありません』
『新しく建てる建物から順次変更することを推奨します』
画面に、レンガ造りの建物が表示される。
『セメントを製造できれば、レンガの接着に利用できます』
「なるほど。でも、レンガって作れるのか?」
『問題ありません。町へ行った際にも、レンガ造りの建物を確認しています』
「そうだったな。なら、村でも作れそうだ」
『はい』
俺は、今までの村を思い浮かべる。
木の小屋。藁や板で作った倉庫。
簡易的な作業場。
それらが悪いわけではない。
だが、人が増えていくなら、少しずつ変えていく必要がある。
「レンガなら、夏も冬も少しは楽になるか?」
『はい。耐熱性、耐候性、耐久性の面で、木材より優れています』
「なるほどな」
俺は頷いた。
「じゃあ、まずは公共施設からだな」
『推奨します』
「下水処理場、倉庫、作業場、その辺から順番に」
『はい』
俺は新しく描き始めた村の設計図を眺める。
「……最初は、生き残るための村だったのにな」
水路を作った。農具を作った。食料を増やした。保存する方法を覚えた。
商売も始めた。
そして今度は、村そのものを作り替えようとしている。
『文明の発展に伴う、自然な段階です』
「そうかもしれないな」
俺は笑った。
「じゃあ、まずは石灰とレンガからだ」
『はい。村の形そのものが、変わり始めます』
目の前の村は、まだ木造の小屋が並ぶ小さな開拓村。
だが――その地下には水を流す管が走り、地上にはレンガの建物が増えていく。
少しずつこの村は、「一時的に生きる場所」から「長く暮らす場所」へ変わろうとしていた。




