遊びが生まれる村
朝。
改変した種を植えた畑を見回っていると、ふと思い出した。
「そういや……抜根機の方はどうなったんだ?」
アイがすぐに反応する。
『確かに、あれから何も報告がありません。確認を推奨します』
「だよな」
俺は鍛冶場の方へ歩き出した。
◇
鍛冶場へ向かう途中――
「ん……?」
思わず足が止まった。
村外れの開拓地で、何かが動いている。
「あれって……」
目を凝らす。
「アイさんや」
『はい』
「既に抜根機が木の根を抜いとるが?」
しばらく沈黙。
『……ですね。しかも、もう数機稼働しております……』
「いつの間に!?」
村人たちは、てこの原理を利用した抜根機を器用に扱い、太い根まで次々と引き抜いている。
「おーい! こっち終わったぞ!」
「次の場所行くか!」
「了解!」
手際も申し分ない。
「なら、いいか」
俺は苦笑する。
「使い方も合ってるみたいだし」
『はい。適応力が高すぎます。問題ありません。これで開拓速度も大幅に向上します』
◇
その様子を眺めながら、俺は小さく呟いた。
「しかし……なんか、みんな変わったな」
以前なら、新しい道具を前に戸惑っていた。
今では説明を聞くだけで使いこなし、自分たちで改良まで始める。
『生きることで精一杯だった状態から、余裕が生まれた結果と推測します』
「余裕、か」
『はい。そこで、今度は違う方向からのアプローチを提案します』
「違う方向?」
『はい』
少し間を置いて、アイが続ける。
『やっと誠様の出番です』
「……そうですか」
嫌な予感しかしない。
◇
『リバーシを製作することを推奨します』
「リバーシ?」
『はい。白と黒の石を使う盤上遊戯です』
「ああ、あれか」
オセロに似たゲームだ。
「でも何でそんな物を?」
俺は首を傾げる。
アイは落ち着いた声で答える。
『余裕が生まれるということは、娯楽が必要になると推測します。食料だけでは、人は豊かになりません』
「なるほど……」
確かに最近は、夕方になると村人たちが談笑している姿をよく見かける。
以前は疲れ切って眠るだけだった。
今は話す時間がある。笑う時間がある。
『リバーシは、誰でも簡単に覚えられます。年齢を問わず楽しめるため、村全体へ普及しやすいと考えられます』
「まあ確かに。難しいゲームじゃないしな」
『材料も木材のみで製作可能です』
「それならすぐ作れそうだ」
◇
俺は近くに落ちていた木片を拾った。
「盤は木板でいいか」
『十分です』
「白黒は……焼き印でも付ければ何とかなるな」
『問題ありません』
俺は笑いながら頷いた。
「よし。なら作るか」
『はい。文明は、生きるためだけでは完成しません。楽しむ文化が加わってこそ、人々の暮らしは豊かになります』
その言葉に、俺は少しだけ考え込んだ。
村は飢えなくなった。道具も増えた。
産業も育ち始めた。
なら次は――笑顔を増やす番なのかもしれない。
◇
俺は木板を切りそろえ、一枚一枚丁寧に磨いていく。
盤の線を引き、小さな駒には片面を焼き、もう片面はそのまま残した。
「……こんなもんで良いかな」
出来上がった盤を眺めながら呟く。
アイがすぐに確認する。
『十分です。遊戯としての機能は満たしています』
「それならよかった」
安心したのも束の間。
『では、可能な限りセットを製作しましょう』
「……そうなりますよね」
俺は苦笑しながら、新しい木板を手に取った。
◇
結局、その日は朝から夕方まで木を削り続けた。
盤を作り。駒を切り出し。焼き印を押し。
最後に数を揃える。
単純な作業だが、思った以上に時間がかかる。
「うぅ……」
俺は大きく伸びをした。
「あー、手が痛いー!」
木を削り続けたせいで、手のひらがじんじんと痛む。
周りには完成した盤と駒が山のように積み上がっていた。
「……かなり作れたぞ」
『はい。村の各家庭へ配布できる数量を確保しました』
「そこまで作ったのか……」
『余裕があるうちに作っておく方が効率的です』
「確かに」
俺は完成したリバーシの山を眺める。
最初は一つだけ作るつもりだった。
気付けば、村中に配れるほどの数になっていた。
◇
夕日が差し込む紙漉き場の隅で、完成した盤が並んでいる。
黒と白の駒。木の香り。どれもまだ新品だ。
「さて……」
俺は一つ手に取って微笑んだ。
「みんな、遊んでくれるかな」
『可能性は高いと推測します。単純な遊びほど、長く親しまれる傾向があります』
「そうだといいけどな」
俺はリバーシの駒を箱へしまい、立ち上がる。
『明日にも配布しましょう』
「そうだな」
明日は畑でも鍛冶場でもない。
村へ、新しい「遊び」を届ける日になりそうだった。




