紙は、産業になる
作業は順調に進んでいた。
藁を刻む者。煮込む者。繊維をほぐす者。
紙を漉く者。乾燥棚へ運ぶ者。
それぞれ自然と役割が決まり、紙漉き場は忙しく動いている。
そして――俺は、その端で眺めていた。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
『まあ、人には得意不得意がありますので』
「慰めてくれてありがとう……」
俺は乾燥棚を見上げた。
薄茶色の紙が何枚も重ねられ、風を受けながらゆっくり乾いている。
「このまま乾燥させれば完成か?」
『はい。その通りです』
「後は待つだけだな」
◇
その時だった。
「まさか……!」
聞き慣れた声が紙漉き場へ響く。
タタだった。
彼女は乾燥棚を見るなり、目を丸くした。
「紙を……作ったのですか!?」
「ああ」
俺は一枚持ち上げて見せる。
「色は少し茶色っぽいけどな」
タタは乾燥棚の藁半紙を眺めていた。
「なるほど……実に興味深い……」
しばらく観察した後、小さく頷く。
「これは……問題ありません」
そう言うと、懐から羊皮紙を取り出し、さらさらと何かを書き始めた。
「登録っと仕事が早いな……」
◇
タタは紙から目を離さず尋ねる。
「日に何枚ほど生産できますか?」
「いや、まだそこまでは分からないな」
「初めてだからな」
「ふむ……」
タタは今度は紙漉き場全体を見回し始めた。
「あの工程と、この工程……なるほど」
独り言を呟きながら、何やら考え込んでいる。
「この工程は、水車と組み合わせれば機械化できますね」
「え?」
「さらに、この木枠の上へ紐を取り付ければ、漉く作業の負担も軽減できます」
「なるほど……」
「他は……現段階ではこんなところでしょう」
タタは地面へ図を書き始めた。
「作業人数が五人なら、一日の生産枚数は……乾燥時間がこれくらい……?保管場所は……」
ぶつぶつと呟きながら計算を続けている。
◇
俺はその様子を見ながら、小声でアイへ話しかけた。
「……一体、タタは何をしてるんだ?」
『恐らく、工程の効率化と、生産人数から一日当たりの生産数を分析しているものと思われます』
「工場長かよ」
思わず苦笑する。
『理にかなっています』
「そうか?」
『はい』
アイは淡々と続けた。
『技術だけでは商品になりません。生産量、品質、作業効率が揃って初めて産業になります』
「なるほどな……」
俺は改めて紙漉き場を見渡した。
村人たちは紙を作っている。
タタは、その紙をどうすればもっと多く、もっと安く作れるかを考えている。
役割が違うだけだ。
◇
「これを売る気なのかな……」
俺が呟くと、アイは即座に答えた。
『恐らく、その通りです。食料品以外で、継続的に利益を生み出せる軽工業が完成しました』
「産業……か」
『はい』
「規格があって、生産性があって、継続して作れる。それが産業ってことか」
『はい』
俺は乾燥棚に並ぶ紙を見つめる。
最初は、図面を書くために作ろうと思っただけだった。
それが今では――村を支える新しい産業になろうとしていた。
◇
数日後。
乾燥棚に並べていた藁半紙が、ついに乾き切った。
俺は一枚手に取り、光へ透かしてみる。
「……中々、よく出来てるよな?」
表面は少しざらついている。
色も真っ白ではなく、ほんのり茶色い。
だが、文字を書くには十分そうだった。
『はい。我々の世界の紙と比べると品質は劣ります。しかし、この世界では十分に製品として成立すると思われます』
「なるほど」
俺は何度か紙を曲げたり戻したりしてみる。
思ったより丈夫だ。
「これなら図面も書けそうだな」
『十分可能です』
◇
そこへ、タタがやって来た。
「完成しましたか」
そう言うと、一枚の藁半紙を受け取る。
指先で表面をなぞり、端を軽く折り曲げ、今度は太陽へ向けて透かした。
「ふむ……」
繊維の密度を確認するように、何度も角度を変える。
さらに数枚を重ね、厚みにばらつきがないかも調べていた。
「これなら十分過ぎます」
タタは満足そうに頷いた。
「生産性も悪くありません。原料は藁でしたね?」
「ああ」
「今年は藁もかなり余ってる」
タタは周囲の藁置き場へ目を向ける。
「ふむふむ……あれだけあれば、当分原料には困りませんね」
一人で何か計算を始めた。
「原料供給……問題なし。乾燥日数……作業人数……輸送量は……」
ぶつぶつと呟きながら羊皮紙へ書き込んでいく。
◇
やがて、タタは小さな魔道具を取り出した。
羊皮紙へ最後の一文を書き加える。
『至急、紙を扱える商人を派遣されたし』
書き終えると、その羊皮紙を魔道具へ差し込んだ。
淡い光が一瞬だけ走る。
「……送信完了です」
「またそれか」
俺は苦笑した。
「何度見ても、FAXみたいだな」
「ふぁっくす?」
「いや、何でもない」
◇
タタは満足そうに紙を束ねる。
「恐らく数日以内には商人が来るでしょう」
「もう来るのか?」
「ええ。これほどの新商品です。商人が放っておくとは思えません」
俺は紙の束を見つめた。
最初は、自分たちが図面を書くためだった。
それが今では、商人を呼ぶほどの商品になっている。
『誠様』
「ん?」
『この村は、食料だけではありません。工業製品も輸出できる段階へ到達しました』
「……紙か」
『はい』
俺は完成した藁半紙を一枚持ち上げる。
軽くて、薄くて、何でもない一枚。
だが、その一枚が――この村と外の世界を繋ぐ、新しい商品になろうとしていた。




