紙が生む、新しい知識
抜根機の製作図を書き終えた俺は、大きく息を吐いた。
「……どうにか書けたな」
図面を見直しながら呟くと、アイが静かに答える。
『はい。問題ないと思われます。鍛冶を得意とする方へお渡しください』
「分かった」
図面を丁寧に丸めてしまう。
これで後は鍛冶師たちの仕事だ。
『それと、誠様にも出来る作業へ移ります』
「……言い方」
少し不満そうに返すと、アイはまったく気にした様子もなく続けた。
『藁半紙の製作を行います』
「藁半紙?」
聞き慣れない言葉に首をかしげる。
『今後、紙の需要が高まる可能性があります』
「なるほど……」
確かに今使っているのは羊皮紙や木板ばかりだ。
丈夫ではあるが高価だし、図面を書くにも表面が滑らかとは言えない。
「この皮だと描きづらいしな。それなら俺でも作れるか?」
『それでなければ誠様へ仕事を振りません』
「……言い方、きつくない?」
『事実です』
「ぐぬぬ……」
◇
俺は早速、村の倉庫へ向かった。
「藁なら大量に余ってるよな」
稲の収穫量が増えたおかげで、今年は藁が山のように積まれている。
『はい。今回はその藁を利用します』
「だから藁半紙か」
『まず藁を細かく刻みます』
「ふむふむ」
『その後、木灰を混ぜた湯で長時間煮込み、繊維だけを取り出します』
「木灰って灰汁になるのか」
『はい。不純物を除去できます』
「なるほど」
◇
次は必要な道具だ。
「えっと……木の枠に網を張ったものと」
『タライを複数』
「あと、水場か」
『はい』
「意外と単純なんだな」
『紙は、複雑な道具より工程管理が重要です』
取り出した繊維を水の中でほぐし、そこへ糊を加える。
「糊は?」
『米から作ります』
「なるほど。米なら十分あるな」
『はい』
木枠を静かに沈め、繊維を均等にすくい上げる。
「これで紙になるのか?」
『乾燥すれば完成です』
「思ったより地道だな」
◇
その様子を見ていたミィナが近寄ってきた。
「今度は何を作ってるんだ?」
「紙だ」
「……紙?」
「文字を書く物だよ」
「羊皮紙じゃ駄目なのか?」
「駄目じゃない。でも高いし、数も少ない」
俺は図面を見せる。
「これから設計図や記録が増えるだろ?」
「ああ」
「紙があれば、もっと気軽に書ける」
ミィナは感心したように頷いた。
「なるほどな」
◇
藁を刻む者。灰を運ぶ者。大鍋で煮込む者。
いつの間にか村人たちも加わり、作業が始まっていた。
俺は苦笑する。
「またみんな集まってきたな」
『誠様が新しいことを始めると、村人が自然と集まる傾向があります』
「……もう慣れたよ」
木枠を持ち上げる。
薄く広がった繊維が、水滴を落としながら揺れていた。
まだ紙ではない。
だが、この一枚が完成すれば――。
設計図も。記録も。知識も。
今よりずっと多く残せるようになる。
俺は静かに、その一枚を見つめていた。
◇
アイが続けて提案する。
『誠様。紙漉き場の設計もお願いします』
「紙漉き場?」
『はい。紙作りは大量の水を使用します。毎回桶で運ぶより、水を引き込んだ方が作業効率は格段に向上します』
「なるほど。それなら俺でも出来るな」
俺は周囲を見渡した。
水路はすぐ近くまで来ている。
ここから少し枝分かれさせれば、水を利用できそうだ。
「場所は……この辺りか?」
『ですね』
アイの返事に頷きながら、地面へ棒で簡単な図を書いていく。
「ここを紙漉き場にして……」
一本の線を引く。
「この水路から竹で管を作って、水を引き込む」
『はい。竹管であれば加工も容易です』
「使った水は、そのまま下流へ流す、と」
『排水溝も併設してください。水が溜まると作業効率が低下します』
「なるほど」
俺はさらに線を書き足した。
「ここに大きなタライを並べて、その横に紙を乾かす棚」
『乾燥場は風通しを優先してください』
「屋根も欲しいな。急な雨で全部駄目になる」
『推奨します』
図面は少しずつ形になっていく。
鍛冶場、窯場、保存庫。
そして今度は紙漉き場。
村にまた一つ、新しい仕事場が増えようとしていた。
「……気付けば、随分いろんな建物が増えたな」
『はい。村全体が、一つの生産拠点へ発展しています』
俺は描き終えた図面を見つめ、満足そうに頷いた。
「よし。まずは竹を切り出して、水を引くところから始めるか」
『はい。それが最優先です』
紙を作る前に、まずは紙を作る場所を作る。
そんな当たり前の準備から、新しい技術は始まろうとしていた。




