知らなかった世界
翌朝。
タタは村の中を歩き回りながら、何度も立ち止まっては周囲を見回していた。
水車がゆっくりと回り、水路には澄んだ水が流れる。
畑では鉄の鍬を使って村人たちが作業をし、窯では器が焼かれている。
保存庫には干し肉や干し竹の子、味噌や醤油が整然と並び、広場では板ばね付きの荷台車が荷物を運んでいた。
一通り見終えたタタは、深いため息をついた。
「……この村、おかしいです」
誠は首をかしげる。
「何が?」
タタは真面目な顔で答えた。
「普通、開拓村は三年以内に半分以上が放棄されます」
その言葉に、誠も村人たちも驚いた。
「そんなに?」
「はい」
タタは静かに説明を始める。
「最初に食料が不足します。飢えれば体力が落ちます。体が弱れば病気が流行ります。働ける者が減り、生産性も低下します。そのまま冬を迎えれば薪も足りず、多くの村が消えていきます」
村人たちは静かに聞き入っていた。
「さらに荷運びは重労働です。道具も壊れ、水路を作る余力もありません。畑を増やそうにも、人手が足りない。悪循環になります」
誠は小さく頷く。
確かに、自分が来た頃は似たような状態だった。
「ですが」
タタは村を見渡した。
「この村は違います。水車がある。管理された水路がある。簡易ながら鍛冶場がある。炭を安定して生産している。焼き物用の窯もある。保存食の種類も豊富。そして、それらを効率良く運ぶ荷台車まである」
タタはゆっくり首を振った。
「普通じゃありません」
村人たちは顔を見合わせた。
今まで当たり前になっていたものが、実は当たり前ではなかったのだ。
◇
誠は前から気になっていたことを尋ねる。
「ところで、開拓村って国は何かしてくれるのか?」
「もちろんです」
タタは即答した。
「まず一定期間、税が免除されます。開拓が成功したと認められれば、褒賞金も支給されます
。さらに人口が増えれば、村として正式に認められます。正式な村になりますと、護衛の兵士が派遣されることもあります。必要に応じて街道や橋の整備も行われます。国としても、人が増えることは利益ですから」
誠は思わず感心した。
「ちゃんと制度があるんだな」
「はい」
タタは少し首をかしげた。
「ですが……この村は申請すらしていません」
「え?」
誠は思わず聞き返した。
村長も目を丸くする。
「申請……?そのようなものが必要だったのか?」
タタは驚いた表情になる。
「ご存じなかったのですか?」
村長は苦笑しながら頭をかいた。
「知らなかった」
「えぇぇぇ!?」
思わず誠も声を上げてしまう。
「今まで全部、自力だったのか?」
「そうなるな」
村長は少し照れくさそうに笑った。
「誰も教えてくれんかったからな」
タタは額に手を当てた。
「もったいない……本当にもったいないです」
◇
しばらく村を見渡したあと、タタは静かに言った。
「誠様。この村は、本来ならもっと豊かになれます」
誠はゆっくり頷く。
「……制度も勉強しないとな」
『はい。技術だけでは文明は発展しません。制度もまた重要です』
誠は村を見渡した。技術は、人を助ける。
だが、それだけでは足りない。
制度を知り、活用し、人と繋がる。
それもまた、この世界で生きていくための大切な力なのだ。
「まだまだ知らないことばかりだな」
タタは微笑んだ。
「だからこそ、学ぶ価値があります」
新しい知識は、新しい可能性を生む。
誠は改めて、この世界の広さを実感していた。
◇
村長たちとの話が終わり、小屋へ戻る途中。
誠はふとアイへ問いかけた。
「アイ。この村の生産性と人口を考えたら、もっと豊かになる近道って何だ?」
『現時点で最も効果が高いのは、板ばね付き荷台車の量産化。そして豆の大量生産です』
「豆?」
『はい。味噌と醤油の原料となるためです』
「つまり、味噌と醤油の大量生産ってことか」
『はい。農作業の繁忙期と発酵作業の時期は重なりません。作業人口の配分効率が非常に良いため、生産量を増やしやすいと判断します』
「なるほどな」
誠は腕を組んだ。
「ってことは……まずは畑を増やさないと話にならないか」
『はい。農地開拓を推奨します』
「やっぱり開拓か」
誠は村の外れを眺める。
まだ木や切り株が多く残る土地。
畑にするには、まずそれらを片付けなければならない。
その時、アイが続けた。
『そこで、新しい農具の製作を推奨します』
「新しい農具?」
『抜根機です』
「抜根機?」
『切り株や木の根を効率良く引き抜く機械です』
誠の頭の中に、重い切り株を何人もかかって掘り起こしていた光景が浮かぶ。
「ああ……根を抜く機械って感じか」
『はい。現在の人力では、多くの時間を消費しています。抜根機を導入することで、農地開拓速度は大幅に向上すると推測します』
「でも、そんな物作れるのか?」
『歯車とチェーンの製作が必要になります。精度が求められるため、誠様ではなく、鍛冶に慣れた方へ製作を依頼することを推奨します』
誠は苦笑した。
「……左様でございますか」
『はい。誠様は設計者として動く方が、村全体の利益が大きくなります』
「つまり俺は製作図を書く係ってことだな」
『その方が宜しいです』
誠は肩をすくめた。
「昔なら全部自分でやってたんだけどな」
『現在は違います。村には、それぞれ得意分野を持つ人材が育っています』
その言葉に、誠は静かに頷いた。
「……そうだな。俺一人で作る村じゃない。みんなで作る村になったんだ」
誠は小屋へ戻ると、羊皮紙を広げ、炭筆を手に取った。
「さて。久しぶりに設計図でも描きますか」
次に生まれるのは、新しい農具。
それは村の未来を、さらに広げる一枚の図面から始まろうとしていた。




