市場で生まれた新しい味
「しかし……あんな組織があるとはな」
総合案内所を出ながら、誠は振り返った。
ミィナも苦笑する。
「うーん。滅多に寄らないし、私もあんな所があるなんて知らなかった」
「そうか……」
村で暮らしていた頃は、市場で物を売って帰るだけだったのだろう。
「よし」
誠は気持ちを切り替える。
「今度は市場だ!」
「そうだな! 売れるといいな!」
◇
市場へ足を踏み入れると、誠は思わず立ち止まった。
「……すごいな」
通りの両側には、屋台がずらりと並んでいる。
焼きたてのパン。香ばしい串焼き。
鉄板の上で炒められる麺料理。干し肉や干し魚。色鮮やかな布や服。生活雑貨。
見たこともない香辛料。
人々の笑い声と呼び込みが絶えず響いていた。
「この辺りにしよう」
ミィナが空いている場所を見つけ、荷台から商品を降ろし始める。
陶器。革製品。干し肉。干し魚。
そして、味噌と醤油。
「さあ、開店だ!」
◇
最初に売れたのは陶器だった。
「丈夫そうな器だな」
「この革袋もいい」
干し肉や干し魚も順調に売れていく。
だが――。
「……あれ?」
誠は首を傾げた。
味噌と醤油だけが、まったく売れない。
誰も近寄ろうともしない。
ミィナが腕を組んで唸る。
「なんでだよ……こんなに美味いのに!」
誠も考え込む。
その時だった。
ブーン。アイが振動する。誠は画面を見る。
『誠様。味噌・醤油は、この地域では未知の食品です。用途が分からず、警戒されている可能性が高いと推測します』
「……なるほど」
確かに。村でも最初は警戒された。
食べ方を知らなければ、誰も手を出さない。
「だったら――」
誠は立ち上がった。
「食べてもらえばいい」
◇
近くで串焼きを売っている屋台へ向かう。
「親父さん」
「ん?」
「串焼きを何本か譲ってくれないか?それと少しだけ、この炭火を貸してほしい」
店主は怪訝そうな顔をした。
「串ならいいが……炭火?何する気だ?」
「売上が少し増えるかもしれない」
店主は笑った。
「はっ! 面白ぇ若造だ!いいだろう。好きにしな」
誠は串焼きを受け取り、小瓶を取り出した。
「おいおい!」
店主が目を丸くする。
「その真っ黒な液体は何だ?まさか肉にかけるのか?」
「そう。見ててくれ」
誠は串焼きに醤油を塗る。
そして再び炭火へ。
ジュゥゥゥ……
醤油が炭へ落ちた瞬間、香ばしい煙が立ち上った。
「……っ!」
店主の鼻がぴくりと動く。
「なんだ、この匂い……!」
周囲を歩いていた人たちも足を止めた。
「いい香り……何を焼いてる?」
誠は焼き上がった串を店主へ差し出す。
「食べてみて」
店主は恐る恐る一口。
そして――。
「……!!」
目を見開いた。
「美味ぇ!!なんだこれ!肉の味が全然違うぞ!」
誠は笑う。
「どうだ?少しの間、一緒に商売しないか?」
店主は即答した。
「乗った!!」
二人は力強く握手を交わした。
◇
誠は今度は味噌を取り出す。
店主が顔をしかめた。
「今度は何だ?泥みたいなもん持ってきたな。腐ってねぇだろうな?」
「違う違う」
誠は苦笑しながら味噌を薄く塗る。
再び火へ。
ジュゥゥゥ……
今度は甘く香ばしい香りが立ち上る。
「……さっきと違う!またいい匂いだ!」
店主は串を受け取り、一口食べる。
「……うまい!!これも美味ぇ!さっきとは全然違う味じゃねぇか!」
「だろ?これも商品だ」
店主は笑いながら頷いた。
「よし!決めた!」
勢いよく屋台の前へ出る。
「おーい!新商品だー!香ばし焼き串だぞ!」
人々が集まってくる。
「新商品?」
「さっきからいい匂いしてたやつか?」
「一本くれ!」
最初の客が一口食べた。
「うまっ!!」
その声で人がさらに集まる。
「俺も!」
「こっちも一本!」
「あの黒い液体は何だ?」
「こっちの茶色いのも食わせてくれ!」
あっという間に屋台の前には行列ができていた。
店主は忙しく串を焼きながら、大声で笑う。
「今日は大当たりだ!若造!この調味料、とんでもねぇな!」
誠も笑って答えた。
「知らない物は、まず食べてもらうのが一番だからな」
少し離れた場所で見ていたミィナは、呆れたように肩をすくめた。
「……市場まで驚かせるとはね」
ブーン。
『誠様。味噌・醤油の認知度が急速に上昇しています。今後、継続的な需要が見込めます』
「やっぱり」
誠は行列を見つめながら笑った。
「売るだけじゃ駄目なんだな。美味いって知ってもらって、初めて商品になる」
市場には今日、新しい香りが生まれた。
そしてその香りは、人から人へと広がり始めていた。




