技術を守る仕組み
市場へ入る前。
一人の中年男性が、誠たちの手引き荷台車の前で足を止めた。
「失礼……」
そう言うと、しゃがみ込み、荷台車の車輪や足回りをじっくりと見始める。そして荷台を軽く揺する。
「……やはり」
小さく呟くと、今度は板ばねを指で押して確かめた。
「見事です」
立ち上がった男は、誠へ向き直る。
「これですが……商品登録はお済みでしょうか?」
「……商品登録?」
誠とミィナは顔を見合わせた。
男は軽く頷く。
「はい。商品登録を行いますと、この構造や技術を無断で真似して販売した者には罰則が科されます。正式に利用する場合は、登録者へ使用料を支払う決まりとなっております。もし、まだ登録されていないのでしたら、こちらでお手伝いできますが」
誠は目を丸くした。
「そんな制度があるのか……」
その瞬間、ポケットの中で小さく振動が伝わる。
ブーン。
周囲を確認しながら画面を開く。
『誠様!想定以上です!この世界は、技術を保護する制度が存在する可能性が高いです!文明レベルを再評価します』
「なるほど……」
誠は画面を閉じた。
確かに、自分が知っているのは開拓村だけだ。
外の世界のことなど、ほとんど何も知らない。
誠はミィナを見る。
ミィナも小さく頷いた。
「……登録しよう」
「案内してください」
男は穏やかに微笑んだ。
「承知しました」
◇
案内された建物は、市場の一角に建つ大きな石造りだった。
入口には大きな木の看板が掲げられている。
「総合案内所……?」
誠は思わず呟いた。
「ここです」
中へ入ると、書類を抱えた人々が忙しそうに歩き回っていた。
商人らしき者。職人らしき者。
旅人までいる。
受付では次々と何かの手続きが行われているようだった。
男は振り返り、一礼する。
「改めまして」
「私は、この総合案内所の所長を務めております、ノリスと申します」
「所長……」
誠は軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
◇
席へ案内されると、誠は辺りを見回した。
「しかし……ここは何をする場所なんです?」
ノリスは笑顔で答える。
「ここでは商品の登録、流通の管理、価格調査、技術の保護、研究支援などを行っております。また、国家に属さない中立組織として各地で活動しております。どこの国にも肩入れせず、公平な立場で技術と商業を支えることが我々の役目です」
誠は腕を組む。
「なるほど……やっぱりギルドみたいな組織なんだな」
その時。ブーン。
またアイは、小さく振動した。
誠は画面を開く。
『確認してください。現物だけでなく、理論だけでも登録可能か』
「なるほど」
誠は画面を閉じる。
「一つ、お聞きしたいんですが」
「どうぞ」
「その登録というのは、現物がないと駄目ですか?」
ノリスは首を横に振った。
「いいえ。現物があれば最も分かりやすいですが、理論だけでも登録可能です」
誠は少し身を乗り出す。
「理論だけでも?」
「はい。設計図や構造だけを登録する研究者もおります。その理論を基に、後から完成品を製作する者もおります。もっとも……そのような登録は滅多にありませんが」
誠は静かに頷いた。
「なるほど……」
村には、まだ登録していない技術が山ほどある。
半地下窯。水車。田植え機。筋付け器。
多穴植え棒。
どれも、この世界では珍しい技術かもしれない。
「もし……」
誠はゆっくり口を開いた。
「村に戻れば登録したい物が、まだ何個かあるとしたら?」
ノリスは少し考えたあと、笑みを浮かべた。
「でしたら、こちらから組織員を派遣いたしましょう。現地で確認し、その場で登録手続きを進められます。その方が確実です」
「そうですか」
誠は安心したように頷く。
「では、まずはこの荷台車の登録をお願いします」
「承知しました」
◇
誠は渡された書類へ必要事項を書き始める。
「あれ?」
思わず首を傾げた。
確かに日本語で書いている感覚なのに、紙の上には見たことのないこの世界の文字が並んでいる。
「そういえば……」
看板も普通に読めていた。
会話にも困ったことがない。
「……やっぱり謎だな」
小さく呟きながら、最後まで書き終える。
ノリスは書類を受け取り、一枚ずつ丁寧に確認した。
やがて満足そうに頷く。
「登録、完了いたしました」
「これで、この荷台車の構造は正式に保護されます」
ノリスは荷台車を見つめ、小さく笑う。
「これは……かなり価値のある技術ですな」
一瞬だけ口元が緩む。
「……これは、かなり利益になりそうな……」
「ゴホン」
慌てて咳払いをした。
「失礼しました」
誠とミィナは顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。
「それと」
ノリスは姿勢を正した。
「村へお戻りになる前に、もう一度こちらへお立ち寄りください。組織員を一名、同行させます。現地で他の技術も確認させていただきます」
誠はミィナを見る。
「どうする?」
ミィナは少し考えたあと、小さく肩をすくめた。
「まあ……いいんじゃない?変な人じゃなさそうだし」
「よし」
誠はノリスへ向き直る。
「お願いします」
ノリスは満足そうに微笑んだ。
「ありがとうございます。これは実に楽しみですな」
その目は、まるで新しい宝物を見つけた子どものように輝いていた。




