山道、その先へ
翌朝。
村の広場には、朝早くから多くの村人が集まっていた。
改造を終えた荷台車には、干し肉、干し竹の子、陶器、革袋、味噌など、交易品がぎっしりと積み込まれている。
「誠!」
「気を付けてな!」
「良い取引をしてこいよ!」
あちこちから声が飛ぶ。
誠は照れくさそうに頭をかいた。
「みんな、行ってくる」
隣ではミィナが荷台車の縄を引き締めている。
「忘れ物なし!」
「よし、出発しよう!」
誠は一度だけ村を振り返った。
一年間暮らした村。
何も無かった場所が、今では大切な居場所になっている。
「……行くか」
「うん!」
二人は荷台車を引きながら、村を後にした。
◇
山道は思っていた以上に歩きやすかった。
改造した荷台車は板ばねのおかげで揺れが少なく、車輪も滑らかに回る。
「思ったより軽いな」
「前の荷車とは大違いだよ」
ミィナが笑う。
「昔は石に乗り上げるたびに荷物が飛び跳ねてたからね」
『板ばねが衝撃を吸収しています。荷物への負荷は従来比で約四割減少しています』
「数字はともかく、成功ってことだな」
『はい』
誠は周囲を見渡した。
どこまでも続く森。
木漏れ日。
聞いたことのない鳥の鳴き声。
「……こんな景色だったのか」
村の外へ出たのは、これが初めてだった。
『左側の樹木は建材に適しています』
「へぇ」
『足元の草は止血作用を持つ薬草です』
「そんな物まであるのか」
誠は苦笑した。
「村の周りだけでも、まだ知らないものばかりだな」
『未知の情報が多数存在します』
◇
昼頃。
小川のほとりで休憩することにした。
誠は鍋に水を張り、干し肉と干し竹の子を入れる。
少しして、味噌を溶き入れると、優しい香りが立ち上った。
「いただきます」
二人は木の椀を手に取る。
ミィナは一口飲むと、小さく笑った。
「……昔は、こんなご飯食べられなかったな」
「そうなのか?」
「うん」
ミィナは遠くを見つめながら話し始めた。
「私たち、もともとはもっと大きな村に住んでたんだ」
「そこから開拓民として山へ入ったの」
「開拓民?」
「そう。新しい土地を切り開いて暮らす人たち」
誠は黙って聞く。
「山へ来た人もいるし、海を目指した人たちもいるって聞いた」
「海か……」
『現在位置から海までの距離は不明です』
「まあ、いつか行くことになるかもな」
ミィナは頷いた。
「元の村は、人もそこそこ多かったよ。市場もあって、今の村よりずっと色んな物が並んでた」
「じゃあ楽しみだな」
「でも……」
ミィナは少し笑う。
「今なら、こっちの方が良い暮らしかもしれない」
誠は少し照れくさくなった。
◇
午後。
再び山道を歩いていると、誠が地面を見て足を止めた。
「ミィナ」
「ん?」
「これ、足跡じゃないか?」
土には、大きな蹄の跡が残っている。
誠は思わず周囲を見回した。
「近くにいるのか?」
ミィナはしゃがみ込み、跡を見て笑った。
「ああ、大丈夫」
「この辺りは鹿だよ」
「鹿?」
「見て、この形」
誠もしゃがみ込む。
『分析します』
数秒後、アイが答えた。
『鹿の足跡と一致します。危険性は低いと判断します』
誠は胸をなで下ろした。
「びっくりさせるなぁ」
「誠はまだ山に慣れてないね」
ミィナは楽しそうに笑った。
「そのうち足跡だけで分かるようになるよ」
◇
日が傾き始めた頃。
二人は開けた場所で野営の準備を始めた。
荷車を風除けにし、焚き火を起こす。
ぱちぱちと薪が爆ぜる音が、静かな山に響いていた。
「今日はここまでだね」
「ああ」
ミィナは火を見つめながら言う。
「もう明日には街道へ出るよ」
「街道か……」
誠は少し楽しみになっていた。
その時だった。
ミィナがじっと誠を見つめる。
「ねぇ」
「ん?」
「いい加減、その四角いのは何?」
「え?」
「前から思ってたんだけど」
ミィナは苦笑した。
「いつも小声で話してるでしょ?独り言かと思ってたけど……誰かと会話してるみたいだったし」
誠の顔が固まる。
「……バレてた?」
「当たり前だよ」
ミィナは肩をすくめた。
「ぶつぶつ喋ってるから、正直ちょっと気持ち悪かった」
「あはは……」
誠は苦笑いするしかなかった。
「紹介するよ。俺の相棒、アイ」
『はじめまして』
『私はアイと申します』
突然聞こえた声に、ミィナは目を丸くした。
「しゃ、喋った!?」
『よろしくお願いいたします』
「へぇ……」
ミィナは不思議そうに誠の手元を眺める。
「不思議な魔道具なんだね」
誠は少し迷ったが、笑って頷いた。
「まあ……そんなところかな」
『説明としては概ね問題ありません』
「おい」
思わず笑いがこぼれる。
ミィナもつられて笑った。
「なんか面白い相棒だね」
「だろ?」
焚き火の火が、静かに揺れる。
誠は寝転び、満天の星空を見上げた。
「……村の外にも、こんな世界があったんだな」
山の夜風が、静かに二人の間を吹き抜けていった。




