贈りもの
そうして、季節は巡った。
春が過ぎる頃には、祀煙が持ってくる花も変わった。鬼へ捧げるため、人間が丹精を込めて育てた花。屋敷へ献上されたものの中から、祀煙は一輪を選び、座敷牢へ向かう。
その先にいるキミコは、今日も同じ場所にいた。
畳の上に座り、背を伸ばし、正面を見つめている。ひとつだけの藤色の瞳は、何かを求めることもなく、何かを訴えることもなく、静かに正面を映していた。
祀煙は格子の前へ膝をつく。
「花を持ってまいりました」
そう言って、格子の隙間から手を差し入れる。人間ならば決して触れようとしない場所。けれど、祀煙にとっては何でもないことだった。
花を格子の内側に置く。
その時だけ、キミコの瞳がわずかに動いた。
置かれた花を見る。それ以上の変化はない。
祀煙は、それを見届けると静かに立ち上がった。
夏になれば、座敷牢の中にも暑さが届いた。外の景色を見ることのできない場所で、季節の移ろいを感じられるものは少ない。それでも、祀煙が持ってくる花の色や香りが、わずかに時の流れを伝えていた。
秋になると、屋敷へ献上される菓子の種類が変わった。
祀煙はその中からいくつかを選び、座敷牢へ持っていった。
「菓子を持ってまいりました」
格子の隙間から包みを差し入れ、畳の上へ置く。キミコの瞳が、包みへ向いた。
祀煙は、そのまま帰った。
翌日も。
その次の日も。
さらにその次の日も、包みは同じ場所に残っていた。
祀煙は、しばらくそれを見ていた。
菓子を嫌っているわけではない。拒んでいるわけでもない。ただ、包みを開こうとしていなかった。
そこで初めて気付いた。キミコは、知らないのだ。
包みの開け方を。与えられたものを、どう扱えばいいのかを。
祀煙は格子へ手を伸ばし、そっと包みを取り上げた。紐をほどき、紙を開く。
菓子を包んでいた紙を広げ、その上に載せたまま格子の内側へ置いた。
「どうぞ」
キミコの瞳が、菓子へ向く。
しばらくして、白く小さな手が伸びた。
それだけだった。けれど、祀煙には十分だった。
それから祀煙は、菓子を持って行く時には必ず包みを開いてから差し入れるようになった。
花を持つ日もあれば、菓子を持つ日もあった。何も持たず、ただ座敷牢へ向かう日もあった。
祀煙には、他にも果たすべき役目がある。山から降り、人里に害をなす妖を討つこと。一族の者たちをまとめること。鬼の一族を成り立たせるための務めは、決して少なくなかった。
妖を討ち、血の匂いを纏ったまま戻る日もあった。一族の者たちとの話し合いが長引き、夜更けに座敷牢へ向かう日もあった。
それでも祀煙は、必ずキミコのもとへ足を運んだ。
残された時間がわずかな日でも、何も持っていない日でも。格子の前に座り、そこにいる鬼の姿を確かめる。
キミコは変わらない。
いつも同じ場所に座り、いつも正面を見つめている。祀煙が来ても、顔を向けることはない。
それでも、格子の中へ何かが置かれたときだけ、その藤色の瞳がほんの少し動く。
その僅かな変化を、祀煙はいつしか待つようになっていた。




