海はひとつ ―商船たちの意思―
会社としても難しい判断だったクリスタニア出港
社長が怒るのも無理はありません。
それではどうぞ。
晴海出港から七日。
クリスタニアは、静かに補給と点検を終え、次の海へ備えていた。
そのブリッジに、本社からの通信が入る。
「……繋げろ」
映像が立ち上がる。
会議室のざわめきが、そのまま流れ込んできた。
怒号に近い声が飛び交う。
『我が部門の全船が、クリスタニアの紅海航路を支持しています!』
『バルクもコンテナも同様です!』
別の声が割り込む。
『ふざけるな!クリスタニアの建造費がいくらだと思っている!』
『まだ一円も稼いでいない船だぞ!紅海など正気の沙汰ではない!』
一瞬、音が途切れる。
画面に、葛城の顔が映った。
「……クリスタニア、聞こえていますね」
周囲を気にするように視線を動かし、声を落とす。
「君たちの判断は、褒められたものではありません」
一拍。
「ですが——」
わずかに口元が緩む。
「商船部門は全て、君たちを支持しています」
背後では、なお議論が続いている。
「だから執行部と、こうして戦っているというわけです」
短く息を吐く。
「……ま、社長はお怒りでしたがね」
そして、表情が戻る。
「いいですか。無事に帰ること」
「これは命令です。船体に傷一つつけてはならない」
ブリッジに静寂が落ちた。
リヒトは、ゆっくりと口を開く。
「……了解」
そして、はっきりと言い切る。
「我が社の全ての商船に、心から敬意を表する」
「本船は必ず、無事に帰投する」
「安航を祈ります」
通信が切れる。
しばらく、誰も動かなかった。
やがてエリコが、小さく息をつく。
「葛城部長、どうやら味方みたいね」
リヒトは答えない。
視線の先には、ただ海があった。
荒波の中で、必死に航路を守る船たち。
リトルベア。
そして、グリズリーたち。
「……待ってろよ」
誰にも聞こえないほどの声で呟く。
「土産を持って帰ってやる」
―――
その頃、ロンドン。
エディからの報告を受け、レイコは言葉を失った。
「……紅海?」
一瞬の沈黙。
「船長は誰なの」
「何でそんな無謀な航路を選んだの」
エディは、淡々と答える。
「船長は……リヒト様です」
その名に、レイコの表情が揺れた。
「おそらく——」
「レイコ様が大切にされている商船を、励ますためかと」
息を呑む。
「……なんなのよ」
視線が落ちる。
「そんなこと……分かってたら——」
言葉が続かない。
エディは、静かに告げる。
「状況が違います」
「日本にいても、出来ることはありません」
部屋に沈黙が満ちる。
その沈黙の中で、レイコはただ一つの方向を見つめていた。
海の向こう。
あの船が進む先を。
現場と会社の言い分は、どちらも間違っていないだけに意見が分かれてしまう、というのはよくあることですよねぇ。




