ドラゴンが見守る海 —その船は止められない—
同じ海を見ていても、立場が違えば出来ることも違います。守りたいのに、手を出せない。
そんな側の視点です。
ハワード提督の執務室。
一本の連絡が入った。
「BMM本社より、招待船についての連絡です。」
副官が静かに告げる。
「クリスタニアは、紅海ルートで英国へ向け出港したとのこと。」
一瞬、静寂。
次の瞬間——
提督は椅子を蹴って立ち上がった。
「……なんだと!!」
低く、押し殺した怒気が滲む。
「理由は。」
副官が資料を確認する。
「自社船舶の状況確認、並びに士気高揚のため——とのことです。」
提督の眉間に深い皺が刻まれる。
「何故、止めなかった!」
副官は一瞬、言葉を選ぶ。
「我々は軍です。民間船の航路選択に干渉する権限は……ありません。」
苦悩の滲む返答だった。
提督はしばし黙り込む。
やがて、吐き出すように言った。
「……守ることも、助けることも出来んというのに。」
室内の空気が重く沈む。
副官が続ける。
「現在、空母ウォルシンガムおよび駆逐艦リヴァイアサンが当該海域に展開中です。」
「……伝えろ。」
提督は短く言い切った。
「可能な範囲でいい。」
一拍。
「目を離すな、と。」
「了解。」
わずかな沈黙。
副官が静かに問う。
「レイコ様には……」
提督は視線を落とした。
「……言わねばなるまい。」
「では、ヴェイル中佐に連絡を。」
「頼む。」
通信が開かれる。
⸻
『白薔薇が海に咲く。枯らすな。手折るな。ただ見守るのみ』
短い暗号文が、各艦へ送信される。
⸻
駆逐艦リヴァイアサン。
「……どういう意味だ?」
通信士が首を傾げる。
その直後、別回線が開く。
「ハワードだ。」
「閣下。」
ジェームズ大佐が姿勢を正す。
「すまない。」
提督の声は低かった。
「BMMのクリスタニアから目を離すな。」
一拍。
「およそ21日後に現れるだろう。」
沈黙。
そして——
「……私の薔薇が、あれを待っている。」
その言葉に、ジェームズは息を呑んだ。
「レイコの……?」
脳裏に、一人の男の姿が浮かぶ。
「……まさか、あの男が。」
わずかな間。
やがて、短く応じる。
「畏まりました。監視を継続します。」
通信が切れる。
ジェームズはすぐに別回線を開いた。
「ウォルシンガム。白薔薇の意味が判明した。」
『聞こう。』
「閣下の娘婿だ。」
一瞬の静寂。
そして、低い笑いが返る。
『……なんと勇敢で、無謀な婿殿だ。』
声はすぐに引き締まる。
『我々は関与出来ない。だが——』
一拍。
『知らないふりをしておこう。』
「了解。」
通信が落ちる。
リヴァイアサンのブリッジに、再び静けさが戻る。
ジェームズは、バルセロナでの光景を思い出していた。
(大した男だ。)
(あの雷親父を、ここまで心配させるとは。)
小さく息を吐く。
(……うまくやるんだぞ、リヒト。)
遠い海の向こうへ、視線を向けた。
軍と民間では、同じ海にいても役割がまったく異なります。
守る力を持っていても、必ずしも使えるわけではない。それが現実です。
艦隊もまた苦悩の中にいるのです。




