内緒の積み荷 ―社員たちの極秘ミッション―
少しだけ、船の中が賑やかです。こんな時間も、航海には大切なのかもしれません。
東京湾を離れたクリスタニアは、南へ進路を取っていた。
第一目標、コロンボ。
海は穏やかだった。
風も波も、まだ優しい。
まるで——これから向かう海域など存在しないかのように。
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ブリッジ。
航海は順調だった。
各機器の表示は安定し、針は静かに刻まれている。
リヒトは前方を見据えたまま、ぽつりと口を開いた。
「……なぜ、反対しなかった。」
隣に立つルイが、わずかに眉を上げる。
「何の話だい?」
「今回の航路だ。」
一拍。
「紅海だぞ。」
ルイは、軽く笑った。
「反対なんかしないよ。」
迷いのない声だった。
「これが、彼女の船の愛し方だから。」
リヒトは視線を動かさない。
ルイは続ける。
「僕はね、エリコを一人にしたくないんだ。」
少しだけ、声を落とす。
「もしクリスタニアに何かあっても——」
一拍。
「エリコと一緒なら、怖くない。」
静かな言葉だった。
「エリコも同じさ。」
肩をすくめる。
「置いていったら、たぶんヘリで追いかけてくるよ。」
冗談のようでいて、冗談ではない。
リヒトは何も言わない。
ただ——
思い出していた。
ニューヨークの夜。
レイコの声。
『私は愛してるの』
『この船も、あなたも』
胸の奥に、わずかな痛みが走る。
ルイが、ふっと横目で見る。
「彼女も、同じじゃないかな。」
静かな一言。
リヒトは答えない。
ただ、前を見続けている。
⸻
その頃、船内。
普段は緊張に包まれる空間も、この時間だけは少し柔らいでいた。
クルーズ部門の社員たちが、ラウンジで思い思いに過ごしている。
エリコもその中にいた。
肩の力を抜き、紅茶を口にする。
「エリコ常務!」
若い社員が駆け寄る。
「この前、副長が作ってくれたケーキ、また食べたいです!」
「可愛くて、美味しくて……!」
エリコは、ふっと笑った。
「じゃあ、イギリスから帰ったらパーティーしましょう。」
一拍。
「ルイも喜ぶと思うわ。」
社員たちが顔を見合わせる。
そして——
くすっと笑った。
「それに。」
エリコは少しだけ声を潜める。
「もう一つ、大事な任務があるの。」
「……あっ。」
誰かが気づく。
「キャプテンですね?」
小さな笑いが広がる。
エリコは、わずかに頷いた。
「あなたたち、“例のもの”は?」
「もちろんです!」
「バレないようにするの、大変でした!」
「領事館も総務も巻き込んでます!」
エリコは満足そうに頷く。
「よし。」
一拍。
「あとは、成功を祈るだけね。」
その言葉に、自然と笑みが広がる。
誰もが、同じことを思っていた。
——この航海を、成功させる。
——そして。
もう一つの“任務”も。
⸻
クリスタニアは進む。
穏やかな海を切り裂きながら。
まだ誰にも見えない、二つの目的を乗せて。
どんなに緊張した航海でも、船の中にはこうした穏やかな時間があります。
少し笑って、少し企んで。それでも皆、ちゃんと前を向いている。
そんな空気もまた、この物語の一部です。
それにしても、クルーズ部門の社員たちは、何を企んでいるのでしょうね




