鬼教官のティータイム—りんごの香りは恋の香り
クリスタニアでは厳しい訓練が続く中、久しぶりに鬼教官エレクトラとリヒトのティータイムです。
りんごの香りが漂うラウンジで、エレクトラがリヒトに投げた一言とは——。
クリスタニアでは、厳しい訓練が続いていた。
新造船のクルー教育は、想像以上に過酷だった。
ブリッジでは操船訓練。
機関部では緊急対応訓練。
客室部門にはサービス研修。
そのすべてをまとめているのが——
エレクトラ・デ・ラ・ヴェガ。
「姿勢!」
鋭い声が飛ぶ。
「ここは訓練所じゃない。クリスタニアよ。」
クルーたちは背筋を伸ばす。
「もう一度。」
その一言だけで、誰も逆らわない。
船内はまるで海軍の訓練艦のようだった。
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一方で。
リヒト・ヴァルナーもまた、忙殺されていた。
船長候補としての教育。
座学。
操船シミュレーション。
運航管理。
安全管理。
外交儀礼。
スケジュールは分刻みだった。
朝から晩まで続く訓練。
考える暇すらない。
——いや。
本当は違う。
考えないようにしていた。
レイコのことを。
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ある日の午後。
BMM本社ラウンジ。
リヒトは珍しく、一人でコーヒーを飲んでいた。
そこへ現れたのは——
エレクトラだった。
彼女は何も言わず向かいの席に座り、
アップルティーを注文する。
香りがふわりと広がる。
そして、唐突に言った。
「あんたさ。」
リヒトは顔を上げる。
エレクトラは平然と続けた。
「やっと愛を見つけたと思ったのに。」
一拍。
「今度は拗ねてんの?」
リヒトは何も答えない。
エレクトラは肩をすくめた。
「もうめんどくさいからさ。」
カップを軽く回す。
りんごの香り。
そこにシナモンスティックを入れ、静かに混ぜる。
「プロポーズして来なよ。」
さらりと言った。
そして軽く笑う。
「私たちが応援してあげる。」
リヒトは苦笑した。
そして視線を落とす。
「……簡単に言うな。」
エレクトラは黙って聞いている。
リヒトは続けた。
「彼女は英国の上流階級だ。」
静かな声だった。
「エディの方が、ずっとお似合いだ。」
その瞬間。
リヒトの指が、胸元に触れる。
ネックレス。
レイコから贈られたものだった。
エレクトラはその仕草を見逃さなかった。
小さくため息をつく。
「あのさ。」
少し呆れた声。
「それ、あんたが決めることじゃないよ。」
リヒトは黙る。
エレクトラは続けた。
「そんなことしてたら。」
軽く笑う。
「誰かに取られちゃうと思うけど。」
そして椅子から立ち上がる。
「ま、頑張って。」
それだけ言って去っていった。
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ラウンジに残されたリヒト。
しばらく動かなかった。
クリスタニアでイギリスへ行く。
その時。
もし——
誰かの隣で笑うレイコを見たら。
自分は。
平静でいられるだろうか。
リヒトはゆっくり目を閉じた。
胸の奥が、静かに痛む。
そして小さく呟いた。
「……俺は。」
少し笑う。
「こんなに寂しいんだけどな。」
作中に出てきた「りんご」と「シナモン」。
実はどちらも、ある意味を暗示しています。
シナモンとりんごが暗示すること、皆さんはわかったかな?




