北風と太陽——甘いロンドン甘くない東京
今回は舞台が二つに分かれます。
ロンドンでは久しぶりの穏やかな再会。一方、東京ではクリスタニアのクルーたちに待ち受ける厳しい訓練。
北風と太陽のように、まったく違う空気の二つの場所をお楽しみください。
オーシャンクレストのサフィールと別れ、
レイコたちはロンドンに戻ってきた。
ロンドン・ヒースロー空港。
到着ロビーに現れたレイコの姿を見た瞬間、
一人の大柄な男が大きく手を振った。
「レイコーー!」
ロイヤルネイビー、シードラゴン艦隊司令。
ハワード提督だった。
周囲の視線などまったく気にせず、一直線に歩いてくる。
「心配してたんだぞ!」
レイコの肩を掴み、まじまじと顔を見る。
「少し痩せてしまったんじゃないか?
可哀想に!」
その声は、本気で心配している父親のようだった。
すると横から、静かな声が入る。
「閣下。」
エディである。
「空港です。」
提督は一瞬だけ周囲を見回した。
確かに、制服の軍人が騒ぐには場所が悪い。
「……うむ。」
咳払いをひとつする。
「続きは家に帰ってからにしよう。」
そして副官たちに命じた。
「姪を家まで送り届けろ。」
「はい、閣下。」
車列はそのまま、ロンドン郊外へ向かった。
⸻
ハワード邸。
重厚な門が開くと、広い庭が現れる。
そして玄関の扉が開いた瞬間。
「レイコ!」
明るい声と共に女性が現れた。
マリアだった。
その足元から飛び出してきたのは——
巨大なジャーマンシェパードたち。
「わっ……!」
次の瞬間。
犬たちはレイコに飛びついた。
尻尾を激しく振りながら顔を舐め、体を押しつける。
「ちょっと、待って……!」
完全に揉みくちゃである。
マリアが笑う。
「この子たち、あなたが来るのを楽しみにしていたのよ。」
ようやく犬たちが落ち着いたころ、
マリアは優雅に手を叩いた。
「さあ、お茶にしましょう。」
一行はサロンへ移動する。
テーブルには既にティーセットが並び、
香り高い紅茶が用意されていた。
そして中央には——
大きなアップルパイ。
それを見た瞬間。
フォックス中尉の目が輝いた。
「……!」
その表情を見て、マリアが微笑む。
フォックスは幼い頃、事故で両親を亡くしている。
若い兵士だった頃、
マリアは彼を自宅に招き、何度も食事を振る舞っていた。
それ以来、彼はマリアにとって
半ば息子のような存在だった。
「フォックス、遠慮しないで。」
「ありがとうございます! ハワード夫人!」
エディはその光景を静かに見守る。
レイコも、久しぶりに穏やかな笑顔を見せていた。
しばらくの間、
サロンには和やかな笑い声が響いた。
⸻
その頃。
BMM本社。
そして——
新造船クリスタニア。
船内には鋭い声が響いていた。
「止まりなさい。」
一斉にクルーが振り向く。
ブリッジ中央。
腕を組んで立つ女性。
エレクトラ・デ・ラ・ヴェガ。
「あなたたち。」
静かに言う。
「ここがどこか分かってる?」
誰も答えない。
エレクトラは続けた。
「この船はただの観光船じゃないの。」
一歩前に出る。
「クリスタニアよ。」
冷たい視線がクルーを貫く。
「英国海軍から招待を受け、
世界中が見ている船。」
そして。
赤い唇がわずかに歪んだ。
「その船のクルーは、
それぞれの能力を評価して選抜されている。」
一瞬の沈黙。
「あなたたちは、我が社の中でも素晴らしいクルー。」
そしてエレクトラは手を叩いた。
パン。
鋭い音がブリッジに響く。
「あなたたちなら出来る。」
「やり直し。」
クルーが慌てて整列する。
エレクトラは最後に言った。
「いい?」
「あなたたちは、最強のクルー。」
ゆっくりと言い切る。
「クリスタニアの顔なの。」
そして、冷たい一言。
「しんどいと思ったら、無理せず辞退していいわ。」
一拍。
「ただし。」
「この訓練を終えた頃には、
最強のクルーになっていると約束する。」
ブリッジの空気が一瞬で引き締まった。
エレクトラ・デ・ラ・ヴェガ。
伝説の一等航海士。
そして今——
クリスタニアを鍛える鬼教官。
船はまだ出航していない。
だが既に。
戦いは始まっていた。
「遅い! 船はもっと揺れる!」
「この程度で揺れるな!」
「次!!」
東京湾を夕陽が染めていく。
英国では「お茶」は単なる飲み物ではなく、生活の大切な文化です。
紅茶を囲んで会話を楽しむ時間は、家族や友人との距離を縮める大事なひととき。アフタヌーンティーのような優雅な習慣だけでなく、日常でも気軽に紅茶とお菓子を楽しむ家庭は多いようです。
作中のハワード邸でも、そんな英国らしい温かな時間を描いてみました。




