プロイセンブルー ―提督からの贈り物―
悶々といじけていたリヒトに、ついに火がつきます。
提督から届いた小さな贈り物が、彼の覚悟を決めさせることになるのでした。
ホルムズ海峡の情勢は、日に日に緊張を増していた。
米国はついに、各国へ要請を出す。
——商船護衛。
海峡を封鎖させないため、各国海軍が共同でタンカーや商船を守るという作戦だった。
だが、それでも状況は楽観できない。
BMM本社でも緊急会議が続いていた。
「まだ連絡は?」
「ありません。」
会議室の空気は重い。
ペルシャ湾には、まだBMMグループの船舶が残っていた。
タンカー。LNG船。コンテナ船。
本来なら、早急に離脱させたい。
だが——
それができない。
航路の安全が確保できず、船を動かすタイミングを見極めるしかないのだ。
時間だけが過ぎていく。
そして。
燃料費が膨れ上がる。
「このままだと……」
誰かが言いかけて、言葉を飲み込んだ。
グループ全体の焦りは、日に日に強くなっていた。
当然、その影響は——
クリスタニアにも及ぶ。
「就航延期を検討すべきでは?」
そんな声が、社内で増え始めていた。
⸻
そんなある日。
BMM本社に小包が届いた。
宛先は——
リヒト・ヴァルナー。
差出人は。
ハワード提督。
リヒトは箱を開ける。
中には、小さな手紙と——
ネックレス。
青い宝石が、花の形をしていた。
「……これは。」
ヤグルマギク。
ドイツでは——
プロイセンブルーとも呼ばれる花だった。
リヒトはしばらく、それを見つめていた。
その意味を、彼が知らないはずがない。
信頼。教育。誇り。
そして——
騎士の象徴。
リヒトは静かに息を吐く。
「……やられたな。」
エリコが腕を組んで笑う。
「提督は、何もかも分かってるわね。」
リヒトはネックレスをそっと握る。
胸の奥に、静かに火が灯る。
迷いではない。
決意だった。
「常務。」
リヒトが言う。
「提督に返事を出します。」
エリコは少し驚いた顔をした。
「もう?」
「ええ。」
リヒトは立ち上がる。
「今、書きます。」
⸻
BMM本社ロビー。
大きな花瓶には、真紅の薔薇が飾られていた。
クリスタニアの就航を祝うためのものだった。
リヒトはその前で足を止める。
少し考える。
そして。
一枚の花びらを、静かに摘んだ。
それを封筒の中へ入れる。
便箋を取り出す。
ペンを走らせる。
書いたのは、短い一文だけだった。
⸻
「閣下の薔薇が似合うのは光に守られた本船だけです。」
⸻
エリコがそれを覗き込む。
「……なるほど。」
そして笑った。
「大胆ね。」
リヒトは封筒を閉じる。
それは、ただの返事ではない。
宣言だった。
あなたの娘にふさわしい男は、自分だ。
その覚悟。
エリコは肩をすくめる。
「提督、怒るかもしれないわよ?バカモーンって。」
リヒトは静かに答えた。
「ええ。」
そして続ける。
「だからこそ、行くんですよ。船長ですから。」
エリコは満足そうに笑った。
「いい顔になったじゃない。」
窓の外を見る。
港の方角。
そこには、クリスタニアがいる。
そして——
遠い海の向こうには。
ロンドン。
エリコは静かに言った。
「レジェンディアの英国行きまで、あと半月よ。」
「こちらから返事をしておくわ。特別航海のゲストリストは、後で渡す。」
リヒトは小さく頷いた。
胸の奥で、青い花が静かに揺れる。
今度は——
逃げない。
作中に登場した青い花は「ヤグルマギク(コーンフラワー)」です。ドイツでは「プロイセンブルー」とも呼ばれ、プロイセン王家や騎士道の象徴として知られています。
誠実さや誇り、信頼といった意味を持つ花でもあり、ドイツ文化では特別な意味を持つ存在です。
提督がリヒトへ贈ったこの花には、ある種の“試すような意味”も込められているのかもしれませんね。




