提督からの手紙 ― 覚悟を決めろ ―
リヒトは復活できるでしょうか。
エリコ常務の愛の鞭が炸裂します。
なんだかんだ、優しい常務です。
それでは、どうぞ。
翌朝。
都内のホテルを出た車は、静かな高速道路を北へ向かっていた。
窓の外には、冬の澄んだ空。
遠くに広がる関東平野の景色が、ゆっくりと流れていく。
レイコは後部座席で、窓の外を見ていた。
その表情は、どこか楽しそうだった。
エディはそれを横目で見ながら、小さくため息をつく。
「……レイコ様。」
レイコが振り向く。
「なぁに?」
エディは少し迷ったように口を開いた。
「リヒト様は、大変ヤキモチ妬きです。」
レイコは目を瞬かせた。
エディは続ける。
「サフィールは、レイコ様にとって特別な船ではありますが……」
少し言葉を選ぶ。
「その“特別”が自分ではないように思えて、拗ねてしまわれたのではないでしょうか。」
助手席から、フォックス中尉が苦笑する。
「あぁ……。」
ミラー越しに振り返る。
「男としては、ちょっと悲しくなるかもしれないですね。」
レイコはしばらく黙っていた。
やがて、小さく呟く。
「……エディは。」
エディを見る。
「こんなに理解してくれるのにね。」
エディは答えなかった。
ただ静かに、前を見つめていた。
車はそのまま、茨城へ向かって走り続ける。
レイコの胸の中には、これから会う船の姿が浮かんでいた。
サフィール。
あの白い船体。
あのデッキ。
あの海の匂い。
思い出すだけで、胸が少し高鳴る。
——きっと、変わらない。
そう思った。
⸻
その頃。
BMM本社では、慌ただしい空気が流れていた。
会議室のモニターには、世界情勢のニュースが映し出されている。
「ホルムズ海峡の緊張がさらに高まり、原油価格は急騰——」
ニュースキャスターの声が響く。
別の画面には、日米防衛相会談の速報。
会議室の空気は重かった。
「……この情勢で。」
一人の役員が言う。
「クリスタニアを就航させるタイミングとしては、よくないのでは?」
別の役員も頷く。
「世界情勢が読めません。」
「クルーズ需要にも影響が出る可能性があります。」
その時。
扉が開いた。
常務エリコ・白鳥・アズナブールが入ってくる。
「その話は後です。」
一言で会議室が静まった。
彼女は資料を机に置く。
「問題は、こちらです。」
封筒が一つ、テーブルに置かれる。
葛城部長がそれを見て眉を上げた。
「……ロイヤルネイビー?」
エリコは頷く。
「シードラゴン艦隊。」
会議室がざわつく。
「提督の名前で来ています。」
葛城が封筒を開く。
一枚の手紙。
そしてそこには——
船長の名前が書かれていた。
リヒト・ヴァルナー。
名指しだった。
葛城が小さく息を吐く。
「……これは。」
エリコは腕を組む。
「見定めるつもりなのでしょうね。」
⸻
数時間後。
本社オフィス。
呼び出されたリヒトは、静かに扉を開けた。
部屋にはエリコと葛城が待っている。
エリコは一枚の手紙を差し出した。
「覚悟を決めてもらわないといけなくなったわ。」
リヒトはそれを受け取る。
目を通す。
そこには、こう書かれていた。
——海の男として。
——船を愛する男として。
——我が艦隊は、貴殿を船長として歓待するものである。
——佳き返事を待つ。
ハワード提督。
リヒトは黙って手紙を見つめていた。
エリコが言う。
「これは、我が社の名誉が掛かっているの。」
机に手を置く。
「提督は、あなたを見定める気よ。」
鋭い視線。
「それでもまだ、自分から逃げるの?」
リヒトは何も言わない。
エリコはさらに続けた。
「それに——」
少し声を落とす。
「ここであなたが頑張らなければ。」
一拍。
「彼女を取り戻すことは、不可能になるわよ。」
部屋に沈黙が落ちた。
リヒトは手紙を握りしめる。
窓の外には、東京湾の海が広がっていた。
その先に、航海が待っている。
クリスタニア。
そして——
レイコ。
海の男としての覚悟が、
今、試されようとしていた。
作中では、ロイヤルネイビーからクルーズ船の船長へ招待状が届く場面がありました。
実際の海でも、民間船と各国海軍の交流は珍しいものではありません。
特に大型客船や有名なクルーズ船は、友好訪問や式典、観艦式などで海軍から招待されることがあります。
港に寄港した際に艦船の見学をしたり、逆に海軍関係者が客船を訪れることもあります。
もちろん通常の航海では軍とは関係なく運航されていますが、海という共通のフィールドで働く者同士、こうした交流が生まれることもあるのです。




