リヒト船長の自己嫌悪― 俺はバカだ ―
今回もリヒトを温かく見守ってやってください。
ホテルの廊下は静まり返っていた。
リヒトはカードキーを差し込み、ドアを開ける。
部屋に入った瞬間、アルコールの匂いが自分から漂っていることに気づいた。
「……くそ。」
小さく呟く。
ネクタイを緩めながら、よろめくように部屋の奥へ歩く。
バーで飲んだ酒は、思った以上に回っていた。
ルイの言葉が、まだ耳の奥に残っている。
——君は彼女のことを何も分かっていないね。
リヒトは舌打ちした。
「……分かってるさ。」
誰もいない部屋でそう言う。
だが、その声にはまるで説得力がなかった。
ジャケットを椅子に放り投げる。
シャツのボタンを外す。
鏡の前に立つと、自分の顔が映った。
ひどい顔だった。
ブリッジで見せる冷静な表情とは、まるで違う。
ただの——
惨めな男の顔だ。
「キャプテン、か……。」
苦く笑う。
クリスタニア。
新造船。
船長任命。
本来なら誇らしいはずの言葉。
なのに。
胸の奥は、妙に重かった。
リヒトは浴室へ向かい、シャワーの蛇口をひねる。
水音が広がる。
冷たい水が肩を叩く。
目を閉じた。
ルイの声が、また浮かぶ。
——彼女は商船たちにも等しく愛情を注いでいた。
——どうしてサフィールにだけ嫉妬するんだい?
リヒトは壁に手をついた。
水が肩から背中へ流れ落ちていく。
「……嫉妬だと?」
自嘲気味に呟く。
そんなつもりはなかった。
ただ——
マルセイユの夜。
サフィールのオフィサーと笑いながら話していたレイコ。
その姿が、妙に楽しそうで。
レジェンディアのことなど、目にも入っていないように見えた。
それが、どうしようもなく気に入らなかった。
……子供だ。
リヒトは目を閉じる。
「馬鹿だな。」
水の音だけが響く。
自分は何を言った。
恋した船と旅をするべきだった。
あんな言葉を。
レイコに。
リヒトは歯を食いしばった。
思い出す。
ニューヨークの夜。
降りろと言った自分。
それでも残った彼女。
——私はレジェンディアを愛しているわ。
——あなたも……船も。
胸の奥が痛んだ。
シャワーを止める。
浴室に静寂が戻る。
タオルで髪を拭きながら、部屋へ戻った。
ベッドが視界に入る。
ふと、手が胸元に触れた。
チェーン。
指先に金属の感触が伝わる。
ネックレスだった。
バルセロナの夜。
酔ったレイコ。
困った顔で笑っていた。
——町でね、これを見たらあなたを思い出したの。
——昨夜の……お詫びよ。
リヒトはネックレスを握る。
しばらく、じっと見つめた。
胸が妙に締めつけられる。
「……くそ。」
ベッドに腰を下ろす。
タオルを放り投げる。
部屋は静かだった。
東京の夜の音が、遠くに聞こえるだけ。
レイコは、今頃何をしているのだろう。
エディと話しているのか。
それとも——
サフィールのことを考えているのか。
そんなことを考えている自分に気づき、リヒトは顔を覆った。
「俺は……。」
言葉が続かない。
枕に顔を押しつける。
胸の奥に浮かぶのは、レイコの顔だった。
怒った顔。
笑った顔。
そして——
背中から抱きついてきた、あの夜。
リヒトは歯を食いしばる。
「……馬鹿だ。」
小さく呟く。
「本当に……。」
ネックレスを握ったまま、ベッドに突っ伏した。
レイコが恋しい。
そんな自分が、どうしようもなく情けなかった。
部屋の灯りだけが、静かに揺れていた。
不器用なんです。
でも腕はいいんです。
こんなんだと思ってませんでした。。




