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Legendiaより愛をこめて〜ホルムズ危機、そして私たちは恋を知る   作者: おーがすてぃーぬ


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39/80

捕食者は見ていた ―アリューシャン オルカの海―

レジェンディア船団は、いよいよアリューシャン列島海域へ入ります。


この海域は、北太平洋の航路の中でも特に天候が厳しく、霧・低気圧・強いうねりが重なることで知られています。


嵐を越えたばかりの船団ですが、この海では、まだ安心はできません。


そしてこの海域は、もう一つ別の意味でも「静かな緊張」が漂う場所でもあります。


それでは本編をお楽しみください。

アリューシャンへ近づくにつれ、海の色が変わっていった。


北太平洋の鋼のような青は薄れ、代わりに白く濁った海が広がっていく。


まるでセイレーンの呪いのように、世界は少しずつ色を失っていった。


空気も変わる。


冷たく、重い。


湿った霧が海の上を這い、風の匂いまで鈍くしていく。


聞こえるのは波と風の音。

そして時折、遠くを横切る鳥の声だけだった。


レジェンディアのブリッジでは、エディがレーダー画面を見つめながら腕を組んでいた。


雨のノイズとは違う。


霧と海面反射が、画面全体をじわじわと汚し始めている。


エディが言った。

「船団間隔を広げましょう。先行している二隻にはこのまま北海道沖に行って待つよう指示してください。」


ミカエラが振り向く。

「どれくらい?」


「十海里」


その数字に、ブリッジの空気が少しだけ張り詰めた。


アレックスが眉を上げる。

「そんなに離すの?」


十海里。

海では決して近い距離ではない。


晴天ならまだいい。

だが、霧の中では別だ。


ほんの少しタイミングがずれるだけで、仲間の船は影も形も見えなくなる。


エディは静かに海図を指した。


カムチャツカ半島。

そして、アッツ島。


「この海域は霧が深く、天候も変わりやすい」


「潜むにはうってつけです」


ミカエラが目を細める。

「潜水艦ってこと?」


エディは小さく頷いた。

「攻撃される可能性は低い」


そこで一拍置く。


「ですが——絡んでくる可能性はあります」


ブリッジの誰も口を挟まない。


エディは続けた。

「先程の無線で、後続にも仲間の船がいることを『彼ら』が知った可能性が高い」


レーダー画面を指さす。


「それに、この波では海面反射が強い」

「小さな目標はノイズに埋もれます」


アレックスが低く言う。

「つまり、見えないってこと?」


「見えない、というよりは」


エディは淡々と答えた。


「区別できない、と言った方が正しいでしょう」


その言い方の方が、むしろ不気味だった。


見えないのではない。

いるかもしれないものを、見分けられない。


船長がゆっくり頷いた。

「……安全のためだ」

「採用する」


通信士へ命じる。

「船団へ通達」


「間隔十海里。フォーメーション変更。先行三隻は北海道沖で待機。」


「了解」


通信が各船へ飛ぶ。

“Grizzly, copy.”

“Golden Bear, copy.”


“Silver Wolf, copy.”


少し遅れて、小さな声も返ってきた。


“Little Bear… copy.”


レーダー上の船影が、ゆっくりと散っていく。


先ほどまでひとつの群れだった光点が、少しずつ距離を取る。


そのたびに、ブリッジの外の海は白く濁っていった。


しばらくは、かろうじて見えていた。


シルバーウルフの低い船影。

リトルベアの小さな明かり。


だが霧が一段濃くなると、船たちは順番に世界から消えていった。


まず横の船が消える。


次に前方の灯がにじむ。


やがて、海そのものが白く閉じる。


ミカエラが呟いた。


「……やだね、これ」


リサが小さく頷く。


「誰もいなくなったみたい」


だがレーダーにはいる。


いるはずだ。


いるのに、見えない。


船長が命じた。


「霧信号」


次の瞬間、レジェンディアの汽笛が低く鳴った。


長い音。


霧中航行の合図。


その低音は霧の中へ吸い込まれていき、すぐに形を失う。


「見張り増員」


「機関、いつでも全速可能に」


「了解」


「了解」


応答が続く。


その時だった。


レーダー画面に、小さな反応が一瞬だけ現れた。


点。


ほんの小さな、鋭い反応。


ミカエラが身を乗り出す。


「……今の見た?」


次の瞬間、それは消えた。


ノイズの中へ。


アレックスが首を振る。


「波じゃない?」


リサも画面を睨む。


「でも、今の動き……」


誰も言葉を継がない。


エディだけが、しばらく無言で画面を見つめていた。


やがて、ゆっくりと窓の外へ視線を向ける。


白い霧。


灰色の海。


その境界は曖昧で、世界の端が溶けているようだった。


エディが静かに言う。


「この海域には、時々います」


その声は低く、妙に落ち着いていた。


「『オルカ』がね」


誰も言葉を返さなかった。


窓の外では、霧がさらに濃くなっていた。


その霧の向こう。


遠くの海面に——


黒い影が一瞬だけ浮かび上がる。


背びれのような形。


鋭く、三角に切り裂く影。


だが次の瞬間。


それは波に溶けるように消えた。


誰も、それが何だったのかは分からない。


ただ一つだけ確かなことがある。


何かが、


そこにいた。


遠くで見ていた影は、

静かに海へ戻った。


作中で、エディが「船団間隔を10海里に広げる」と提案する場面があります。


これは霧や悪天候の海域では、実際にも行われる判断のひとつです。


船団航行では、通常はある程度まとまった距離で航行しますが、霧が濃くなると視界が極端に悪くなります。


さらに北太平洋のようにうねりが強い海では、レーダー画面にも波の反射が多くなり、小さな目標がノイズに埋もれることがあります。


そのため船同士の距離を広げておくことで、


・衝突のリスクを下げる・操船の余裕を確保する・万一のトラブルに対応しやすくする


といった安全確保につながります。


広い海では10海里は決して近い距離ではありませんが、霧の海では、仲間の船が突然見えなくなる距離でもあります。


今回の場面は、そんな「霧の海」の航行を少しだけ描いてみました。

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