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虚構世界のナイトメア  作者: 夏芽 悠灯
北の大門への遠征
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第33話 ~よく頑張った~

「ッ……!」


 愁翔は突き抜けるような風を全身に受けながら、焦燥を表情に浮かべていた。


 東の果てにある【異形の大穴】からは、飛竜を全速力で飛ばしても四時間以上はかかる距離がある。


 愁翔が東に向かったのが遠征開始と同時刻。それから王国軍が北の山脈に着くまで二時間弱。


 エクリプセが行う北の都への砲撃を阻止するため、すでに交戦が始まっているはずだ。


「シュウト、間に合わせるぞ……」

「そうは言ってもこれが限界なんだ……!」

「飛竜では、だろう?」


 そう言いながらヴァルアは飛竜の背の上で立ち上がった。その際彼の周囲に緑色の結界のようなものが生じ、襲い来る風圧を全て無効化していた。


「……」


 彼が何事もなかったかのように行った無詠唱での魔法行使に、愁翔は思わず息を飲んだ。


 魔法の基礎は詠唱によって事象を想像することで組み立てられる。しかしヴァルアはその工程を飛ばして事象のみを起こしているのだ。


 愁翔にもできないことはないが、それは『彼』の力も大きく関係しているはずだ。


「【開け、黎明の扉】」


 ヴァルアは飛竜の背に立った状態で前方に手をかざし、一文だけ詠唱を行った。


 詠唱を破棄できるということは短縮することも可能であり、この一文には四文か五文程度の魔力が凝縮されているのだ。


 魔力を感じ取った愁翔には、これから発動する魔法の強力さが肌で感じ取れていた。


「【天上ヒンメルトーア】」


 ヴァルアの魔法が完成するや、飛竜の進行方向に巨大な黄金の魔法陣が発生した。


 数百メートル先にもかかわらずこれほどまでの大きさに見えるということは相当に巨大なものなのだろう。


 そんなことを考えているうちに超高速の飛竜は魔法陣の直前にまで迫ってきていた。


 そのタイミングを見計らったかのように、魔法陣の中央に縦の切れ目が走り、愁翔たちを出迎えるように扉となって開いた。


「ヴァルアさん、これは!?」


 速度を緩めることなく突入したことによって、ヴァルアの返答は扉の内側が放つ白光にかき消された。



「……北の、山脈……!?」


 次の瞬間、愁翔が瞼を持ち上げると眼下に広がる景色が一変していた。そこは愁翔が零したように、北の山脈のすぐ側であった。


「光の上級魔法の一つ、空間転移の魔法だ。 北の山脈が移動圏内になるまでは飛竜で飛ぶしかなかったがな」

「あんた、凄すぎるよ……」

「ん? 何か言ったか?」


 愁翔の独り言に、ヴァルアが不思議そうに聞き返す。それに対し愁翔は苦笑いを浮かべながら小さく首を振り、眼下の山脈に目を落とす。


「ッ!! ヴァルアさん、まずいぞ!!」

「ッッ!!!」


 眼下に広がる惨状を目にして、愁翔もヴァルアも血相を変えた。それに呼応したかのように飛竜が超高速のまま、垂直に近い角度で急降下を開始した。



   ◆ ◆ ◆



「逃げろ、エリシアッッ!!!」


 宵闇蛇の姿を倒れたまま見上げるセルリアはエリシアに握られていた手を振り払って怒鳴った。しかしエリシアは呆然とエクリプセを見上げたまま地面にへたり込んでしまう。


「くッッ……!!」


 セルリアは動かぬ身体に鞭打って強引に立ち上がろうとする。しかし勝手に膝が屈してそれすらも叶わない。


 その隣では不破も必死で立ち上がろうとしているが、セルリアと同様にもがくことしか出来ない。


「あぁ……」


 エリシアは虚ろな瞳でエクリプセを見上げながら懺悔した。


 人間ごときがどれだけ束になろうと、最強最悪の魔獣を下すことなどかなわなかったのだ。


 一度は鱗を剥落させるほどの一撃を見舞った。


 尾すらも切り落とした。しかしそれだけだ。


 現状尾は切り落としているがエクリプセは脱皮によって完全に傷を修復しており、これまでの行いの無駄を自分たちに知らしめていた。


 臆病者と罵っていた兄の言うとおりだったのだ。


 砲撃は自分が止めているのだから、わざわざ危険を冒してまで討伐する必要はないのだと。セルリアもそれを理解しており、長年手をこまねいていたのだ。


 それを自分たち王族と同じ力を持つ者の出現を機に押し切ったのは自分だ。


 姉の想いを尊重して、共に叶えたいと願った結果がこれだ。


「ごめんなさい……姉様……」


 その言葉の直後、エクリプセがチャージしている黒の球体が不気味な光を放ち始めた。それがこの絶望を終わらせる合図だ、とエリシアは安堵した。


 しかしこの場にいない希望の光が脳裏を過ってしまう。


 あれだけ罵り、嫌い続けてきた彼の顔が最後に浮かんでしまうなんてと恥じるエリシアだったが、その口からは自然と言葉が零れていた。


「ごめんなさい……兄様……!」


 そしてエクリプセが一層大きく顎を開く。球体がゆらゆらと歪み、今にも崩壊しそうな状態へと遷移する。


 そして闇色の光が一閃、世界から音を消し去った。


 だがそこに二つの影が落ち、こちらに笑いかけた。


 刹那、周囲が神々しい白光に包み込まれた。



「よく頑張ったな、あとは任せてくれ」



 強烈な白光の中、光と共に柔らかな声がエリシアの身体を包み込んだ。彼女は来たるべき絶望の砲撃に全身を硬直させていたが、その声によって強張りは取り除かれた。


 数秒間続いた発光が収まり、真っ先にエリシアの眼前に映ったのは藍色の髪と、同系色の外套を靡かせる男の姿であった。



「ヴァルア、兄様……!!」



 エリシアはその姿を捉えた瞬間に泣き崩れてしまった。


「遅くなって悪かった……。もう大丈夫だからな」


 ヴァルアはエリシアを慈しむような優しい言葉をかける一方、片手でエクリプセの砲撃を受け止めていた。その兄の姿は、幼い頃に読んだ【世界再創世伝説】で異形に立ち向かう大賢者たちと重なって見えた。


「シュウト、いけるか?」

「あぁ、問題無い」


 隣に立つ愁翔の返答を聞き、ヴァルアは眼前のエクリプセを睨みつける。


「面と向かって会うのは初めてだな……」


 易々と砲撃を受け止め続けているヴァルアに対し、エクリプセがその瞳に畏怖を宿す。


「俺の大切な国民かぞくたちを、妹たちを、よくも痛ぶってくれたな……」


 いつもは温厚な空色の瞳に、怒りの炎が宿る。それに呼応するように彼の周囲を漂っていた魔力が爆発的に増加した。


「【リヒト・ランツェ】」


 刹那、ヴァルアの掌の前で受け止められていた漆黒の光線が消し飛び、エクリプセの頭部を巨大な光の槍が貫いたように見えた。


 それはあまりに一瞬で、視認できたのはセルリア愁翔と不破だけであった。


 そしてセルリアは絶句する。


 その発動速度にもそうだが、【リヒト・ランツェ】とは初歩も初歩、魔導部隊見習いでも行使できる一文魔法なのである。それをあの威力にまで引き上げるなど、どれだけの魔力を保有しているのだろうか。


『グ……オォォ』


 しかしあの威力、速度の魔法をすんでのところで回避したらしく、エクリプセは頬を抉られただけに留まっていた。


 それに怒り狂ったエクリプセは咆哮ハウルをもってこの場の面々を戦闘不能にさせようとした。


 いくらセルリアやエリシアが強力な力を持つとはいえ、これほどまでに衰弱した状態で咆哮を受ければ気をやられてしまうだろう。


「させるか」


 しかしそれを阻止したのは愁翔が放った二刀による斬撃であった。


 風と炎の属性が付加された斬撃がエクリプセの顎を下方から切り上げ、咆哮を阻止するとともに頭部を跳ね上げさせたのだ。


 その一撃を受けて近くにいることは危険と察知したのか、エクリプセは亜空間へと引っ込んでいった。


「エリシア。セルリアとユウを連れて後方へ下がってくれ。こいつは俺たちで片づける」


 そう言ったヴァルアと横に立つ愁翔の気配は、間違いなくこのミッドガルド最強の戦士であることを物語っていた。


 この二人が揃っているというだけで途轍もない安心感があり、この場は任せてしまってもいいと思えてくる。


「分かりました!」


 エリシアはこれまで反抗してきたヴァルアの指示に従い、風の魔法にセルリアと不破を乗せて後方へと向かって行った。


「不破、心咲たちはどこだ?」

「あの盾の向こう側だよ。一発目の光線のときにあそこに落とされて、そのまま……」

「そうか……。!!」


 その会話の矢先、大穴の開いた盾の向こう側から一匹の飛竜が飛び立つのが見て取れた。その飛竜は背に三人の人影を乗せてこちらに飛行してくる。


「無事だったみたいだな」

「うん、良かった!」


 しかしその上空にエクリプセの尾が出現して飛竜を打ち落とそうとしていた。


「ッッ!!」


 それを見た瞬間、愁翔は駆けだしていた。


 否、それは駆けるという域の速度ではない。


 地面を割り砕き、大剣による風の魔法でさらに加速して浮き上がった彼は、すでに飛竜のもとへとたどり着いていた。


「愁くん!?」

「愁翔さん!?」


 突如として真上に現れた愁翔の姿に驚きを隠せないでいる二人を他所に、愁翔は射出された尾へと斬撃を飛ばした。


 光属性の黄金の大斬撃が亜空間ごと尾を切り裂き、押し戻した。


 エクリプセの攻撃を防いだ愁翔は飛竜の背に着地して、足元の二人に笑いかける。


「悪い、待たせたな」


 その言葉に音無は泣きそうな表情になり、本郷は笑顔を返した。それを見届けた愁翔は二人の間に横たわる灰葉の姿を見て表情を険しくした。


「あの、灰葉くんは至近距離の砲撃からわたしたちを守るために一人で……」

「できる限りの治療は施したんです……。でもわたしたちの魔法じゃ限界があって……」


 灰葉の左半身は焼け爛れたように赤黒く染まっていた。


 先ほどヴァルアが抑え込んでいた砲撃を至近距離で受けたというのなら、肉体が残っているだけ凄まじいことだ。


 きっと灰葉は砲撃を受ける瞬間に気を全身に纏って防御しようとしたが、音無と本郷を突き飛ばした左腕から半身にかけてを覆うまでの時間がなかったのだろう。


「大丈夫だ。後方支援部隊の回復魔導士やアリアさんに見てもらえばすぐに治療できるはず」


 愁翔は灰葉の容態を見てそう答えた。


 このまま放っておいたら最悪の事態もあり得るだろうが、今この戦場には回復のエキスパートが揃っているのだ。


「心咲、前線あたりで俺を下してあの三人を拾ってくれ」

「うん、わかったよ」


 その指示に従って音無は飛竜をヴァルアたちの元へ下降させ、そこで愁翔を降ろして代わりにセルリア、エリシア、不破の三人を背に乗せた。


「愁くん……気を付けて……」

「ご武運を……」

「あぁ、お前たちの頑張りを無駄にはしない」


 飛び立つ飛竜の背の面々に笑いかけながら愁翔は彼らを見送った。


 そしてヴァルアと共に北の大門へと目を向けなおして臨戦態勢に入る。そこにはいつの間にか再び身体を顕現させたエクリプセが大門に巻き付いてこちらを威嚇していた。


「……」


 愁翔とヴァルアは視線を交錯させ、どちらからともなく詠唱を開始した。



「「【業火で敵を焼き払え】」」



 その一文目によって愁翔とヴァルアの両手の親指に赤々とした魔力光が灯った。そして彼らの足元にそれぞれ赤色の魔法陣が出現した。



「あの詠唱はまさか……!?」


 戦場から遠のいていくエリシアが、耳に届いた詠唱に驚愕していた。


「あぁ……。あの二人はすでにあれを発動できるに足る領域にまで達しているんだ」


 飛竜の背に寝かされていたセルリアが苦しそうに身体を起こして戦場を見やった。


「兄様たちはあの魔法を、繋ぐつもりなんですの!?」

「そうなんだろうな……」

「あの、これから発動させる魔法はそんなに凄いものなんですか?」


 戦慄しているエリシアの横から本郷が問いかける。


「今二人が発動させようとしているのはこの世界で初めて生まれた原初の魔法ですわ……。火、水、風、光、闇の元素五属性全ての適性を持ち、かつ膨大な魔力量を保有する者しか行使できない最強の魔法」

「そ、そんな魔法を【詠唱スペル連結リンク】するつもりなんですか!?」


 詠唱されている魔法の概要を知って、愁翔とヴァルアがやろうとしていることの凄まじさをようやく理解した。


「一体どれほどの魔法が放たれるのか見当がつかないな……」


 飛竜の背に乗って後方支援部隊の元に向かう面々は、エクリプセの攻撃を掻い潜りながら並行詠唱する二人の姿を見守っていた。

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