第34話 ~原初の五文魔法~
『ガアァァッッ!!!』
その魔力の熾りに反応して遠方のエクリプセが霧のような漆黒のブレスを放ってきた。
霧のような微細な粒子にもかかわらず浸食の速度は途轍もなく速く、数秒のうちに愁翔たちの元へとたどり着いてしまった。
しかし、そのブレスは愁翔が放った光属性の斬撃によって真っ二つにされて完全に消滅した。
「「【激流で過去を濯げ】」」
そして二文目が紡がれると、二人の人差し指に深海のような蒼の魔力光が灯った。彼らはそれと同時にエクリプセの方へ向かって駆け出した。
接近してくる愁翔たちに向けて、エクリプセが作り出した漆黒の球体が豪雨のように降り注ぐ。
愁翔はそれを左右の剣で切り払いながら、ヴァルアは素手で受け止め、光の爆発によって消滅させながら駆けていた。
そんなことを軽々と行っているが、彼らは今並行詠唱中なのだ。
しかも間違いなく歴史上最大規模の魔法を、ミッドガルド最強最悪の魔獣の攻撃を受け流しながらだ。
後方で見守る者たちは呆然とその様子を見守ることしか出来なかった。しかし彼らはこの後に続く詠唱の長さに驚愕させられる。
「「【旋風でその名を知らしめよ】」」
三文目が紡がれると、今度は中指に大森林のような新緑の魔力光が灯った
。一文ごとに跳ね上がる魔力に危機感を感じたのか、エクリプセは闇の魔力弾の乱射を止め、三度漆黒の光線のチャージを開始した。
その間に愁翔たちがエクリプセの元にたどり着くものの、彼らの上空に黒紫色の靄が発生する。それに咄嗟に反応した二人はバックステップで靄の真下から退避した。
直後、まるで天空の槌のような尾が、眼前の地面を叩き潰した。
轟音と爆風が周囲を巻き込むのの、愁翔が剣の属性を変換して旋風を巻き起こし、爆風の影響を相殺していた。
「「【陽光で未来を照らし出せ】」」
そしてその隙に四文目が紡がれ、薬指に暖かな陽光のような黄金色の魔力光が灯る。それと同時にエクリプセがチャージしていた漆黒の光線を解き放った。
灰葉、セルリア、不破、エリシア、アリア、エルア、魔導部隊の面々が束になってようやく打ち勝つことが出来た大規模攻撃の軌道上に、愁翔たちは恐れることなく立っている。
『ガアァァッッ!!』
そんな彼らにエクリプセは全力の光線を撃ち放つ。
漆黒の光線は一直線に愁翔たちの元へと突き進んでいき、寸前のところで消失した。
後方で見守る者たちはその現象に驚きを隠せずにいたが、次の瞬間には顔を蒼白に染めていた。
その理由は身構えている愁翔たちの背後に黒紫色の靄が出現して、そこから漆黒の光線が放たれていたためだ。
愁翔とヴァルアは咄嗟に振り返って光線を迎撃しようとする。しかしその瞬間には光線は寸前のところにまで迫っており、一瞬後には途轍もない爆発と化していた。
王国軍の兵士たちはざわめき立って不安の表情を浮かべていたが、セルリアを筆頭とする王族たちは小さく微笑んでいた。
それは重厚な爆煙の先に煌々と煌く十六もの魔力光が見て取れたからだ。
そしてその光は次の瞬間に四つ増え、愁翔とヴァルアで都合二十の魔力光が灯された。
「「【夜闇で全てを飲み下せ】」」
そして黄金色の魔力光の隣に、闇夜のような紫色の魔力光が灯った。
「「!!??」」
その瞬間、遥か後方にいるはずの王国軍の面々ですら、突然の魔力の膨張に肌を突き刺された。
ビリビリと大気を振動させるほどの魔力は留まるところを知らず、一足飛びに肥大化していく。
そして愁翔とヴァルアが身体の正面で掌を合わせた。
刹那、彼らの両手に集約していた膨大な量の魔力が一気に解き放たれ、五色の巨大魔法陣が展開された。
それは二人の位置の中点から発生して広がっていき、やがては後方支援部隊の足元にまで及んだ。今この魔法陣は北の山脈の全てを覆っているのではないだろうか。
そして愁翔とヴァルアが視線を交錯させ、魔法名を紡いだ。
「「【アンファング・ゲベート】」」
魔法の発動と共に、世界が白光に飲み込まれる。
そしてその光が収束したかと思うと、エクリプセの下方から途轍もない魔力が解き放たれた。
原初の魔法を【詠唱連結】で繋げたミッドガルド史上最強最大の超越魔法は、無色透明の極光の柱としてエクリプセを飲み込んで天空を貫いた。
ミッドガルドのどこにいても見上げることが出来るそれはこの戦場の、いやこの世界中の全ての人間から視界以外の感覚を奪い去っていた。
極光の柱は数十秒間立ち上り続け、まるでそこに見えない巨塔が突如として現れたかのようであった。
確かにそこにあるはずなのに捉えることが出来ない。
空間が揺らいでいるため辛うじて何か巨大なものがあると認識できる程度だ。それでも迸る膨大な魔力は空気中を伝播して全てのものにその存在を誇張していた。
そして天を貫く極光の柱が一瞬で消失する。
するとそこにいたはずのエクリプセが跡形もなく姿を消していた。
亜空間がぽっかりと空に口を開けていることから、時空の狭間に逃げ込んだというわけではないようだ。
その直後、空に口を開けていた亜空間がひとりでに収束して青空が戻ってきた。それはつまり――
「勝った……のか」
一番初めに喉を震わすことが出来たのは、後方支援部隊の真ん中で治療を受けていたセルリアであった。あまりに次元が違う魔法攻撃に、この場の誰もが戦いの終結を理解出来ていなかった。
「そう……ですわ、勝ったんですわ……!!」
「勝ったよぉ~~~!!」
三姉妹の言葉を皮切りに、周囲の王国軍の面々が歓声を上げ始め、やがて大気を震わすような大歓声と化して最前線の愁翔たちの元までたどり着いた。
「「…………」」
しかし愁翔とヴァルアは自分たちの掌を見つめて呆然と立ち続けていた。
それもそのはず、本人たちはトランス状態と言っていいほど詠唱に集中しており、先のことなど想像もしていなかったのだから。
原初の五文魔法の【詠唱連結】という前人未到の偉業がもたらした破壊は、途轍もないものであった。
「ッ……」
この四ヶ月で愁翔の長文魔法による意識への弊害はだいぶ軽減した。
しかし原初の五文魔法ほどの高位魔法の行使には耐えきれなかったようで、彼の意識は闇に引き込まれることとなる。




