第32話 ~終焉~
漆黒の光線は不破が【想造】した堅牢な大盾にいとも簡単に大穴を穿ち、その先にいる後方支援部隊へと容赦なく迫っていった。
そしてエリシアとアリアが創り上げた氷の結界に激突し、途轍もない衝撃をあたりにまき散らす。
魔を滅する白光が漆黒の光線を浄化しようと纏わりつくものの、それを意に介さない。
やがて白光は逆にかき消されてしまい、結界を直接破壊しにかかってきた。
「くッッ……」
「シア姉……もう……」
後方支援部隊の中央でエリシアとアリアが膝をついて、それでも漆黒の光線の威力を受け続けていた。
しかしその抵抗も虚しく結界に亀裂が生じる。それは秒を重ねるごとに広がっていき、
パリィィィィィィィン!!!!
やがて完全に結界を打ち砕いた。
硝子のように透き通った結界の破片が舞う神々しい景色の中を邪悪な光線が突き進む。
しかしその直線状に一人の青年が躍り出た。
「【絶対障壁】!!!」
不破が叫びながら出現させたのは全高五メートル程の白銀の大盾であった。それも重なり合うように、三枚を一瞬で【想造】したのだ。
まず途轍もない衝撃と共に漆黒の光線が一枚目を易々と撃ち抜く。そして二枚目は一瞬だけ光線の威力を受け止めたものの打ち砕かれてしまった。
「くッッ……」
そして三枚目に達したところで力が拮抗し始めた。不破は苦しそうな表情を浮かべながら前方の盾に手をかざし、光線の威力を受け止め続けている。
「絶対に……守るよ!」
不破の想いが盾にさらなる力を与えたのか、光線の勢いが段々と弱まっているように見える。
「かッ……!?」
このまま耐えきれば、そう思った矢先に不破が口から血を零した。
彼はこれまでに何枚もの盾を【想造】し、エクリプセの攻撃を受け止めてきたのだ。それがどれほどの重荷になっていたのか、自分でも理解していなかったのだ。
その一瞬の力の緩みが隙となったのか盾にひびが入り、三枚目も打ち砕かれてしまった。
「ユウッッ!」
駆け寄ってきたセルリアが、漆黒の光線の前に晒された不破の身体を突き飛ばした。
そして幾百の剣を瞬時に創り上げ、前方に花のように展開させる。
「させるかァァァァァ!!!!」
剣の花と漆黒の光線が激突する。
それによって光線の勢いは一気に減速し、再びの均衡状態へと入った。
「【光の導き手よ――我が剣に汝の聖なる加護を与えたまえ】」
あれほどの攻撃を受けながら魔法の詠唱を行うことは人間業ではない。しかしそうでもしないとこの攻撃を受けきることは出来ないのだ。
「【リヒト・エンチャント】!!」
属性付与を受けて剣の花が黄金の輝きを纏った。
その剣の花と漆黒の光線がぶつかり合う様子は、まるで太陽と夜がせめぎ合っているかのようであった。
光線の威力が徐々に弱まっていくものの、完全に受けきるには至らない。
「兄上はこの砲撃から日々、都を守り続けていたのか……!!」
セルリアは、光線のあまりの威力に瞠目しながら兄の偉大さを再確認した。
数日に一度放たれるエクリプセの砲撃をヴァルアはたった一人でしのぎ続けていたのだ。
この光線は不破の盾を突き破り、【詠唱連結】で創り上げられた結界をも破壊して勢いは大分収まっているはずだ。
しかし一瞬でも気を抜けば撃ち抜かれてしまうほどの威力を、未だに内包している。
「【デュレ・アドヴェント】!!」
属性を付与した鉄剣が、セルリアの叫びによって光の剣へと姿を変える。
黄金の光の花と化した幾百もの剣は、セルリアの想いに応えるように輝きを一層強めた。
「アァァァァァァ!!!」
バチバチと光と闇が迸り、お互いに一歩も譲らない。
そして数秒間の後、セルリアが漆黒の光線を押し始めた。
いける、誰もがそう確信した瞬間、天空に絶望が顕現した。
「ぁ……」
セルリアの雄姿を遠方から見守っていたエリシアの喉から言葉がこぼれた。
彼女の、いや後方支援部隊の全員の瞳に映っていたのはセルリアの真上に発生した黒紫色の靄であった。
「駄目よ……逃げて……」
そこから切断されて短くなったエクリプセの尾が顕現し、途轍もない勢いで射出される。
セルリアがそれに気づいたのは尾の断面が視界を埋め尽くすほどの距離まで近づいた瞬間であった。
「姉さまぁぁぁぁ!!!!」
エリシアの叫びは尾が地面を叩く爆音と、それによって生じた砂煙によってかき消された。
眼前で起こった絶望の光景にエリシアが膝を屈しようとすると、隣のアリアが彼女の腕を引き上げる。
「ダメ、ここで挫けたら終わりだよ」
アリアは砂煙の先を薄目で睨みながらエリシアを支える。
なぜあの光景を見て頽れずにいられるのか。
エリシアはそう問おうとアリアを見上げた時、何かがこちらに迫ってきているのを察知する。
絶望はまだ終わっていなかった。
セルリアが押し切ろうかというところまできていた光線は、尾の一撃によって彼女の守りを打ち砕き、後方支援部隊の方まで突き進んできているのだ。
「放てッッ!!」
その声は光線の直線上ではなく、そこから左に逸れた位置から聞こえてきた。
掛け声の直後、黄金の光の波が左方から漆黒の光線へと襲い掛かり、僅かにその軌道をずらして形を崩した。
それはエルアと、彼と共に戦闘不能者を回収していた魔術部隊が放った光魔法であった。
それによって後方支援部隊全体を貫かんとしていた光線は右に逸れたが、部隊の右端は光線の軌道上に入ったままだ。
「姉さま!!! これまで守ってきた皆さんのおかげで威力は格段に落ちています! 二人の力なら受けきれるはずです!!」
姿は見えないが煙の向こう側からエルアの叫び声が聞こえる。
「シア姉、やるよ」
アリアがエリシアの手を引いてしっかりと立ち上がらせ、瞳を覗き込んでくる。
今にも涙をこぼしそうなエリシアの空色の瞳を、アリアの決意が込められた空色の瞳が射貫く。
「セリア姉が守ろうとした王国軍のみんなを守れるのはもう私たちだけなんだよ」
その言葉にエリシアは瞠目し、そして瞳を閉じた。
「分かりましたわ……」
その声と共に彼女の瞼が持ち上げられた。そして涙を拭って、迫りくる光線を睨みつける。
一気に周囲の魔力が彼女の元へと集まり、そして冷気と化す。
「【漂う水よ、流れる水よ、我が命を聞き入れ激流と化せ】」
紡げ。
「【我の歌声を聞き届け、汝に神の祝福をもたらさん】」
謳え。
「【我はその激流さえも凍てつかせよう】」
紡げ。
「【汝の魔をもって邪を払い、汝の願を形にしよう】」
謳え。
「【冷刻の彼方へ消え去れ】」
繋げ。
「【届け、祈りの唄】」
繋げ。
二人の詠唱が輪唱となって混じり合い、足元に黄緑色の巨大な魔法陣が形成される。
そしてそれがあたりを吹き飛ばすような閃光を放ち、魔法が発動する。
「「【フリーレン・アレス・ヴェーレ】!!!」」
エリシアが銀の錫杖を振りかざすと、彼女たちの足元の魔法陣から膨大な量の氷が剣山のように発生して漆黒の光線に迫っていく。
そして真正面から光線と激突し、即座に均衡状態へと持ち込んだ。
彼女たちが発動させたのは防御魔法ではなく、超大規模の攻撃魔法であった。
結界を展開しても撃ち抜かれる可能性があるため、あえて正面から力と力のぶつかり合いを挑んだのだ。
「ハイバさん、ユウさん、セリア姉、エルア。 みんなが必死で守ろうとした王国軍は絶対に守り切るよ!!」
「たかが魔獣の砲撃に、わたくしたちは屈しない!!」
二人の想いが重なり合ったとき、氷の剣山が漆黒の光線を下方から貫いた。
その致命的な一撃は形を完全に崩壊させ、軌道上に残っていた光線の黒い残滓すら貫き凍てつかせた。
剣山はそれでも止まることなく突き進み、一瞬でエクリプセの元へとたどり着くと、爆発的な量の剣山となって襲い掛かった。
エクリプセは完全に油断していたのか、頭部や腹部を完全に貫かれ、その部位から全身が氷結し始めた。
『ガァァァァァァ!!!!!』
断末魔のような雄叫びを上げながら、エクリプセが蠕動してこちらに迫ってこようとした。
しかし氷結の勢いは凄まじく、不破が【想造】した長大な盾に空いた大穴あたりの位置で完全に動きを止めた。
「…………」
エクリプセの全身が完全に氷結すると、あたりに静寂が降りた。
残ったのは完全に氷像と化したエクリプセと、美しく陽光を弾き返す氷の剣山のみであった。
その光景にこの場の全員が呆然としていたが、ふと我に返った誰かが拳を突き上げて雄叫びを上げた。
それはどんどん伝播していき、やがて戦場を震わす大歓声へと変貌を遂げた。
「……はッ! 姉さま……!!」
その大歓声の中、あまりの魔力消費に倒れかけたエリシアはすんでのところで踏みとどまり、一人駆けだしていた。
無防備な状態で叩き潰された姉の安否を確認するために、後衛から前線までよろめきながらも急いで向かう。
「姉……さま……」
そして前線にたどり着いたエリシアは、その場に膝をついて空色の瞳から涙をこぼし始めた。
「良かっ……た……!」
まるで天上から槌を叩きつけられたかのような、蜘蛛の巣上のひび割れが走っている地面。
そこには全身傷だらけだが、身体の原形をとどめた状態で仰向けに倒れこんでいるセルリアの姿が見て取れた。
そのすぐ隣には同じくボロボロの不破が倒れこんでいた。彼女たちは二人とも胸部を上下させていたため、生きているということがすぐにわかった。
「エリ、シア……か?」
「はい! わたくしはエリシアでございます!!」
エリシアは小さな声で言葉を紡ぐセルリアの掌を握って涙ながらに答えた。
「無事で、良かった……」
「それはわたくしの台詞ですわ……!」
エリシアは満身創痍のセルリアにそんなことを言われたことに苦笑しながら言葉を返した。
「それよりも、どうやってあの窮地を脱したのですか?」
エリシアは治癒魔法を発動させながらそう問いかけた。
前方から漆黒の光線、上方から尾の射出。逃げ場など無かったはずだ。
「あぁ、それはフワがいたから何とかなったんだ」
セシリアは隣に倒れこんでいる不破に視線を送りながらそう言った。
上空に尾が出現した瞬間、セシリアは両手に剣を創造して打ち下ろされた尾を受け止めたらしい。
しかし全身全霊でやっと受け止めていた光線の方が剣の盾を突き破って迫ってきた。
その瞬間に不破が再び盾を【想造】してほんの少し、人ひとり分程度軌道を逸らしたのだ。
そしてセシリアも尾を受けきることが出来ないと判断し、地面へと受け流した。
その際の衝撃で大地が蜘蛛の巣上にひび割れ、セルリアと不破は吹き飛ばされてボロボロになったということらしい。
「……フワさん、あなたがいなければ姉は命を落としていました。本当にありがとうございます……」
「そんな……目の前で誰かが危険な目に合っていたら、守るのは当然でしょ?」
頭を下げるエリシアに、不破が柔らかな笑みで問いかける。その言葉にエリシアはさらに頭を下げた。
「エリシア、倒したんだな」
セシリアは倒れたまま首を動かして後方に集まる王国軍を見てから晴れ渡る空を見上げ、呟くように言った。
積年の願いが成就した瞬間をかみしめるように、彼女は再び瞼を閉じた。
「アリアの力と、皆さんの想いがあってこその勝利です」
エリシアはセルリアの手をぎゅっと握りながら、そこに額を付けてそう言った。
セルリアの願いはエリシアの願いでもある。それが成就したことでエリシアも今この瞬間を噛みしめていた。
しかしその切実な想いも、安堵も、歓声も。
その全てが、突如として現れた気配によって打ち砕かれた。
「どう……して……?」
エリシアの眼前、数メートル先の斜め上方に奴はいた。
エクリプセが顎を大きく開いて、魔力をどす黒い球体としてチャージしていたのだ。
端正な顔を絶望で埋め尽くすエリシアは、前方で氷像と化しているはずのエクリプセに目を向けた。そこには確かに氷結したエクリプセの氷像が残っている。
しかしそれはボロボロと音を立てて崩れ落ちた。
数メートルの高さから地面に落下している氷片の、落下速度が異様に長い。
「……!!!」
そしてエリシアは悟る。あの氷像はエクリプセ本体ではなく、脱皮した抜け殻なのだと。そして亜空間から頭部を覗かせている方が本体なのだと。
歓喜していた王国軍を嘲笑うかのように、エクリプセはこちらを見下していた。そして再びあの漆黒の光線を放とうとしている。
もう王国軍にはあの大規模攻撃を防ぐことが出来る者はいない。
不破もセルリアも戦闘不能、エルアもアリアも魔力切れの上、離れた位置にいる。
そんな中、刻一刻とエクリプセの砲撃がチャージされていく。
歓喜していた王国軍は一変、終わりの時を待つことしかできなくなっていた。




