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虚構世界のナイトメア  作者: 夏芽 悠灯
北の大門への遠征
32/45

第31話 ~希望と絶望~

「!!」


 たった一人で敵の標的になりながら超長文魔法を詠唱するセルリアは、後方で膨張した一塊の魔力を感じ取って笑みを浮かべた。


 まだ妹たちに越されるわけにはいかないと意地を張るように、彼女はただでさえ膨大な魔力を更に高めた。


「セルリアさん! 来ました!」


 もしもの場合を考えてセルリアの傍に立って警戒している不破は上空を振り仰いで、出現したエクリプセの尾を見て声を上げた。


「大丈夫だ」


 セルリアは詠唱中だというのに微笑みながらそう答えた。


 彼女の技能をもってすれば移動しながらの【詠唱スペル連結コネクト】も難なくこなしてしまうだろう。


 しかしそうすると尻尾の攻撃の被害範囲を広げるうえに上空の灰葉たちの照準を定めにくくしてしまう。だったら空の三人を信じて紡ぐだけだ。


「空に彼らがいるなら問題ない」



   ◆ ◆ ◆



「やるぞ!!」

「はい!!」


 想定通りに出現したエクリプセの尾を視認した上空の本郷と灰葉は、引き絞っていた弓と腕を一気に解放した。


 本郷は七色の光の矢を三本同時に放ち、灰葉は溜めに溜めた黄金色の気を槍のような形状で飛ばした。


 その二つの攻撃は出現した尾に途轍もない速度で迫り、その軌道上で一つに混じり合う。


 着弾。


 遅れて爆音が轟き、真下に打ち下ろされたはずの尾があらぬ方向へと吹き飛ばされた。


 あれほどの威力でちぎれ飛ばないのが不思議なほどの強度だが、当初の目的は果たした。


「セルリアッッ!!」



   ◆ ◆ ◆



「応ッッ!!」


 上空から響いてきた灰葉の声に、これまで瞳を閉じていたセルリアが瞼を持ち上げて答えた。


「【ルフト・イーリス】!!」



 魔法名の叫びと共に、彼女の足元に展開していた緑色の大魔法陣が強烈な光を放ってその魔力を開放する。


 発生したのは彼女を中心として発生する、八つの巨大な緑色の竜巻であった。


 それは黒い霧を巻き上げて広がっていき、やがて魔法陣の端までたどり着くと一気に収束した。そして中央のセシリアを飲み込んで一本の大竜巻へと姿を変えた。


 その直後、緑と黒が混じり合ったような色彩だった竜巻に銀色の光が加わった。


「私が霧を吹き飛ばすだけで満足するとでも思ったか!」


 その銀色の光はセルリアが生み出した幾百の剣で、竜巻と共に舞い始めたのだ。


 そして剣を内包する竜巻は、未だ出現したままの尻尾目掛けて一直線に上昇していった。


「その忌々しい尻尾、断たせてもらう!!」


 黒銀の鱗を纏う尾と剣の暴風が交錯し、槌が鉄を打つような甲高い音が高速で鳴り響いた。


 刹那、連続する音が急に途絶え、あたりに静寂が降りた。


 そして巨大な影が大地に降り注ぐさまを、後方の二人を除くこの場の全員が唖然として見上げていた。


 幸いなことに、落下地点からはすでに戦闘不能者は全員避難させられていた。



『グォォォォォォォォォォォォ!!!!!』



 そして遅れて盾の向こう側からエクリプセの苦痛の雄叫びが轟き戦場を揺らした。


 セルリア=ガルドは、ミッドガルド最大最強と謳われるエクリプセの尾を、無詠唱による【詠唱スペル連結コネクト】による凄まじい一撃によってたった一人で両断したのだ。



「「【フリーレン・ヴァイス・リヒト】!!」」



 そして一拍遅れて後方から裂帛の叫び声が重なる。


 声とともに解き放たれたのは膨大な量の青白い魔力光であった。


 それはエリシアとアリアが発動させた大魔法で、セルリアが行使した超級の一撃に勝るとも劣らないほど広域まで魔法陣が広がっていた。


 解き放たれた魔力光は盾のこちら側を優しく包み込み、一瞬にして透明な氷へと姿を変える。


 戦場を覆いつくした硝子細工のような結界を、負傷者や彼らを運ぶ王国軍の面々が思わず足を止めて見上げていた。


 そこには漆黒の霧と化すはずの黒々とした血が滝のように降り注いでいるものの、結界に触れるや青白い燐光となって消滅していた。


「エルア!! これでよろしくって!?」

「はい! 完璧です!!」


 中衛で結界を仰ぎ見ていたエルアは後方から聞こえてきた姉の問いかけに震えながら答えた。


 いくらアリアとの【詠唱スペル連結(コネクト)】で魔力が跳ね上がっていたとはいえ、自分が全力を尽くしたところでこの半分の範囲もカバーできなかったであろう。


「エリシアとアリアだな!? よくやった!」

「姉さま……」


 前線から長女の激励の言葉を受けて、エリシアはぎゅっとこぶしを握ってその言葉を噛みしめた。


 一方アリアはほにゃっと表情を綻ばせて笑みを咲かせた。


「私は斬った後のことを何も考えていなかった!!」

「そんなことだと思ってましたよ……」


 姉からの言葉に感動しているエリシアには聞こえていないようだが、結界によって安全地帯と化した戦線から戦闘不能者を回収していたエルアは苦笑いしていた。



   ◆ ◆ ◆



「すげぇな……なんか後方支援部隊の方でとんでもねぇ魔力が練られてたとは思ってたが、まさかこんなもんを創り上げるなんてな」


 結界の外、遥か上空で灰葉たち三人は下方の結界を見下ろして感嘆していた。彼らは結界の外側を旋回しつつエクリプセの出方をうかがっていた。


「これで尻尾の攻撃による大規模被害は抑えられますが……」

「攻撃もできない状況だね……」

「はッ! 別に狙ってたわけじゃねぇが、何のためにオレたちが外にいんだよ?」


 灰葉は不敵な笑みを浮かべつつ、長大な盾の向こう側でのたうち回るエクリプセに目を向けていた。


「え、冗談ですよね? 私たち三人だけで行くつもりですか……?」

「取り敢えず様子見だが、攻撃が再開したら突っ込む。優の盾も攻撃を受けたらそう長くはもたねぇだろうし、いくらこの結界でも怒り狂った奴の攻撃を受け続けられるとも思えねぇ」


 灰葉は氷の結界の神々しい発動を目の当たりにしても、その力を過信せずに次の手を講じている。


 これまでの旅の中で音無と本郷は灰葉の冷静さを目の当たりにして、愁翔と同程度かそれ以上の判断力を持ち合わせていると感じていた。


「まぁ下の奴らが立て直すまではオレたちが何とかするしかねぇよ」


 眼下の結界の中ではエルアが指示を飛ばし、アリアを筆頭とする後方支援部隊が戦闘不能者や負傷者の回復に専念していた。


「…………」


 先ほどの尾の無差別攻撃は戦場のいたるところに赤々とした点を塗り付けていた。それが大遠征に参加した勇敢な王国軍の兵士たちだったものだったのだ。


 平和を願い、自らの命を賭した者たちの最期がこうも無残なものになってしまうというのは悲惨過ぎる。


 それでも生き残った者たちは彼らの死から目を背けてはならない。彼らの命を糧に、必ずこの戦いに勝利しなければならないのだ。



   ◆ ◆ ◆



 セルリアが尾を切り落とし、エリシアとアリアが結界を張ってから数分が経過した。


 灰葉たちが空からエクリプセを監視しているが攻撃の動きはない。その間に王国軍は大分態勢を立て直すことが出来たようだ。


『シャァァァ……』


 エクリプセは蛇特有の威嚇を不破が作り出した長大な盾に、いやその先の王国軍に向けて放っていた。


 しかしそれは威嚇でありながら非常に静かであり、怒りのような感情は感じ取れなかった。


 様子がおかしい。


 そう感じたときにはすでにエクリプセは次の行動を起こしていた。顎を大きく開いて牙と牙の間にブラックホールのような球体を作り出している。


 最も近くにいた灰葉たちはもちろん、最後衛にいるエリシアたちでさえその魔力の膨大さに身震いした。


「やべぇぞ! 一気にとんでもねぇ魔力を練り上げやがった!!」

「わたしも気が付いたよ……!」


 その魔力の熾りに咄嗟に反応した音無は、エクリプセに向かって飛竜を駆った。


 灰葉も本郷もそう指示を出すつもりでいたため、何も言わずに一瞬で攻撃の準備を整えていた。


 これから放たれるであろう攻撃をみすみす撃たせてしまったら形勢が逆転してしまう。エクリプセが練り上げた魔力はそう確信するほど膨大なものであったのだ。


「なんでもいい、あの蛇の頭を正面からそらすぞ!!」

「はいッッ!!」


 返事と同時、急降下と共に番えた七色の矢を二本同時に放った。


 矢は物凄い速度で右側頭部に迫るものの、反応したエクリプセの鋭い瞳がそれを捉える。


 そしてそこに黒紫色の靄が出現して二本の矢を音もなく呑み込んだ。


「!?」


 エクリプセの亜空間は自身の尾だけを顕現させるものではなかったのか。


 今目の前で起こった現象に驚愕を隠せないでいた三人は、エクリプセの次の攻撃への反応が遅れてしまった。


「上だよッッ!!」


 音無の叫びの瞬間、天から二筋の光が降り注いできた。


 灰葉が黄金の気を槍状に纏った拳を、本郷がいつの間にか【想造】していた黒槍を突き上げたのは全くの同時であった。


 灰葉の拳と本郷の槍先がぶつかり合っているのは先ほど亜空間に吸い込まれたはずの七色の矢であった。


 エクリプセは本郷が放った矢を亜空間に吸い込み、彼らの真上に空間を繋いで矢を返してきたのだろう。その証拠に七色の光に覆われている二人の視界の奥には黒紫色の靄が見て取れた。


「くッ……やぁぁぁぁ!!!」


「オォォォォォォ!!!」


「【持ちこたえて】!!」


 灰葉と本郷の叫びと、音無の飛竜への懇願が重なり合った。


 上方からの超高圧の魔力に飛竜が耐えかねて墜落すれば、二人が態勢を崩してあの矢に撃ち抜かれてしまうだろう。


 三人のうちの誰かが押し負けた時点でこの均衡は崩れてしまう。


 数秒の均衡の後、二人は同時に矢の軌道を逸らした。しかしその際に生じた衝撃波が飛竜のバランスを崩して墜落させた。


 本郷が放った神話級の一撃が巻き起こした衝撃波による風圧は、音無の飛竜ですら抗うことのできないもので、そのまま地面へ叩きつけられてしまった。


「くッ……! 大丈夫ですか、二人とも!?」

「あぁ、なんとかな……」

「わたしも大丈夫だよ……」


 三人はあの高さからの墜落にもかかわらず全身に擦り傷を負っただけの軽傷で済んでいた。


 飛竜は巨体のため、接地時の衝撃がいくつかの骨を割り砕き、行動不能となってしまっていた。


「ごめんね、ありがとう……」


 音無は自身に頬を摺り寄せてくる黄金の飛竜に向かって、謝罪と感謝の気持ちを込めてそっと頭を撫でた。すると飛竜はきゅるると喉を鳴らし、数列となって空に消えていった。


『ガァッッッ!!!!』


 刹那、顔を上げた三人の眼前でエクリプセがチャージしていた魔力を解き放った。


 ブラックホールのような純黒の球体が破裂し、レーザー光線のように一直線に灰葉たち、さらにはその先にいる王国軍の全てに向けて放たれた。


 ドンッ、と本郷と音無の身体に小さな衝撃が走る。


「ぇ……?」

「ぁ……」


 その衝撃は灰葉が二人を漆黒の光線の直線上から突き飛ばした際に生じたものであった。


 しかし彼は未だに光線の軌道上に取り残されたままだ。もうすでに回避は間に合わないところまで迫ってきてしまっている。


「逃げ」


 灰葉のその言葉は、眼前を漆黒に塗りつぶした光線によってかき消されてしまった。


 戦場を貫かんとする光線の威力は凄まじいもので、直線上からぎりぎりのところにいた本郷と音無を更に遠方へと吹き飛ばした。

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