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虚構世界のナイトメア  作者: 夏芽 悠灯
北の大門への遠征
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第29話 ~流星と氷樹~

「やっと見つけた……」


 戦場から遠く離れたとある場所で黒井愁翔は、吹き付ける風によって藍色の髪を靡かせる一人の青年の背後に立っていた。


 この場所は東の山脈の外れに位置する世界の東端だ。


 このミッドガルドは東西南北のどの山脈にも果てがあり、飛竜ですら超えることのできない断崖絶壁となって人々を囲んでいる。


 しかし東の山脈の外れにはその先を見渡すことのできる場所が存在する。


 それがこの【異形の大穴】だ。


 ここは千年前に外の世界から異形の群衆が流れ込んできた場所らしい。ここからはミッドガルドの外側が展望でき、そこには澄み渡るような青が広がっている。


 それが空なのか海なのかはわからないが、このミッドガルドという世界の外側に何かが広がっているということを物語っている。


「シュウ、ト……」


 その人物はほんの少し振り向いて片目だけで愁翔のことを視認すると、再び前方に向き直ってしまった。その視線は果てしなく広がる青をただひたすらに眺めている。


「何故ここが分かった……?」

「ヴァルアさんは花が好きだったよな? ここはミッドガルドで一、二を争う花畑だ」

「たったそれだけで、か?」

「まぁほとんど感頼りの賭けだったんだが、俺にここの話をしてくれた時のあんたの穏やかな表情を思い出してな」


 過去、東西の四方獣を討った後に開かれた北の都での宴の際、愁翔とヴァルアはこれからの展望を語ったことがあった。その一部に出てきたのがこの場所の話であったのだ。


「そうか……」

「あぁ」


 一時の沈黙。


 言葉が途切れた代わりに山頂に吹く爽風が二人の頬を撫でて駆け抜けていった。それを合図にしたかのように再び愁翔が口を開く。


「戻ろう、あんたの力が必要だ」


 風が止んだ一瞬の静寂の中で、愁翔の言葉が直接ヴァルアの鼓膜を揺らした。


「何故、お前が俺なんかを連れ戻す役目を……。お前がいるから、と俺は逃げてしまったのに……!」


 愁翔の魔力保有量や【想造】の精度は王族に引けを取らないほどのものだ。


 だが単純戦力としてみればセルリアの方が一枚上手である。それでもヴァルアは愁翔に何か特別なものを見出していたのだ。


「お前ならセルリアたちを守れると思っていたのに……。何故お前が来てしまったんだ!!」


 ヴァルアはその身を翻して愁翔の正面に向き直った。


 その空色の瞳は焦燥や動揺に満ちていた。


「セルリアさんが言ったんだ」



王族わたしたちの誰かが連れ戻しに行ったところで兄は戻らないだろう。しかし君なら、兄と腹を割って話すことができた君にならもしくは……》



 愁翔は遠征直前にセルリアに言われたことを口にした。


「そんなの買い被りだと思うけどな」


 愁翔は口元をほんの少し緩ませて目を伏せた。


「俺は元の世界では臆病者で弱者だった……。病気でもう長くない命だと宣告されてから全てがどうでもよくなって放り出してた。けどこの世界にきて、この世界の住人にと触れ合っていくごとに、人と関わることの大切さを思い出した。それにヴァルアさん、あんたの家族を思う心に触れて、俺も元の世界の家族のもとに帰らなければと強く思ったんだ」


 愁翔はさらに言葉を継ぐ。


「大切なものを守ることを、他人に任せるな。自分の手で守って見せろよ。あんたには力があるだろ?」


 ヴァルアはその言葉を受けて苦々しい表情で首を横に振った。


「ダメなんだ……。姿の見えない敵からの攻撃を防ぐことは出来ても、正面に立ってしまったら何もできなくなってしまうんだ……」


 ヴァルアは震える声でそう言って、同じように震える自身の掌を見下ろした。


「何も一人で立ち向かえなんて言ってない。必要ならいくらでも力を貸すし、挫けそうになったら支える。あんたの後ろには皆がいるんだ」


 その言葉に、ヴァルアは両目を見開く。そして脳裏に愁翔たち異世界の面々や国の兵士や魔導士たち、そして妹たちの顔が浮かび上がる。


「そうか、簡単なことだったんだな……」


 ヴァルアはこれまで王族の長兄としての重圧から全てを一人で背負わなければいけないと考えていた。


 しかしそう思っていたのは彼だけで、もうすでに妹たちに助けられていたのだ。


 それを理解した途端に肩の力がふっと抜け、震えが止まった。


「シュウト、行こう……!!」

「あぁ!!」


 そして二人は愁翔が駆ってきた飛竜に飛び乗って全速力で北の山脈へと向かって行った。



   ◆ ◆ ◆



 エクリプセに対して浮遊する幾百の剣が舞い踊るように襲い掛かり、目にも止まらぬ速さで特攻と退避を繰り返す少年の姿が見て取れる。


 音無と本郷はその様子を遥か上空、飛竜の背から見下ろしていた。


「【霊弓アルテミス】」


 本郷はたった一言で手中に銀色の弓を【想造】した。


 その弓からは神々しい冷気のようなものが漂っており、それがただの弓ではないということを物語っていた。


 それもそのはずだ。彼女は英雄や神話に造詣が深く、ミッドガルドではそれを活かして神話級の武具を【想造】していたのだから。


 初めてこの世界に来てから多くの戦いを経て、彼女は一度形にした武具をすぐに呼び出せるようになっていた。


「心咲ちゃん、詠唱は完了した?」

「う、うん。いつでも撃てるよ。……ね?」


 音無は本郷の問いかけに笑顔で答え、跨る金色の飛竜の首をそっと撫でた。


 この飛竜は王国が使役していたものではなく、通常の飛竜とは一線を画す音無が自ら召喚した強力な竜である。


「では……!」


 本郷はその答えを聞いた直後、弓を握っていない右掌を広げた。


 するとそこに七色の光が集結して一本の光の矢を作り上げた。そしてそれを弓に番えて力強く引き絞る。


「放ちます!!」


 本郷は裂帛の声と共に、七色の輝きを振りまく矢を下方で暴れるエクリプセに向けて放った。


 それは彗星のごとく美しい尾を引きながら、しかしとてつもない速度で標的に迫っていった。



   ◆ ◆ ◆ 



 雲の上から降り注ぐそれを振り仰いだエルアが全体に指揮を飛ばす。


「近接部隊、総員退避! 魔導士部隊は自身が持てる最大の魔法を放て!」


 エルアの鋭い指揮は総員に伝わり、即座に行動へと移った。この攻撃が音無の詠唱完了を伝えるものだったのだ。


 直後、七色の尾を引く矢がエクリプセに着弾した、かのように思われた。


「「!?」」


 その光景を目にした王国軍は思わず息をのんだ。


 壊滅的な力を持った七色の矢はしかし、エクリプセの上空に突如として現れた巨大な尾の先によって受け止められていたのだ。


「あれが別の空間にある尻尾か……」

「あぁ、今のように変幻自在でどこにでも出せるんだ」


 退避したセルリアと灰葉が、亜空間からせり出た尻尾を見ながら憎々しげに言葉を交わした。


「構いませんわ。わたくしとオトナシさんの魔法を全力でぶつけるまでです」


 二人が退避した先には詠唱を完了させたエリシアが凛とした表情でたたずんでおり、魔法を放とうとしていた。


 その横顔を彩るように、周囲の魔導士部隊が次々と色とりどりの魔法をエクリプセに向けて撃ち放った。


 全方位からの魔法の雨がエクリプセに降り注ぐ。


 エクリプセは本郷が放った七色の矢と未だに格闘している。このままいけば全弾命中するはずだが、そう簡単に事は運ばない。


『グラァァァァ!!』


 エクリプセは全方位から迫りくる魔法に向けて、同じく全方位へのブレスで対応して見せた。


 多種多様な魔法と黒一色の影のブレスがぶつかり合い、拮抗する。


 数百の魔法をぶつけているというのに、たった一息でこうも易々と抑えられてしまうほどエクリプセの魔力は底が知れない。


 やがて数の優位に立つ人間側の魔法がブレスを突き破って宵闇蛇に着弾し始めた。


 しかし魔導士部隊が放てる魔法は最大で三文程度であるため、大したダメージにはなっていない。


「よくやりましたわ」


 氷のように透き通るエリシアの声が魔導士部隊を称え、自身は手に持つ錫杖で地面を軽く叩いた。すると瞬時に巨大な水色の魔法陣が展開される。 


「さぁエクリプセ、わたくしの魔法で眠りなさい……!」


 その声によって魔法陣の輝きが一層強まり、大魔法が放たれる予兆をこの場の全員に感じさせた。


「わたくしの前では万物が凍てつき、眠る……」



 エリシアの魔法陣展開と同時に、上空の音無も飛竜に嘆願するところであった。


「いくよ……」



「【フリーレン・シュトゥルム】」

「【焼き尽くして!】」



 二人の魔法は完璧と言っていいほど同時に放たれた。


 エリシアの魔法は錫杖を突き出した瞬間に自身より先の全てを銀世界へと変貌させていく。


 そしてその凍てついた地面から世界樹を思わせるほど巨大な氷の樹が発生し、エクリプセに襲い掛かった。 


 一方、音無の魔法は飛竜に嘆願した瞬間に発動した。


 飛竜という召喚獣を媒介として上空に無数の巨大隕石を発生させ、一気に降り注がせたのだ。


 地の底より立ち上ってくる氷の大樹。


 天空より降り注ぐ無数の星々。


 本郷の矢を尻尾で抑え、数百の魔法を未だに防ぎ続けている状態でこの大魔法を完璧に打ち消すことなど不可能だ。


 この場の全員が、二つの魔法が起こす大破壊に対して身構えた。



 ドゴォォォォォォォォォン!!



 二つの魔法がエクリプセを捉えたのは全くの同時。


 氷雪系最強のエリシアの五文魔法と、五文魔法に相当する召喚魔法の板挟みにあったエクリプセはただでは済まないであろう。



「「…………」」



 膨大な量の爆煙が漂う中、王国軍や王族、灰葉たちも一人残らず沈黙して成り行きを見守っていた。


 永劫のような沈黙の時間は、不自然な煙の動きによって終わりが告げられた。


 それはつまり、今の一撃でさえエクリプセを討てなかったことを示す。



『ガアァァァァァァァァ!!!!』



 ミッドガルド最大最強の魔獣の咆哮ハウル。それは音であるにもかかわらず物理的に爆煙を吹き飛ばし、最前線にいた面々を後方へ吹き飛ばした。


 効果はそれだけではない。王国軍の何人もがエクリプセの気に当てられてバタバタと倒れていったり、身体を震わせて蹲り始めた。


 絶大な被害をもたらす咆哮を放ったエクリプセはしかし、あの極大の魔法を受けたことによって多大なダメージを受けているようであった。


 光を通さない漆黒の鱗は大部分が剥落して桃色の肉が見えている。それに部位によって焼け焦げているところや、凍結しているところが見受けられた。


「くッ……。 大ダメージは与えられたがこっちも大損害だな……」

「この状況は非常に不味い……。戦闘不能になった魔導士や兵士を回収して安全地帯に運ばなければならないが、いかんせん数が多すぎる。それにエクリプセがそれを待ってくれるとも思えない……」


 後方へ吹き飛ばされた灰葉とセシリアが、最前線に駆け戻りながら王国軍の惨状を見て言葉を交わす。


 中衛のあたりでエルアが必死に指示を飛ばし、後衛ではアリアが吹き飛んできたエリシアに治癒魔法を施している姿が見て取れる。


「エルア!!」

「はい!」

「私とハイバが奴を抑える。その間に態勢を立て直して作戦を練っておいてくれ」

「分かりました!!」


 中衛を駆け抜ける間にセルリアはエルアに全体の立て直しを頼んだ。エルアはそれを了承し、戦闘不能者を回収させながら頭では次の対策を練り始めていた。


「優、お前は前衛の位置で流れ弾から後ろの奴らを守ってくれ」

「うん、任せて!」


 最前線に出る寸前、灰葉は不破の肩を叩いてそう言い残していった。


「いくぞ、エイ」

「あぁ、絶対ぇ後ろの奴らには手を出させねぇ」


 覇気を纏ったセルリアと灰葉は左右に散開してエクリプセの注意を引き始めた。

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