第28話 ~総力戦~
【北の大門】への遠征。それは愁翔たち一行が氷雪竜ラヴィーネを討伐した約四ヶ月後に執り行われた。
これまでに愁翔たち一行は東奔西走して王族たちと共に東西の四方獣を討ち倒した。
東の四方獣・灰獅子ラヴァレーヴェは東の王であるエルア=ガルドと、西の四方獣・星光馬シュテルンは西の王であるアリア=ガルドとともに。
彼らはその戦いの中で成長していき、ミッドガルド最強の庸兵団として名を馳せていた。
そして彼らは残る最後の四方獣・宵闇蛇エクリプセ討伐戦に臨めるところまでこぎつけていた。当初の目的であった北の大門へあと一歩のところまで迫ってきているのだ。
今回の大遠征は央都の女王を始め、その兄弟姉妹である東西南北の都の王族全てを集結させた掛け値なしの、ミッドガルド最強の大規模レイドであった。
◆◆◆
雪もなく、草の一本すら生えていない北の山脈の頂上。
北の大門が目と鼻の先にそびえる場所で灰葉たち四人、王族四人と彼らが率いる兵士と魔導士の精鋭たちが北の四方獣・宵闇蛇エクリプセと苛烈な戦闘を繰り広げていた。
「総員退避! 間に合わない者は防御魔法を展開しろ!!」
銀鈴のような女性の声が高らかに部隊に指示を飛ばす。
その声の主は央都を収める王族の正統後継者、【英断の女王】セルリア・ガルドであった。
彼女は深緑の長髪を靡かせながら、戦場の最前線で剣を振るっている。
眼前を埋め尽くすエクリプセの長大な身体は北の大門を守るように巻き付き、尾の先端は宵闇の亜空間に隠されている。その全長は世界を取り巻くほどと伝承されており、全容は計り知れない。
『ヴオォォォォ!!!』
そんなエクリプセは、セルリアの指示を受けて全力で退避する兵士や魔導士の背に向けて顕現している身体ををうねらせて超弩級の息を放つ。
影が霧状に変化したようなそれは見た目に反して猛烈な速度で、退避する者たちを追いかけていく。
このブレスに触れれば最後、身体が分解されて塵となってしまう、当たるどころか掠っただけで終わりの致死のブレスなのだ。
「【絶対障壁】!!」
しかし突如として出現した白銀の大盾によってブレスと兵士たちは完全に分かたれ、死傷者が出ることはなかった。それを出現させたのは長身で茶髪の温和そうな青年、不破 優であった。
「よくやった、優!!」
そんな彼の背後から一つの影が物凄い勢いで大盾の方向へ駆けていき、大跳躍を見せた。
その跳躍によってその人影は、高さ五メートルはあろう盾の淵の位置まで跳び上がった。そして淵を蹴りさらなる跳躍を行う。その様子はさながら空を自由に翔る鳥の様であった。
「架蓮! オレの手元に槍出せ!!」
上空十メートル近くまで上昇した人影、灰葉 鋭は振り返りもせずに後方に声を飛ばす。
「わっかりました!!」
その声に元気よく答えたのは茶髪の長い髪を後頭部で結わえた少女、本郷 架蓮であった。彼女は大盾の先、その上空に右手をかざして単語を叫んだ。
「【槍】!」
その直後、上空の灰葉の手元に寸分違わず頑健な長槍が出現した。
灰葉の指示からほんの一、二秒で【想造】を行える彼女の技能はこのミッドガルドでも群を抜いている。
「ドンピシャだッッ!!」
灰葉は手中に【想造】された長槍をしっかりと握り、即座に降り抜いた。
ミッドガルド最強の拳闘士と称えられる灰葉の投擲は大気を震わせ、まるで隕石が降り注いでいるかのような光景を生み出す。
その圧倒的な威力の矛先を向けられたエクリプセはしかし、臆することなく黒い霧状のブレスを上空に放った。
長槍とブレスはぶつかりあって数秒間均衡を保っていたが、やがて長槍が粒子と化して消滅した。
しかし長槍に乗せられた灰葉の気は鋭さを保ったままエクリプセへと降り注いだ。
エクリプセはブレスの壁を突き抜けてきた気の矛に咄嗟に反応し、矛の軌道上からその巨体を大きく逸らした。しかしそれでも気の矛は宵闇蛇の首をかすめて鱗を散らした。
「ちッ……。優!」
「うん!」
気の矛を躱された灰葉の身体は自然落下を始め、エクリプセの元へ一直線に向かって行った。
それを遮るように、灰葉の足元に白を基調とした一枚の盾が【想造】された。
それを足場に灰葉は後方に宙返りして白銀の大盾の内側へと舞い戻ってきた。
彼が足場にした直後、盾もろともその空間が漆黒のブレスによって塗りつぶされた。
「ど、どうだった……?」
大盾の安全圏内にいる不破たちの元へ着地した灰葉に、音無が駆け寄ってきてそう問いかけた。
大盾の下方での出来事だったので彼女たちには事の顛末が分からなかったのだろう。
「いや、首を掠めただけだ」
「やはり四文以上の魔法か、それに匹敵する攻撃を命中させなければ大したダメージにはならないようだな」
灰葉の背後、歩み寄ってきたセルリアが顎に手を当てて呟いた。
これまでの戦いを見て、三文以下の魔法ではかすり傷程度にしかならないことから彼女はそう憶測した。
「四文以上つってもよ、アイツ詠唱始めたらすぐさま標的を絞るだろ。それも強ぇ魔法を唱えてるやつ見極めて」
「そうだな。だから身動きが取れないほどの連撃を与え続けてその隙に叩くしかないだろう」
鋭い視線を大盾に、いやその先のエクリプセに向けながらセルリアは自身の周囲に無数の剣を生成し始めた。
彼女を正統後継者たらしめているのがこの【並行想造】の技術であろう。
常人であれば一度に【想造】できる物質の数は二・三個が限度であるのだが、彼女は同時に数十の物質を作り上げてしまうのだ。
そのうえ行動しながらの【想造】に加え武器での戦闘、さらには同時に四文以上の魔法を詠唱することすらできるのだ。
「ここに兄やシュウトがいればまた作戦は変わってきたのだがな……」
「いないもんは仕方ねぇ。それにあんたの兄貴は必ずあいつが連れ戻してくる」
今回の大遠征はミッドガルドの全土からかき集められた精鋭中の精鋭で編成されているのだが、この場に黒井愁翔とヴァルア=ガルドはいない。
この状況は【戦嫌いの優王】と称されるヴァルアが遠征当日に行方をくらまし、愁翔が彼を探しに行ったため起こったのだ。
「私でも動かせなかった兄の心を動かすか……。けれど彼ならば、と思ってしまっているんだ」
「愁くんなら必ずヴァルアさんを連れて帰ってきてくれます……」
「だから俺たちはあの二人が来てなんもすることがねぇように奴をぶっ倒しといてやろうぜ」
灰葉の不敵な笑みにセルリアは苦笑を返す。そして視線を東の方角へ向けて心の中で祈りを捧げた。
「で、具体的にはどんな作戦でいくんだ?」
その思考は灰葉の問いかけによって断たれ、セルリアは兄にすがろうとしていた自身の心に鞭を打つ。
「そ、それはだな……」
セルリアは灰葉から目をそらしながら虚空を仰いだ。
正統後継者として王位を継いでいる彼女ではあるが、政治や軍略には疎い、勇敢と腕っぷしが売りの戦う王なのだ。
「セリア姉さま、ここからは僕が指揮を執ります」
その声の主はツンツンとした水色の短髪の少年で、歳に見合わない立派な鎧と青色のマントにその身を包んでいた。
セルリアの欠点を補うのがこの少年、王族の末っ子であるエルア=ガルドである。
十四歳の彼は最年少ながら五兄弟の中で最も類まれな才能を持っていると謳われている。
弱冠十歳にして四文魔法の領域に足を踏み入れたほどの魔法センスと、五つまでなら同時【想造】もできるという天才である。
政治の面でいえばセルリアよりも長けており、五都の中で西の都は南の都に次いで上手く回されているらしい。
「エ、エルア……。頼む」
セルリアはがっくりと肩を落として指揮権をエルアへと譲った。引き継いだエルアは背後を振り返って指示を飛ばし始めた。
「まず四文以上の魔法が使えるシア姉さまとオトナシさんを主戦力として、エクリプセに致命傷を与える役目を請け負ってもらいます」
「分かりました分かりました、わたくしが行使できる最高位の五文魔法を放ちますわ」
シア姉さまと呼ばれたのは第三子であり、南の都の王であるエリシア=ガルドである。
彼女は背の中ほどまで伸ばしている海色の髪を払って凛然と答えた。
容姿端麗、頭脳明晰な彼女は【銀鈴の女王】として南の都と治めており、五都の中で最も上手く回されているという。
彼女は特に魔法に長けており、氷雪系最強の魔導士としての側面も併せ持っている。
「そして魔法に反応したエクリプセを食い止めるため、最大戦力であるセリア姉さまとハイバさんに近接戦闘で攪乱を行ってもらいます」
そのような指示を出された二人は口角をほんの少し釣り上げて応じた。
「あ、あの~」
そんな中、音無が恐る恐るといった様子で手を挙げた。
「なんでわたしが主戦力なのかな……?」
エリシアと共に主戦力として選ばれた音無は頭上に疑問符を浮かべていた。
「あぁ、それはオトナシさんの召喚が魔法として感知されないからです」
これまでの戦闘を静観しつつ分析していたエルアは、セルリアやエリシアの強力な魔法と異なり、音無の召喚による攻撃は魔法攻撃として知覚されていなかったことを発見したためだ。
「シア姉さまの魔法を正面から、オトナシさんの召喚による攻撃を遊撃として行うことで確実にダメージを与えられると考えたためです。 状況を見極めて攻撃を放ってください」
「流石エルアだねぇ~」
戦場にあって場違いな声は、最大戦力が集まる前線の少し後ろから聞こえてきた。
その声の主は黄緑色のふわふわとした髪と豊かな胸を揺らしながら最前線まで駆けてきた。
「アリア! ここまで上がってきてはダメだと言っただろう!?」
その少女は第四子として生まれ、西の都を治める【天界の歌姫】アリア=ガルドである。
彼女は最前線から一歩引いた位置で、後方支援部隊の隊長として隊全体を支援している。
彼女の能力は先頭に立って戦うようなものではなく、仲間の支援、敵の阻害などに特化している。
「大丈夫だよぉ~今はユウさんが守ってくれてるし~」
「たはは……早く作戦を立ててくれると、助かるかな……」
前線の更に先、最前線で不破は白銀の大盾によってエクリプセの攻撃と進行を防ぎ続けている。
不破の堅牢な守りはミッドガルド最強最大の守備力を誇っているものの、最強の魔獣を相手にそう長くはもたないだろう。。
「申し訳ありません! 手早く済ませますので」
悠々と作戦会議を進行してしまっていた自分を恥じ、エルアは前線に集まる面々に改めて作戦を説明した。
「まずセリア姉さまとハイバさんに最も危険な攪乱の役割を担ってもらいます。その間にシア姉さまとオトナシさんは大魔法を詠唱してください。シア姉さまの魔法発動のタイミングはぼくが出すので詠唱が完了したらチャージしておいてください」
それぞれに与えられた指示に各々が頷きながらも、神妙な表情を浮かべていた。
「しかしそう簡単にいくとは思えないので守りの方も抜かりなく行います。正面で詠唱を行うシア姉さまの元にはフワさんと七割の部隊を、遊撃として移動するオトナシさんの元にはホンゴウさんと残り三割の部隊をつかせます」
エルアのその指示を聞いた魔導士・兵士部隊はすぐさま七対三の割合に分かれた。
「わたしは竜に乗って空からタイミングを計るから、架蓮ちゃんだけで大丈夫だよ」
「分かりました。では守備の方は全員シア姉様の方へ」
王国軍はエルアの言葉に準じてエリシアの元へ集った。
「アリア姉さまは全体の能力の底上げと回復、エクリプセの阻害をお願いします」
「はぁ~い、怪我しちゃった人はわたしのところに来てね~」
場違いなほどに緩い発言と天使のような柔らかな笑みに場が和む(特にセルリア)が、不破の一声によってそれは一変する。
「それと、あいつの様子はどうだ……?」
「……わたしの間近で歌を聴いてるから良くはなってきているけど、戦える感じではないかな」
「そうか……」
アリアへ耳打ちをした灰葉は後方に視線を配って声を落とした。その視線の先には馬車の荷台に腰かけ、項垂れるクロウ=ロードライトの姿があった。
彼はこの北の山脈に近づいていくにつれてその容態を悪化させていった。
山脈の麓が見えるあたりから頭痛を訴え始め、今は意識が朦朧として受け答えすら上手く出来なくなっている。この戦闘のうちに回復する事は叶わないだろう。
「もうすぐ盾が崩れます!!」
盾の崩壊が作戦開始の合図。それはエルアが指示を出さずとも自然とこの場の全員が理解していた。
「ラ――♪」
崩壊の直前、アリアの歌声が味方陣営に響き渡った。
小鳥のさえずりのようなそれは味方の合間を駆け抜けるや否や、虹色のきらめきを付与していった。そのきらめきは個人の潜在能力を引き上げて全能力を底上げする最上の支援魔法だ。
その直後、不破が出現させた白銀の大盾が音を立てて崩れ落ちる。そしてその先から絶望を纏う漆黒の大蛇が姿を現した。




