第27話 ~ミッドガルド~
馬車から降りた愁翔たちは、薄闇の中でぼんやりと淡い燐光を放つ身の丈ほどの石扉の前に集まっていた。
「あぁ、これは【箱庭への扉】だね。過去に偉業を成し遂げた英雄たちが箱庭へと旅立っていったとされる遺物だよ」
「なんでそんな大層なもんがこんな平原のど真ん中にあんだよ?」
幌から出てきた灰葉は純粋に感じたことをクロウに問いかけた。
確かに偉業を成し遂げた英雄だというのに、何故こんな辺鄙な場所に祀られているのかを疑問ではある。
「それはその英雄が偉業を成し遂げた場所に扉が置かれるらしいからだよ。ボクにもこの場所の英雄がどんな偉業を成し遂げた人物なのかは分からないんだけどね」
なるほど、そういう理由でこの場所にあるというのなら納得だ。
「けどなんでぼんやりと光ってるのかな……?」
「それはこの世界の人間には分からないことだよ。過去の英雄がこちらの世界に語りかけてきてるっていう説もあるし、世界の何処かで誰かが偉業を成し遂げた時に輝くともされてる」
クロウの説明に小さく首を傾げた後、本郷は口を開く。
「そうすると、原理は分からないってことですね」
「そうなるね~」
二人が言葉を交わしている中、灰葉が扉の周りをぐるぐると回って訝しげな表情を浮かべた。
「この扉って開くのか?」
灰葉が扉の淵に手を置きながらそう質問した。すると扉の輝きが段々と強まっていき、やがて鮮烈な光を放って辺りを一瞬、真昼のように照らした。
「あ!?」
「何!?」
「ッッ……!?」
閃光に目を瞑った一行がゆっくりと瞼を持ち上げると、そこには観音開きとなった扉が佇んでいた。
「……開いたみてぇだな」
「あ、あぁ……」
愁翔は戸惑いながらも扉の正面に立って中を覗き込んでみた。そこには特筆するものは何もなく、ただただ黒が広がっていた。
暗くて見えないという訳ではなく、扉の内側は黒一色で塗りつぶされたようになっているのだ。
『……う!?』
「!?」
突如、開かれた扉から人の声のようなものが、聞こえてきた。
「なん……だ?」
『愁!? 聞こえる!?』
音声がはっきりと聞こえた直後、黒一色だった扉の内側に二人の女性が映し出された。
「哀……奈……?」
映し出された二人は愁翔がよく知る女性であった。実の姉の哀奈とカウンセラーの神咲だ。
『愁翔君!! 無事か!?』
神咲は哀奈の横手から身を乗り出して声を荒らげて問いかけてきた。
「ちょっと待て……。どうなってる……?」
「おい、黒井。知り合いなのか……?」
愁翔は今起こっていることに混乱しており、思考がまとまらない状態になっていた。
「あ、あぁ……。俺の姉と、その友人だ……」
「姉……? どうなってんだよ……」
『愁……。そっちの世界にいるのは愁だけじゃないんだね……?』
扉の内側に映し出された哀奈は神妙な顔で呟くように言った。
「あぁ……。この前二人も会った本郷と、他にあの場所にいた三人がいる。それにこっちの世界の住人の一人も一緒だ……」
『あぁ、そうだったんだ……』
哀奈は小さく表情を歪ませながらつぶやいた。
『愁、それにそこにいる皆。君たちがそっちの世界にいるのには一つ理由があるんだけど、心当たりない……?』
「心当たり……?」
哀奈のその問いかけに、一行が顔を見合わせながら考えてみるものの答えは見つからない。
「あの場所にいた、ということではないんですよね……?」
本郷が自信無さそうに恐る恐る口を開く。確かにクロウ以外のこの場の全員の共通点と言えばそれだが、この世界とそのことに何か因果関係があるのだろうか。
「そうだね。それも何か関係がありそうだけど今は分からない。もっと重大な共通点だよ」
「……」
共通点。あの場所にいた学生たち。
「!!」
あの時に彼らに感じた違和感を思い出した。
自分が学校に行かなくなってからかなりの時間が経っていたから気にならなかったが、あの日は何でもない平日だったのだ。何らかの事情が無い限りあの場所にいることはおかしい。
「病気、いや人工心臓……か?」
「「!?」」
愁翔の発言に四人が一斉に驚愕の感情をあらわにした。
『そう、そのはずなんだよ。現実の君たちは人工心臓を移植されているんじゃないのかな?』
「そう……なのか……?」
愁翔は他の四人に目を向けつつ問いかけた。
「そう……だよ」
「はい……」
「僕も……」
音無、本郷、不破の順に愁翔の問いかけを肯定した。そして愁翔は最後の灰葉に目を向ける。
「あぁ、俺もだ」
灰葉は何も気にしてないかのように軽く答えた。
「そう、だったのか……」
愁翔はあまりの衝撃に俯き考え込んでしまった。しかしこの空気の中で平然としている灰葉が場を繋いだ。
「で、哀奈さんよ。その人工心臓がこの世界と一体何の関係があるってんだよ?」
『そうだね……。信じられないかもしれないけど受け止めてね』
哀奈の前置きを受け、こちら側の全員が息を飲んだ。
『君たちがいるその世界はもちろん現実世界じゃない。かと言ってゲームやアニメに出てくるような異世界ってわけでもない』
「異世界なんて突拍子もないもんを信じてたわけじゃねぇが、だったらここはなんだってんだよ?」
『君たちがいる世界は、いや閉じ込められている世界はデータの集合体である電脳世界だよ』
哀奈の発言にそれぞれが異なる反応を示した。
不破と灰葉は驚愕し、音無と本郷は首を傾げ、愁翔は納得したように目を瞑った。
「電脳世界って……」
「こんなリアルなもんなのかよ……」
不破と灰葉が自身の身体や辺りを見渡して呟いた。確かにこれほど感覚が明瞭な世界が電脳世界だとは信じ難い。
「電脳世界って……つまりどんなものなんですか?」
呆けたような表情をしていた女子二人が扉の内側に映し出されている哀奈に向かって問いかけた。
『二人ともオンラインゲームは分かるかな?』
本郷と音無は小さく首肯するもののピンと来ている訳では無いようだ。
「色々な人がパソコンやスマホを使って、ネット上で遊ぶものですよね……?」
『そうだね。簡単に言えば電脳世界もそれと同じ、コンピュータやネットワーク上に構築された世界なんだ』
「で、でも……なんで身体まで入っているんですか……?」
哀奈の説明に疑問を抱いた音無はおずおずと質問を重ねる。
『本当の身体は現実で眠っているはずだよ。愁がその状態なんだから他の四人もそのはず。今の君たちの身体は全てデータで構築されているの』
「これが、データ……?」
本郷は自身の身体を見下ろして驚嘆の声をあげる。
身長も体重も現実世界の身体と何ら変わりなく、感覚も痛みも明瞭である身体が全てデータで構築されているなんて実感が湧かない。
『ゲームの中に人が入る。それは誰もが夢見たことだと思うんだ。 現実世界では本気でその研究をしている人もいるぐらい。私も大学で電脳世界について学んでるんだけど、こんな精巧な世界を構築できる人間がいるなんて……』
哀奈は愁翔たちの背後に広がる草原に目を向けて呟いた。
「まぁここが電脳世界っつーことは分かった。けど人工心臓がどう関係して来るんだ?」
灰葉は電脳世界と人工心臓の関連性を見い出せないでいたため、哀奈に問いかける。
『人工心臓が携帯電話みたいな電子機器に弱いことはもちろん知ってるよね?』
「はい、ですが実際のところ影響が出ることは稀だったはずですよね?」
『そうなんだよね。それでも過去に人工心臓を誤作動させた例があるから、万が一を考えて電車とかではよくアナウンスされてるんだよ』
『哀奈、話が横に逸れてるぞ。私も知りたいんだ』
人工心臓の豆知識を披露している哀奈に神咲が口を挟む。
『あぁ、ごめんごめん。これを説明する上で確認しておきたいんだけど、みんながそっちの世界で目を覚ます前の最後の記憶はどうなってるの?』
その問いかけに、愁翔はこちら側の記憶で薄れ始めていた現実世界の記憶を思い返した。
「急に意識が薄れていって……。流石に終わりだと思ったよ……」
「私も突然……」
不破の返事に次いで音無が答え、他の面々も小さく頷いた。
『それはいつごろ?』
「私は黒井さんたちと別れて、書店の業務に戻ってしばらくしてからですね。在庫を取りに裏に行った時にそうなりました。時刻は大体……四時ぐらいだったはずです」
「オレもそのぐらいの時間だったぞ」
またしても全員が同じ反応を示し、同時に五人が意識を失ったことが明らかになった。
『うん、私の憶測は間違ってなかったみたい』
哀奈は小さく頷いてから言葉を継ぐ。
『四時頃に、何者かが妨害電波のようなもので君たち五人の人工心臓をジャックしたんだよ。 そして落ちた意識をその世界に引き込んだ。まぁ、あくまでわたしの憶測なんだけどね』
哀奈の説明は突拍子のないもののように聞こえる。しかし人工心臓を持つ五人が同時刻に不全を起こすことなど、何か外部からの介入が無ければありえないことだ。
「けど、あの書店を離れてしばらくしてからの話だ。その妨害電波ってのはまだ書店に残っていた本郷はまだしも、隣町にまで移動した俺にまで届くものなのか?」
『それは分からない……。私の知っている限りじゃそんな遠くまで届くはずないし、そんな簡単に不全が起こるようなら街の至るところで発されている携帯の電波でダメになってるはずだよ』
愁翔の問いかけに哀奈は答えることが出来なかった。
「まぁとりあえず誰かがオレ達をこの世界に引き込んだってことは間違いねぇんだ。さっさと北の大門っつーとこまでたどり着いて現実に戻ればいいだけの話だろ」
憶測に憶測を重ねていく会話に嫌気が差したかのように、灰葉が要点をまとめて言葉を発した。
『!! 今みんなは北に向かっているところなの?』
「あぁ、そうだ。この世界は四方が山脈に阻まれているが、北にだけ大門があるらしいんだ。俺たちはそこがこの世界から出る方法だと考えて向かってる」
愁翔の説明に哀奈は目を見開いて驚き、隣の神咲と顔を見合わせていた。
『凄い! さすが私の弟だよ! そっちの世界で北の大門って言われてるそれは、こっちの世界へ還ってこれる唯一のコンソールなんだよ!』
「「!!」」
自信は無かった。しかし自分たちの方針間違っていなかったということを理解して愁翔は安堵していた。
「ならこのまま北を目指せばいいんだな?」
『うん、真逆の方角だけどそうするしか方法がないんだよ。本来であれば今通信しているこのコンソールも脱出できるものだってはずなんだけど、その機能が壊れて使えなくなってる……』
なるほど。通常であれば北の果てまで足を運ばないと現実世界に戻れないというのは重大な欠陥だ。各地にコンソールが存在しないとおかしい。
ただ今回の場合は、愁翔たちをこの世界から脱出させる気が殆ど無いようだ。
『どこかでコンソールを見つけたら、触れるだけで私の端末に通信できるようにしておくよ。こっちからの呼び出しは難しそうだからね』
哀奈の説明に愁翔は小さく頷いた。確かに日が落ちていなければ淡く輝く【箱庭への扉】を見つけることが出来なかったし、危険なものと判断して回避していたかもしれない。
「あぁ、わかった。取り敢えずは北を目指すってことでいいんだよな?」
『うん、そうなるね』
「それじゃあ、俺たちは北へ」
「シュウトくん。もう日が完全に落ちたからこれ以上進むのは危険だよ」
愁翔が振り向くとすぐそこにクロウが立っており、辺りを示しつつそう言った。
「そうか……」
この扉を見つけてからそう時間は経っていないはずだが、あの時点で日はほぼほぼ落ちていたため、もうすぐ完全な夜が訪れるのだろう。
『それならちょうど良かった。色々聞きたいことがあったから』
こうして愁翔たち一行は【箱庭への扉】、もとい通信コンソールの前で一夜を明かすことにした。
その間に哀奈はそれぞれの名前や住所などを聞き、現実世界に取り残されている彼らの身体を一箇所に集める準備をしていた。
そして愁翔からもこちらの世界の仕組みや歴史を伝えて情報を共有した。
◆ ◆ ◆
翌朝。
「じゃあ俺たちはいくぞ」
『うん。こっちでも色々調べておくよ』
愁翔が【箱庭への扉】に背を向けつつそう言うと哀奈が笑みをたたえてそう言った。
『愁翔君……。君は聡明な子だ、無茶だけはしないでくれ……』
その隣の神咲はその黒瞳に憂慮の感情を宿しながら、扉に振り返っている愁翔の瞳をまっすぐに見つめてきた。
「……あぁ、神咲さんにそこまで信頼されてるんだ。無茶はしない」
はっきりとした答えに神咲の不安は大分拭われたようだった。
その様子を見届けた愁翔は御者台に飛び乗る。そして馬の嘶きとともに愁翔たち一行を乗せた馬車が走り出した。
それから少し経ってから、哀奈たちも通信を切ったため通信コンソールである【箱庭への扉】がひとりでに閉じた。
こうして黒井愁翔、音無心咲、本郷架蓮、灰葉鋭、不破優の五人が巻き込まれた電脳世界 ミッドガルド事件は始まった。
この事件が終結するのは彼らがミッドガルドに飲まれてから約四ヶ月もの月日が過ぎ去った後であった。




