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虚構世界のナイトメア  作者: 夏芽 悠灯
現実世界への手がかり
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第26話 ~残された者たち~

 九月二十日。


 愁翔が倒れてから一週間以上の時が経っていた。


「鈴ちゃん……」

「どうした……?」


 哀奈は蒼穹の空を見上げ、神咲の名を呼んだ。


 彼女たちは今、野外のベンチに二人揃って腰掛けていた。


「何で愁は目を覚まさないんだろう?」


 二人が座っているのは公園のように見える病院の中庭に、ぽつんと設置されたベンチだ。


 彼女たちが病院にいる、つまり愁翔は生きており、未だに目を覚ましていないのだ。


「それは私にもわからないよ……」


 先日、急患として病院に運び込まれた愁翔は精密検査を受けた後、異常なしと診断されたのだ。


 一時的に人工心臓が不具合を起こしただけで、すぐに目を覚ますと医者は言っていた。しかし彼は一週間経った今でも目を覚ましていない。


 全く異常が無いのに何故目を覚まさないかは医者でも分からないらしい。


「じゃあ今日は帰ろうか」


 その言葉に神咲が頷き、二人は病院から帰ることにした。哀奈は寄るところがあると断って徒歩で帰り、神咲は普通に自身の車で帰っていった。



 哀奈は愁翔が目を覚まさない理由を探るため、この前の大型書店へと赴いていた。


 彼が目を覚まさない理由で考えられるのは人工心臓の不具合によるものや眠り病などだ。彼女はそれらに関連する書籍を求めてここに来たのだ。


 哀奈はそれらの書籍を探し出し、目を通してみたがどれもぱっとしない情報ばかりであった。


 諦めて帰ろうとしたとき、雑誌コーナーに『世界で起こった不可解な現象・医療編』と銘打たれたものが平積みされていた。医療ということで哀奈は手に取って読んでみることにした。


 心臓移植をされて人格が変わってしまった事例や、手術中に移り込んでしまった霊の話など、胡散臭いものから驚くべきものがいくつも掲載されていた。


「ッ……!!」


 そして哀奈は見つけた。愁翔が目を覚まさない理由となるであろう重大な記事を。


 その記事の内容はこうだ。


 人工心臓を移植された患者が一時的な機能不全で倒れてから、人工心臓が正常に作動しているにもかかわらず数日から数ヶ月の間に死亡した。


 今の愁翔の状況とぴったり重なることに哀奈は息を飲んだ。これを詳しく調べれば何かが分かるかもしれない。


 そう考えた哀奈はその雑誌を購入した後、帰宅しようとした。


 その途中、一つの漫画雑誌の表紙に目が止まった。それはNIGHTMAREが連載されている週刊誌であった。


 表紙の片隅に『NIGHTMARE 長期休載』と小さく書かれていた。つい先日、ここのイベントホールでサイン会をしたばかりなのにどういう事だろうか。


 だが今はそんなことを気にしている場合ではない、と割り切り哀奈は帰路についた。



 哀奈は家に到着するや、パソコンを立ち上げ、買ってきた雑誌と照らし合わせて事件について調べ始めた。


 五年前、海外の一部の地域で今の愁翔と同じような状況に陥った被心臓移植者(レシピエント)が十数名死亡した。


 人工心臓に異常があったわけでもなく、まだ延命期間中であったにもかかわらず突然目覚めなくなったことは未だに解明されていないらしい。


「…………」


 共通点はやはり人工心臓。そして一時的な不具合から復帰し、全く異常がないのに、数日から数ヶ月の間に死亡してしまう。


 更にその死も衰弱などではなく、突如として心肺が停止する。


「眠り病とかじゃ……なさそうだよね……」


 哀奈は眠り病について調べ、やはり違うと思いウィンドウを閉じた。


「……!!」


 眠り病、眠る、夢。


 人口心臓、電波。


「電脳……世界……?」


 この推測は普通の人間には導き出せなかったものだ。


 哀奈は大学で電脳世界について研究している。これはそんな彼女だからこそ気がついたことだ。


 何もあてがなかったのだからこの推測を調べてみるしかない。そう思った哀奈は自身の通う大学へ足を向けた。



   ◆ ◆ ◆



 愁翔たちがラヴィーネを討伐してから七日の時が流れた。


 一行は村での休息と準備を終え、南端の町を出立するところであった。


「本当に君たちには返し切れない恩を貰った……。当分は不自由なく旅を出来る金銭と食料を馬車に積んでおいた。他に必要なものがあれば言ってくれ」


 衛兵長は背後に待機させてある馬車を示しながらそう言った。


「いや、それだけあれば十分だ。助かる」

「そうか、こんなことしか出来なくて済まない……。まずは南都に行くと聞いた。俺から南の王へ紹介状を書いておいた」


 衛兵長は申し訳なさそうに頭を下げた後、羊皮紙を丸めて蝋をしたものを差し出してきた。


「これを都の衛兵に見せれば王に謁見できるはずだ」

「分かった。ありがたく受け取る」


 愁翔がそれを受け取ると、衛兵の背後に待機している馬が嘶いた。それを区切りとして馬車が愁翔たちに引き渡された。


 そして愁翔たち一行は馬車に乗り込んでいく。愁翔とクロウが御者台へ、残りの四人が幌の中へと姿を消した。


「君たちがいなかったらこの町は間違いなく陥落していた。本当に、ありがとう……」


 衛兵長のその言葉に愁翔が笑みを返すとクロウが馬に鞭を打った。そして馬車がゆっくりと前進し始める。


 愁翔たちが乗る馬車の左右には衛兵団及び町の住人が並んでおり、それはまるで凱旋のようであった。


 あらゆる方向からお礼の言葉や激励が飛んできて背中を押してくれる。


 その声の波は愁翔たち一行が村の門を潜ってしばらくしても収まることは無かった。


   ◆ ◆ ◆


「ようやくスタートって感じかな?」


 御者台で隣に座っているクロウがそんなことを呟いた。


「あぁ、そうだな。いきなりとんでもない敵と戦うことになったが、本来なら歩いていたところを馬車で行けるうえ、金銭も食事も当分は保証されたんだから利点は多かっただろ」

「まぁ歩いたら北まで行くのなんていつになるか分からなかったからね」


 愁翔とクロウは馬を走らせながら言葉を交わしていく。


「……なぁクロウ」

「何かな?」


「三文魔法っていうのは詠唱すると何か代償があるものなのか?」


 愁翔は詠唱が三文目に突入する時の不気味な感覚をクロウに説明した。


「う~ん……そんなことは無いはずだよ。結構な魔力を使うから疲弊するっていう代償はあるけどそれはどの魔法でも同じで、文節が増えていくとそれは大きくなっていくんだ」

「なるほどな……」


 愁翔はクロウの説明を聞き、あの感覚が三文魔法特有の代償ではないことを理解した。


「……シュウト君。君が五文魔法を放った時は本当に驚いたんだけど、あれを撃ったのは君じゃ無いんだね?」

「!!」


「他のみんなは気付いてないと思うけど、様子が明らかに違かったんだ。あの時の君は、あまりにも戦い慣れしているように見えたよ」


 愁翔はクロウの指摘を受け、『彼』のことを話すことを決意した。


「笑わないで聞いてくれ」

「うん」

「俺の中には俺とは異なる『誰か』がいるんだ……。俺はその思念を『彼』と呼ぶことにしてる」


 クロウは愁翔の言葉を受け止めて少しの間黙考した後に再び口を開く。


「その『彼』がシュウト君の身体を乗っ取って五文魔法を放ったって言うのかい?」

「あ、あぁ。そうなるな……」


 クロウは愁翔の返答を聞いて沈黙してしまった。こんな滅茶苦茶な言い分を聞いて呆れてしまったのだろうか。


「……はぁ~、良かった!」

「は……?」


「いやね、この世界に来たばかりで三文魔法を使えることだって驚きなのに、いきなり五文魔法なんていう伝説級の魔法まで使えたら、ボクは君が怖くてしょうがなくなってたところだよ」


 クロウはその整った顔に小さな笑みを咲かせて苦笑していた。


「ところで、その『彼』はシュウトくんの味方なのかい?」

「……そうだな。 四文目に入ろうとした途端に『彼』の思念が現れて俺の身体を乗っ取った、いや救ってくれたんだ」


 愁翔は自分が体感したことを説明した。


 あの時は自分がどうなってでも音無たちを守るという決意で四文目を紡ごうとしていたのだから、救ったという表現が適切だろう。


「確かにそうだね。四文魔法なんてボクにも未知の領域だけど、それだけに失敗した時のリスクも途轍もないと思うよ」


「! そうだ、あの時『彼』は俺たちの元の世界についても語っていたんだ。これ以上踏み込んだらあっちの世界に戻れなくなるぞ、と」


 この世界の仕組みを知り尽くしたうえに現実世界の存在も知っている。


 これは愁翔の憶測だが、もしかすると『彼』も現実世界の人間なのではないだろうか。


「う~ん、ボクにも分からないなぁ……。他の世界から来たってだけでイレギュラーな存在なんだから」


 愁翔自身もこれ以上考えたところで答えなど出ないと割り切って思考を中断した。


「まぁ『彼』のことも含めて色々なことはこれから分かっていくはずだ。考えすぎても仕方ないな」


 愁翔のその言葉にクロウは笑みを浮かべつつ小さく首肯し、目線を前方へ集中させた。



 御者を交代しつつ、しばらく馬車に揺られ続けると陽が西に沈んできていた。


 今日はこのあたりで休むことになるな、と思った矢先に愁翔は何かを見つけた。


「クロウ、あれはなんだ?」

「ん?」


 愁翔は進行方向から少し外れた位置にある、ぼんやりと青白い光を放つ何かを指してクロウに問いかける。


「近付くかい?」

「あぁ、モンスターとかではないみたいだしな」


 愁翔の決定によりクロウが馬を操り馬車全体の進行方向が右に逸れる。


 そしてすぐにその何かの元へとたどり着く。すると幌の中にいた面々も降りて来た。


「……扉?」



   ◆ ◆ ◆



 二日後の九月二十二日。


 無理言って大学から機材を借りてきた哀奈は、病院に許可を取って愁翔の病室に設置した。


「哀奈、これで本当に愁翔君が目覚めない理由がわかるのか……?」


 愁翔のこめかみや胸部に電極を貼り付け終えた神咲が恐る恐る問うた。


「私の推測が当たっていたら、ね……。準備完了……」


 哀奈は機器に接続したノートパソコンと向き合いながら、その問に対して呟くように答えた。


 そして哀奈は何かのコードを素早く打ち込み、エンターキーを強く叩いた。


 画面上で数字と英字の羅列が表示されては消えを繰り返し、CONNECTという文字が表示された。


「!! やっぱり……」

「何か分かったのか!?」

「うん……。愁の意識は今……」


 哀奈は再びエンターキーを叩く。すると画面上に新たなウィンドウが開き、何らかの地図が浮かび上がった。


 陸であろう部分は水色で、高さなどを表している線は緑色で示されている。


「電脳世界に囚われているの……」


「電……脳……?」

「電脳世界っていうのは数字で構築された虚構の世界。簡単に言えばネット上に作られた、現実とは別の世界だよ」


 哀奈は不思議そうな表情をしていた神咲に、電脳世界について説明した。すると彼女は愕然として言葉を失っていた。


「な……なんで愁翔君がそんな世界に……?」

「それは分かんない……。けど人工心臓を持っているからこの世界に入れたんだと思う……」


 哀奈は過去の事件と照らし合わせてそう考えた。


「どうしたら出られるんだ……?」

「コンソールがどこかにあるはずなんだけど……」


 コンソールとは電脳世界からの通信などの際に使用する、玄関のようなものだ。


 哀奈はコンソールを探して画面上の地図を見て息を飲んだ。


 これほど広く、精密に電脳世界を構築できる人間など、本当に電脳世界に精通しているプロではないと不可能だ。


 そう考えつつ哀奈が再び何らかのコードを打ち込むと、地図上に赤い点と黒い点が表示された。


「愁の居場所がこの赤い点、黒い点がコンソールだったものなんだけど……」

「愁翔君は南端にいるようだな……。だったもの?」

「うん……。この黒くなってるのは全部コンソールとしての機能を失ってるものなの。生きているのは北端にあるこの白いのだけ……」


 哀奈は忙しなく手を動かし続けながら説明した。神咲は地図の北端にたった一つの白点を認め、絶望した。


「この距離を移動しなければならないのか……」


 地図の広さから言ってこの電脳世界は相当広大だ。南端から北端に至るまでどれほどかかるか見当もつかない。


「そうなるね……。 !!」


 神咲の呟きに返答した哀奈は目を見開いて手を止めた。


「鈴ちゃん、通信だけなら黒い方のコンソールでもできるかもしれない……」

「本当か!?」

「でも愁が気付いてくれないと……。通信は電話みたいなものだから」


 哀奈は通信コマンドを入力し、電脳世界へ通信を図った。


 向こうでどのように受信されているか分からないため、愁翔は気付かないかもしれない。


「愁……」


 哀奈は祈った。この通信に愁翔が気付いてくれることを。


 声を聞けるだけでも彼女達の心配は大分和らぐのだ。


 そしてその数秒後、愁翔を示す赤点がコンソールを示す黒点に近づいてきた。


 そして――

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