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虚構世界のナイトメア  作者: 夏芽 悠灯
南端の街の脅威
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第23話 ~竜滅の砕牙~

『ちょっと到達が速すぎるだろ』


 完全な闇の世界で愁翔の耳に、いや愁翔という意識に声が届く。


 聞き覚えがあり、どこか他人とは思えない声音であった。


『まぁあの竜を倒すにはここを超えないとならないかもな』


 あの竜とはラヴィーネのことを指すのだろうか。その声は呆れ半分納得半分でそう言った。


『けどまだはやすぎる。このまま壁を越えて四文魔法を放とうものなら精神が焼き切れて終わる。 もうあっちに戻れなくなるぞ?』


 声は魔法の、いや世界の仕組みを熟知しているのかそんなことを呟いた。


『ここはオレに任せろ』


 肩を叩かれると同時に愁翔の耳元で声が囁く。


 そこでようやく自身が闇の世界の中で身体を持っているということに気がついた。


「!?」


 肩を叩かれたということは声の主にも実体があるということを示す。


 愁翔はすぐさま振り返ってその姿を確認しようとした。


 しかし――


『お前は見てればいい。 今後のためにもな』


 声は再び愁翔の耳元、それも背後から囁かれたためその姿を捉えることは出来ない。愁翔が振り返った時には既にただただ闇が広がっているだけであった。


 しかしそこにモニターのように切り取られた空間が発生し、ラヴィーネと対面する愁翔を映し出した。


 意識はここにあるのにモニターの中の彼は、中断していた四文目を紡ごうとしていた。



   ◆ ◆ ◆



「さぁ、この状況をひっくり返すか」


 愁翔は、いや愁翔の身体を操る何者かは口元に小さな笑みを浮かべてラヴィーネが熾した魔方陣を見上げた。


 身体は未だに大咆哮の硬直から開放されてはいない。それでも彼の頭に焦りというものはなかった。


「【その激流は万物を焦滅させ、跡には何も残らない】」


 彼は愁翔が超えることの出来なかった四文目をあっさりと紡いだ。それによって足元の魔法陣がその範囲を広げる。


そして――


「【これは炎神の怒りの一撃】」


 何事も無かったように五文目まで紡いでしまった。五文目の魔力を受け取った魔方陣はその範囲を一瞬にして膨張させた。


 赤熟した魔法陣はラヴィーネが熾した魔方陣に勝るとも劣らないほどの規模にまで膨れ上がっている。


 二つの魔法陣はまるで合わせ鏡のように天と地をそれぞれ青と赤に染めて輝いていた。


『キュオォォオォォォォ!!!』


 ラヴィーネの最後の雄叫びが天上の魔方陣を鼓舞して超魔法が発動する。


「【炎獄顕現(フレアドライブ)】」


 そして少し遅れて彼の魔法が完成した。


 二つの魔法の発動はまるで、天界から招来する破滅の氷塊と、冥府から吹き出る地獄が顕現したかのようであった。


 ラヴィーネと彼以外は完全に蚊帳の外。もう間を割って入ることは出来ない。


「さて、久々の魔法はどんなもんだ?」


 世界の終わりのようなこの光景を見ても、彼は未だに笑みを崩すことがない。


その様子は二つの魔法がぶつかり合うのを楽しみにしているかのようだった。


 刹那、山頂に蓋をするような超巨大な氷塊と吹き上げる紅の溶岩の大海がぶつかり合った。


 盛大に蒸発音を撒き散らしながら氷塊が融解していく。対する溶岩も急速に冷却されたためどす黒く固まっては落ちてを繰り返している。


「押し切るのは無理そうだ……。ブランクはどうしようもないな」


 ラヴィーネの超魔法と彼の五文魔法は完全に互角。


 やがて二つの魔法は真逆の属性の魔力が混ざりあったことによる暴発を起こして鮮烈な閃光をあたりに撒き散らした。


「オレの役目はここまでかな」


 その様子を見届けた彼は、愁翔の声で小さく呟いた。すると身体から彼の意識が消えたのか、愁翔の足元がぐらりとふらつく。


 しかしそのタイミングで愁翔本人の意識が闇の底から戻ってきたため、倒れる寸前で踏み止まることに成功した。



「ッ……!!」


 全身をとてつもない倦怠感が襲い、立っているだけで精一杯だ。


 それでも愁翔は次にとるべき行動に移った。


「本郷……頼む。これで……終わる……!!」


 ラヴィーネは生命を変換してあの超魔法を放ったようだが、絶命するまで油断はできない。この隙に終わらせなければこちらが限界だ。


「……ごめ、ごめんなさい」

「……?」


 愁翔は震え声で答えた本郷の方に目を遣った。彼女の手には未だ魔剣グラムがしっかりと握られている。


 ただ時折その剣が虚像であるかのように歪んだり元に戻ったりを繰り返しているのだ。


「私……もう……!!」


 こちらに向けた彼女の瞳は赤色と黒色で明滅を繰り返していた。


 それは英雄の意識が薄れつつある証拠。その意識が消えるということはつまり、もう伝説の一撃を放つことはできなくなるということだ。


「本郷……!」


 愁翔は全くと言っていいほど言うことを聞かない身体を強引に動かした。


 明滅する瞳から涙を流している彼女の隣に移動して、だらりと降ろされた腕を握った。その腕には魔剣グラムが辛うじて握られている。


「頼む……。お前ならできる……!」

『グルアァァァァ!!!』


 愁翔がゆっくりと本郷の腕を持ち上げながら囁くと、ラヴィーネが狂乱した状態で突っ込んできた。


 そして残っている片腕を大きく振り上げた。


 片腕しかないため、命中しても外しても体勢は必ず崩れてしまうだろう。ラヴィーネはもう既にそれほどまで思考力を失っているのだ。


「ッッ……」


 本郷は死にものぐるいで自分たちを殺そうとしてくるラヴィーネの形相を見て震え上がった。


「架蓮ッッ!!」

「!!」


 本郷は名前を呼ばれたことではっとして目を見開いた。それによって流れ続けていた涙が止まって視界が良好になった。


「よく見ろ、お前が全部背負う必要なんてないんだよ」


 顔を上げた本郷が目にしたのは、ボロボロになりながらも怪物に立ち向かう仲間たちであった。


「いい加減……沈めよッッ!!」

「ホント、とんでもない生命力だね」


 魔力を纏った腕によって吹き飛ばされた灰葉とクロウが、いつの間にか戻ってきてラヴィーネに攻撃を放っていた。


 その口調は軽いものだが、身体は満身創痍で限界を超えているようであった。


『グオォォ!!』


 それでも彼らの攻撃はラヴィーネの左右から明確な威力を持って襲いかかった。


 その攻撃によって、振り下ろされた腕は本郷という的を大きく外れて側の地面を抉りとった。


「危ないッッ!!」


 抉られた地面が吹き飛び、殺傷能力を持った礫として襲いかかって来る。しかしその礫は不破の盾によって弾き返される。


 片腕のみのラヴィーネは地面に倒れ込んでもがき苦しんでいる。


 全員で作り出した完璧な隙。


 誰か一人でも欠けていたら作れなかったかもしれない。


「黒井さん……私……」


 滂沱として流れていた涙が止まった彼女の瞳は、燃えるような赤色で安定して愁翔の瞳を見つめていた。


 仲間の奮闘を目にして彼女の意志がより強固になったため、ジークフリートのイメージがとどまったのだろう。


「必ず終わらせます。だけど、ごめんなさい……。震えが止まらないんです」


 魔剣グラムを握る本郷の腕は小さく震えていた。それに答えるように愁翔は柄を握る彼女の手をそっと包んだ。


「大丈夫だ……」


 それによって震えは収まり始めていたが、完全に落ち着くには至っていなかった。


「架蓮ちゃん……私も、いるよ………?」


 愁翔の手に包まれた本郷の手に、音無の手も重ねられる。


 魔剣グラムを握る右手を身体の中心で構え、右隣から愁翔が、左隣から音無が手を重ねる。


 そして――


「さっさとやっちまえよ」

「カレンちゃんなら出来るよ」

「頑張って……!」


 灰葉とクロウ、不破が小さな笑みを浮かべて言葉を投げかけてくる。


 それによって本郷の震えが、完全に停止した。


「はい……!!」


 本郷は左右の二人と視線を交わし、ゆっくりと黒剣を天にかざす。


「これで、終わりですッッ!!」


 本郷は赤色の瞳で眼前のラヴィーネを鋭く睨みつけ、魔剣グラムを振り下ろした。



「【竜滅(ドラゴン)砕牙(キラー)】!!!」



 音もなく振り下ろされた魔剣グラムから、深淵の闇のような純黒の斬撃が放たれた。


『グラアァァァァ!!!』


 ラヴィーネは一瞬にして幾重もの氷の魔壁を作り出して斬撃を止めようとした。


 しかし本郷が放った英雄の一撃は、氷の壁をまるで意に介さずに切り裂きラヴィーネに襲いかかる。


 ラヴィーネは自身に残る全魔力を纏った腕を苦し紛れに振るった。


 斬撃とラヴィーネの爪がぶつかり合う。


 その瞬間、世界から音という概念が取り払われ、黒と青の色彩だけが迸った。


『キュオォォ…………』


 色によって塗りつぶされ、音が取り払われたはずの世界で唯一知覚出来たのはラヴィーネの弱々しい断末魔であった。



 その数秒の後、世界の色彩が元に戻って山頂を吹きすさぶ寒風の音が耳朶を叩いた。


「……!!」


 全てが元通りになった世界で愁翔たちが真っ先に目にしたのは、ラヴィーネだったであろう零と一の数字の羅列が天に昇っていく光景であった。


「終わり……ましたね……」

「ふぁ……、終わっ……た」

「ちょっ、お前らっ!」


 緊張の糸がぷつりと切れた本郷と音無が顔から倒れ込む。


 愁翔はなんとか彼女達の腕を取って顔面を地面に強打するという事態は防いだ。


「俺も……限か……」


 しかし二人を引っ張りあげた愁翔も視界が揺らぎ、全身から力という力が抜け落ちて三人一緒に背中から倒れ込んでしまった。


 そして愁翔たち三人の意識は現実から遠退いていった。

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