第22話 ~次の領域~
『ガルァァァァ!!』
音無の悲しみは遠方から届いたラヴィーネの雄叫びと、地面を割り砕く腕の一撃による振動でかき消された。
「!!」
そこでは愁翔とラヴィーネが目にも止まらぬ速さで打ち合っていた。
愁翔は先程まで持っていた大剣を二分割したかのような赤色の双剣で、ラヴィーネは両腕や尾、時には頭突きやブレスを駆使して途轍もない攻防が繰り広げられている。
よく見てみると、ラヴィーネの肩口から斜めに赤々とした傷口が入っている。先程の大魔法を中断させたのは愁翔が付けたであろうのあの傷が原因だろう。
「愁くんッッ!!」
音無が愁翔の身を案じて叫ぶ。しかし決死の彼にその声が届いているのかは分からない。
彼は今、一瞬でも気を抜けば終わりの、致死の嵐の中で戦っているのだ。
どうすれば。
愁翔の戦いぶりを見て戦いに加わることは迷惑にしかならないと考えた音無は、次の行動を決めあぐねていた。
「【彼はこの剣で、強欲に飲まれた小人が変貌した悪竜を討った】」
そんな音無の背後で本郷が最後の句を紡いだ。
それは黒剣が伝説を与えられ、魔剣グラムへと完全に昇華した瞬間であった。
グラムの完成は近くにいない灰葉やクロウ、決死の戦闘を行っている愁翔の元にまで気配として伝わった。
「【彼の名は……ジークフリート】」
全員が詠唱は終わったものと断定していた中で、本郷は本当に最後の句を紡ぎ終えた。
するとグラムから赤黒い靄が発生し、天にかかる黒雲を穿った。それは数秒後に収束してグラムの表面を包む程度にまで収束した。
「…………」
本郷が自身の手中にある正真正銘、本物の魔剣グラムに視線を落として呆然としていた。
完成した。一度は手放してしまった勝利への鍵を、再びこの手に掴むことが出来た。
本郷はその感動を飲み下し、眼前の竜を睨みつける。
今彼女の意識には竜殺しの英雄であるジークフリートのイメージが重なっているため、瞳の色も茶色から燃えるような赤色へと変化しており、瞳孔も縦に伸びて鋭くなっている。
そのうえ本郷の使命感とジークフリートの正義感が合わさり、竜に向けらる意識が矛のように鋭くなっているのだ。
「黒井さんッッ!! あとは私に任せてください!!」
本郷は完成したグラムをラヴィーネにかざしながら愁翔に向かって叫ぶ。愁翔は横目でそれを確認するや、大きく飛び退いた。
その瞬間、ラヴィーネは標的を愁翔から本郷へ変えて走り出した。愁翔との打ち合いで魔力が尽きかけているうえ、修復された翼がほとんど崩れているためもう走ることしか出来ないのだ。
「もう作戦も何も無い! 本郷が攻撃できる隙を死ぬ気で作れ!!」
愁翔の叫びはこの場にいる全員に届いた。そしてそれぞれが取るべき行動の最適解を見出して即座に動き始めていた。
灰葉とクロウは恐慌状態で走り出したラヴィーネを左右からの攻撃で足止め、不破と音無は本郷の前に立って防御を展開する時を見極めている。そして愁翔は全力でラヴィーネの正面に回り込んでいた。
『ガアッッッ!!』
「ちッッ……!!」
「くッ……!」
左右から攻撃を受けたラヴィーネは呻きながらも腕で高速のカウンターを放ち、灰葉とクロウを遥か遠方へと吹き飛ばした。
「来い……!!」
愁翔は大剣を分割した二振りの剣を上段と下段に構えてラヴィーネルを待ち構えた。
彼の元に辿りついたラヴィーネは目にも止まらぬ速さで腕を薙いだ。
横薙ぎに振るわれた腕をを見切った彼は左右の剣でそれを受け流すものの、あまりの威力に愁翔の身体は後方に仰け反ってしまった。
「ッッ……!」
腕を受け流されたラヴィーネはその勢いを殺すことなくそのまま回転。自身の尾を鞭のようにしならせ無防備な愁翔に放った。
先が失われているとはいえそれでも十分なリーチがあり、命中すれば致命傷になるだろう。
「【付加】!」
愁翔は咄嗟に左右の剣に魔法を付加した。そして身体の左側に構えてラヴィーネの尾を受けた。
その瞬間、剣と尾が触れた部分が小規模な爆発を起こし、愁翔の身体が吹き飛ぶ。そして岩壁付近で地面を抉りながらなんとか体勢を立て直した。
ノーガードのところに命中という最悪の事態は避けられたが、本郷たちから引き離されてしまった。
音無も不破も先程の大魔法を防いだ時に消耗しきっていて、まともにラヴィーネの攻撃を防ぎ切れるとは思えない。
「くッ……! 【流星】」
愁翔は出来るだけ早く戦線に戻るために、クロウが行使していた高速の移動魔法を見よう見まねで行使した。
『オォォォ……』
ラヴィーネは本郷たち三人の目の前でゆっくりと腕を振り上げていった。
その間に周囲の空気が凍てつき、振り上げているラヴィーネの腕全体が蒼の氷に包まれていった。
「心咲ちゃん、限界なのはわかってるけど僕の指示に従って防御を展開してくれるかな……?」
不破の言葉に音無は真剣な表情で頷く。それと同時にラヴィーネが凍り付いた腕を振り下ろした。
「翼を斜めに展開して僕の方に攻撃を受け流して!」
「はい!」
音無は不破の指示に忠実に従って、振り下ろされた腕を受け流す。流された攻撃は隣の不破に向かっていくものの、このままでは彼が叩き潰されてしまう。
「ッッ!!」
しかし彼が腕を大きく振るとラヴィーネの腕の側面に盾が形成され、その攻撃を間一髪のところでさらに逸らした。
ドォォォォン、と爆音を立てて不破の真横の地面が吹き飛ぶ。
盾を出すタイミングが一瞬でも早かったり遅かったりしていたら不破はあっさりと叩き潰されていただろう。
「次、右腕も同じように!」
ラヴィーネは受け流された左腕をそのままに、右腕を振り下ろしてきた。音無はそれを往なし、不破にあとを託す。
腕が迫り来る中、不破は腕の振り下ろしを見極め、そしてまた完璧なタイミングで腕を弾いた。右腕も地面に突き刺さるように叩きつけられる。
両腕を不破の横手に投げ出した形のラヴィーネは、その両腕で本郷たちを薙ぎ払おうとした。
真横からの薙ぎ払い。しかも両腕が一斉に襲いかかってくるので受け切ることはおろか逸らすことも出来ない。
不破と音無が焦燥を浮かべる中、二人の視界を閃光が過ぎった。
「良くやった、不破」
ラヴィーネの薙ぎ払いと本郷たちの間に、光と化していた愁翔が割り込んで左右の剣を平行に構えた。
付加している魔法の属性が変わっているのか、剣の色彩が燃えるような赤色から透き通るような黄緑色へと変化していた。
「ッッ……!!」
愁翔はラヴィーネの薙ぎ払いを真正面から受け止めた。
黄緑色の剣には風属性が付加されているのか、愁翔自身の膂力に風圧が乗せられラヴィーネとの力差を埋めている。
「オ……ォォォ!!」
愁翔は風圧を纏う二振りの緑剣を同一方向へと振り抜き、ラヴィーネの腕を退ける。
そして本郷たちのすぐ目の前で両腕の爪が地面を抉りながら停止した。
しかし腕を弾いて一瞬安堵していた愁翔たちの死角から、先が失われた尾が迫ってきていた。それに愁翔が気付いたのは音無に直撃する直前であった。
彼女もそれを察知し、しかし避けることも防御することも間に合わないため両目をぎゅっと瞑ってしまった。
「させませんよ」
その凛とした声が響いた直後、漆黒の残像が音無の眼前を駆けた。
「ぇ……?」
来るはずの未来が訪れなかった音無は、恐る恐る瞼を持ち上げて驚嘆する。
何故なら音無の寸前にまで迫っていたラヴィーネの尾は、根元から寸断されて鮮血を撒き散らしながら宙を舞っていたのだから。
『グオォォォォォ!!??』
「本……郷……?」
驚嘆する三人を置き去りにして、斬撃を放ったであろう本郷は苦痛の叫びを撒き散らすラヴィーネに切っ先を向ける。
「もうこれ以上、皆さんを傷付けさせる訳には行きません……!!」
一閃。
形として視認できない黒い影がラヴィーネに迫る。
直感で悟ったのかラヴィーネは後ろ足だけで器用にバックステップをし、その巨体を襲い来る影から離した。
しかし、その時には既にラヴィーネの右腕が肩口から吹き飛ばされていた。
『グォォ!?』
ラヴィーネは苦痛と驚愕、そして恐怖が綯交ぜになった短い呻き声を上げてどんどん後ずさっていく。
このまま放っておいても失血によって絶命するであろうことは明確なほど、あの身体にはダメージが蓄積されているはずだ。
しかしラヴィーネは灯火のような自身の命を削って最後の足掻きを行った。
『キュオォォォォ!!!』
大咆哮。
それは愁翔たちはもちろん、ジークフリートの意識が宿った本郷でさえ完全に怯ませた。
その隙にラヴィーネは自身の生命を魔力に変換して魔方陣を熾した。
「ッッッ!!」
魔方陣は山頂全域を覆い尽くし、青白い魔力光を放ち始めた。
ラヴィーネは自身の命がもう持たないことを悟って、せめてこの場の全員を道連れにして逝こうとしているのだ。
そんなことさせるわけにはいかない。
愁翔は大咆哮によって竦み切った身体に鞭を打って命令を下す。
動け、動け、動け。
しかし彼の身体は思考することしか出来ない。
そうしているうちに足元に発生した魔法陣が浮遊し始め、やがて天蓋のように山頂に停滞し始めた。
「ぁ……!!」
そこで愁翔は声を出せることに気が付いた。それだけで取れる行動は決まった。
「……【炎神の寝床である炎獄よ、彼の神の許しを賜り顕現せよ】」
身体は動かずとも頭と口は回る。
イメージするのは炎の大海。
大気すらも焼き尽くす灼熱の大魔法で、ラヴィーネが放つであろう魔法を打ち消す。
詠唱が始まると同時に愁翔の足元に煌めく赤色の魔方陣が展開された。
「【太古の穢れ無き憤怒の炎は何者をも許さない】」
視点を乗っ取られるような不気味な感覚を味わいつつも愁翔は三文目を紡いだ。
まだだ。まだこんなものじゃラヴィーネの超魔法には届くはずがない。
次の領域へ、踏み込め。
「【その】」
ドクンッッ!!
四文目を紡ぎ出した愁翔の視界が突如左右に大きく揺れて色彩を失う。
そして鼓動とともに意識の鮮明さが薄れていき、やがて彼の意識は深い闇に落ちた。




