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決戦!

 町は人であふれていた。石畳が敷かれた道路の上は、人込みで埋まっている。

 もうじきこの場所で、秋の名物、ピングリーヴ市杯がおこなわれる。

 僕は空を見上げた。あのビルの向こうから、先頭を切って赤毛のアンが飛んできたんだっけ。あれから一年(僕の世界では半年ちょっとだけど)。今日は僕が飛ぶんだ。

 うしっ。気合が入ってきたぞっ。

「もういい?」

「うん。ありがとう。リーザ」

 僕はリーザに振り返った。

 実は、レース前の最後に帰るとき、リーザに頼んでおいたのだ。今度呼び出すときは会場ではなく、以前呼ばれた町の中にしてほしいと。

 もう一度味わいたかったから。この喧噪を。

「満足したなら、早くここを離れた方がいいわね」

 えっ? レースまではまだ余裕があるはずだけど……と僕は、どこかにあった時計を探して、気づいた。なんか、かなりの人がこっちを見ているような。ピングリーヴ市杯だけに見物の精霊(去年の僕もそう)がいても、そんなに珍しいわけじゃないけど……

「ねぇ、あれって、エルハのトキヒサじゃない?」

「まさか。レースに出る彼がここにいるわけねーって」

「おいおい。あれって、召喚士のリーザだぞ。ってことは隣にいる精霊は――」

「うっそー。まじで? どこどこ」

 ……えーと。

 わあい。僕ったら有名人? なんて喜べるような雰囲気でもなく、僕は心配気にリーザを見ようとしたら、ぐいっと手を引っ張られた。

「いくよっ」

「は、はい」

 無許可でのほうきの飛行は禁止されている。というわけで、僕たちは走る走る。何かレンタルで見た昔の映画のシーンみたい❤ なんてちょっとトキメキつつ、人込みをかき分け、会場である塔公園(関係者以外立ち入り禁止)に飛び込んだ。

「……はぁはぁ。レース前のいい準備運動になったね」

 あくまでポジティブに。

「……まったく、これが原因で負けたら、納得しないわよ」

「だいじょーぶ♪」

 僕は息を整え、リーザに向けてVサインをした。

「ぜったい、勝つからねっ」



 塔公園は、普段はだれでも利用できて、オフィス勤めの人の休憩場所として、休日は史跡である塔を見に来た人でにぎわう。けれど今日はピングリーヴ市杯で使うため一般人は立ち入り禁止だ。

 けどレース関係者(とくに取材陣)の数は普段より多いから、結局狭いくらいだ。

 かくいう僕たちも、公園に飛び込んできたときは、それなりに関係者に囲まれたんだけど、いつの間にか、周りからいなくなってしまった。

「あれ?」

 僕が首をかしげると、リーザがおもしろくなさそうに、前方右へと顔を向けた。

「あれが原因ね」

 そこには人だかりがある人物を中心にして動いていた。中は見えないけれど、彼らの話題で分かる。真ん中にいるのはミレイユとユーリカさんだ。

 何かレース前から、僕たちと待遇が全然違うけど、まぁ仕方ない。リーザによれば、今年のピングリーヴ市杯の有力候補の一番手は、そこのミレイユだというから。

「まぁ、実績と前回のレース内容を見れば、妥当なところなのでしょうね」

 ついでに容姿もね。

「あれ? でも実績と言ったら、赤毛のアンさんは?」

「彼女は前年のレースの勝利後、反動で体調を崩し、丸一年レースに出ていないの。そのブランクが心配されて、ミレイユの次席って、ところかな」

 そういえば確かに、赤毛のアンの話題は長い間、聞かなかったなあ。

「もっとも、前年の勝ちっぷりだけに、油断はできないわね。ほら向こう」

 噂をすればなんとやら。ミレイユたちが進む方向のちょうど向かいに、やはり人だかりがあった。その中心には、赤毛のアン。

 レース有力候補二人の対面に、報道陣は自然と距離をとる。おかげで僕からもはっきりと見ることができた。

 二人とも目の前の相手がだれか分かっているはず。けれど共に気にした様子を見せない。

 ミレイユはレース前からすでに女王然とした微笑を浮かべ、目の先の前回女王など眼中になし、といった感じ。

 一方、赤毛のアンは、きりっとした堅い表情を全く崩そうともせず、精神集中している。ミレイユの、ともすれば大人げない態度に対し、私は気にしないわよ、的な大人の対応。

 うわっ、この間の二人は無言なんだけど、緊迫感が、すごいよ。

 僕もその雰囲気にのまれ、ぼーっとしていると、ミレイユとすれ違った赤毛のアンが進行方向そのままに、こっちにやってくる。

 僕は慌てて反射的に頭を下げた。先輩への敬意というか、初めて見たレースの勝者で、憧れみたいな人だから。

 けれど赤毛のアンは、僕に何の反応も見せずに通り過ぎてしまった。ううっ、これってもしかして無視された? アウトオブ眼中ってやつですか。

 何気にショックを受けていると、おほほと声がした。顔をあげると、報道陣をかき分けて、ミレイユがすぐそばに立っていた。その後ろにはユーリカさんもいる。僕たちの姿を認めると、視線を露骨に逸らして、リーザを前にしての「子供の喧嘩」はなかった。ちょっと頬が赤いような気がするけど、ユーリカさんもさすがに緊張しているのかな。

「お久しぶりですわ。プネガデン賞以来かしら。ちゃんとこのレースに出場してきましたわね。それはほめて差し上げてよ」

「あっ、そりゃどうも……」

「けれども優勝は無理ですわね。だって勝者はこの、あたくしですから。おーっほっほっほ」

 ミレイユは高笑いのまま、踵を返す。強烈な勝利宣言に、一気にフラッシュが光り報道陣が色めき立つ。そしてみんな彼女に付いて向こうに行ってしまった。

 残され立ち尽くす僕の横でリーザがポツリとつぶやく。

「彼女、ずいぶんトキヒサを意識、警戒しているみたいね」

「えっ? そうなの」

 リーザの返答はなかった。

 けどそうだとすれば、赤毛のアンより僕を警戒しているってこと? それは驚きだけど、同時に、気合も入った。



 そろそろレースの時間である。スタート地点は塔の頂上。塔に向かっていたら一匹の猫娘が立ちふさがった。給さんだ。

 リーザはずっと僕といたわけだから、その前にあらかじめ呼んでくれたんだろう。

「給さん、応援よろしく」

 僕は給さんの前に屈みこんで手を差し出したら、握手、ならぬ猫パンチを受けた。

「何がよろしく、だい? あたしも出場するんだよ」

「えええっ?」

 リーザを振り返り見ると、さも当然とばかりのご様子。えーっ、そんな話聞いてないよ~。これってやっぱり、僕が信頼されてないってこと? けど給さん距離的に厳しいんじゃ……

 あっ、もしかして。

 ない頭を巡らし、真意に気付いた。

 ピングリーヴ市杯には、出場できるエルハの数に制限がある。そして給さんは人気者(てゆーか見た目可愛い猫娘)だから、たとえ勝ち目がほとんどなくても、抽選を優先的にパスできる。

 その結果、他の出場希望者(つまり僕のライバル)が、レースに参加できなくなる。

 なあんだぁ。リーザに給さんも、僕のためにこんなことまで……ぽっ。

 何て頬を染めていたら、またまた猫パンチ。

「何考えているか大体分かるけど。言っとくけど、あたしだって勝つつもりだからね」

「そ、それはもう当然っすよ」

 さすが給さん。恰好いい。けど僕だって勝つつもりだ。負けないよ。

 そんなこんなで塔の入り口前まで着く。

「ここからはあなたたち二人だけよ。……頑張ってね」

「はいっ」

 正確には一人と一匹だけどね~



 塔の内部は、遺跡といえども博物館。古式ゆかしい雰囲気を残しつつも、ところどころ近代化されている。例えばエレベーターとか。

 手続きは済んでいるので、あとはスタート地点へ行くだけ。場所は塔のてっぺん。僕たちはエルハだけど、ほうき片手にエレベーターで上がるのは、変な感じ。

 エレベーターの中では給さんと一人と一匹っきり。上がってゆく間、会話は交わさなかった。同じリーザラヴなな関係でも、レースが始まれば、ライバル。慣れ慣れはしていられない(もともとそんなじゃないし)。

 エレベーターが止まり、扉が開く。給さんが素早く出て行ていって、僕はその後から、ゆっくりとエレベーターを出る。

 普段は展望台になっているだけあって、思ったより広い空間だった。集まっているのは、皆、今日のレースに出場するエルハだ。ミレイユもいれば、赤毛のアンもいる。

 そして――

 近づいてくる気配を感じて振り向くと、そこにいたのは、おどおどとした着物姿の少女。ぬんらだった。

「……あ、あの」

 僕は反射的に身を固くする。ぬんらと最後に別れたのはあのトライアルレース(捨て台詞付き)で、ついつい警戒してしまったけど、彼女はいつもの笑顔で、小さく頭を下げた。

「今日は、お互いに頑張りましょうね」

 そこには、わだかまりのない、勝負を前にした充実した表情があった。

「うんっ」

 エレベーターが再び開いた。出てきたのはエルハではなく、スーツ姿の男の人が三人。その真ん中にいる偉そうな人が腕時計をちらりと見て、宣言した。

「ではレースを始めます。位置についてください」



 塔の端にレースに出場する選ばれたエルハ、十五人並ぶ。

 みんなほうきにまたがり、ミレイユはいつものように横乗りで、それぞれスタートの瞬間を待つ。

 足元のすぐ先には空が広がる。塔公園の高い木々を、それよりはるかに高いところから見下ろせる。きっと交渉恐怖症の人は大変だろうなぁ、ってそんな人がエルハとしてAランクまで上がってくることはないか。

 くすっ。自然と笑みが浮かぶ。

 今日もレース前だというのに、馬鹿なことばかり考えている。

 大丈夫。いつも通り――

「よーい」

 絶好調!

「スタートっ」

 ほうきを握る手にほんの少し力を入れて地を蹴り、僕は空に舞った。



 いつもは上空から、もしくは地面からスタートなので、建物からいきなり空に出るとすごい迫力。耳の中まで響き渡る歓声を身体の下から受けて、飛ぶ。

 このレースはピングリーヴ市内を一周する。今までとは比較できないほど長いので、まずはゆっくりとスタートして、他のエルハの様子を見てみる。

 先頭は……って、ちょっとびっくり。

 一番前には、長い黒髪に着物の裾をはためかせて、ぬんらが飛んでいた。いつもは後ろから行くタイプなのに。作戦なのかな。彼女の後ろにつけて飛ぶのはこちらも映える金髪、ミレイユだ。さらに赤毛のアンも前の方。

 有力者たちが速くも先頭争いをしている。

 ――もしかして、僕が遅すぎなのかな。

「マタ、オアイシマシタネ」

「どわっ」

 いきなり声をかけられ軽くバランスを崩す。

 相手は見るまでもなく、いつぞやの宇宙人だった。そういえば彼女(?)も実はトライアルレースに出場していて、三着になっていたんだっけ。いるのは当然だ。

「ナンカ、イヤソーナ、カオシテル、シテル」

 ――そりゃもぉ。

「ケドゴアンシン。キョーノマークハ、アナタデワアリマセン。アッチアッチ」

 と目(?)を向けた先には、赤毛のアン。ま、そんなところでしょう。

「ソレデハ、セイゼイ、アナタモガンバルアルネ」

 ――なぜに、エセ中国人?

 そんな疑問を残しつつ、宇宙人は先を行く赤毛のアンを追って飛んで行ってしまった。

 これで有力どころは皆前に行っちゃった。いつも二・三番手でレースする僕にとっては、ちょっと後ろすぎるかもしれないけど、レースは長いんだ。気にしすぎてはいけない。僕は僕のペースで飛ぼう。

 ――とまぁ、気合を入れたところで、レースは長く、集中力を入れっぱなしじゃ最後まで持つはずもない。てなわけで、ちょっと息抜きに景色を楽しむことにした。

「わぁぁ」

 声が漏れた。都会のビル街を抜け、眼下を流れてゆくのは住宅街。色とりどりの屋根瓦がとてもファンシー。さらに先に行くと家もまばらになり、畑が広がり、その奥にはまだ薄青い山々が連なっている。


 ここでいまさらだけどコースの説明(飽きたからじゃないよ)

 ピングリーヴ市杯。その名の通り、市内を一周するマラソンレース。コースは横に長い長方形を思い浮かべてほしい。その右下がスタート地点の塔。そこから下辺を左――つまり西へと進む。都会・住宅・畑を超えると南北に延びる山脈につきあたる。ここで90度進路を右へ変え、山脈の上をそって北へと向かう。長方形で言うと左の縦辺をそのまま行く。

 長方形の上にあたる部分は、海になっている。山にそってゆくと海に突き当たるので、今度はその海岸線を通って東へ。そのまま行くと、やがて湾に出る。それでも直進し海上のチェックポイントで、最後の右折をする。

 あとは南下するだけ。海上から河口に入って陸に上がり、さらに進みスタートした塔へと戻って、ゴール。

 てなわけで、市と言いつつ大きさはちょっとした県並み。まさに山あり海ありのコース。まぁ空飛んでいるから、あんま関係ないけど。


 ――解説終了。レースに戻るよん。


 足元では家がまばらになって、畑が広がっている。最初のコーナーである峰はまだまだ先。ずいぶん飛んだ気がするけどまだ四分の一も飛んでいないんだ。

 うーっ、そう考えるとちょっと疲れてきた。これはまずいかも。ふとテレビで見るマラソンの様子が思い浮かんだ。あれってたいてい、先頭争いから脱落していって、最後に残った人が一番になるよね。あまり、一番後ろにいた人が猛然と追い込んで一着、ってのはないような気がする。

 短い距離ならラストスパートできても、長い距離を飛べば、スパートする体力もなくなってしまう。……となるとやっぱりこのままじゃだめだよね。

 僕は、うしっと小さく気合を入れてスピードを上げた。それにしても、前にも後ろにもエルハの姿が見えないなぁ。道があるわけじゃないのでコース取りは自由だけど、各チェックポイントへままっすぐ直線的に進むのが一番近いから、通る道は限られる。高低も、高すぎれば疲れるし、低すぎると山の上を飛べない。あまりにも地上に近づくと、警告もされる。

 よって大体飛ぶところは限られてくる。

 はずなんだけど、うーん、僕独りぼっちだ。最下位じゃないと思うんだけど。正直不安になったところ、ようやく前方に、エルハが見えてきた。しかも二人。というか、一人と一つは不明だけど。

 赤毛のアンと宇宙人だ。二人並んで飛んでいた。というよりは宇宙人が一方的にまとわりついている感じ。

「アナタハ、ゼンカノレースセントウヲトビ、ソノママカイショウシマシタ。コンカイハ、チョットオソスギマセンカ?」

「……だったら、先に行けば?」

「ソウハイキマセン。コンカイノターゲットハアナタ。チノハテマデ、ツイテユクデスウヨ」

 おーっ、やってるやってる。

 風もない静かな上空だから、宇宙人の声が届いてくる。同時に、それだけ二人に接近してきたということ。そんなにスピード出しているつもりないんだけどなあ。

 宇宙人の言うことは本当だ。

 後でリーザに見せてもらった映像からも、去年の赤毛のアンは先頭でレースを進め、ゴール前は後ろを引き離す、強いレースをしていた。それに比べると、今回は少し遅すぎる気がする。作戦なのかなぁ。

 もしかして、調子が悪いのかな……

 ――だとしたら、ラッキー♪

 ああ、僕ったら正直者。そりゃおなじエルハとして、体調不良とかは同情するけれど、ライバルが一人減るのは、確かに大助かりだもんね。

 そうこうしているうちに、二人の真後ろまで来てしまった。二人とも僕に気付いたようだけど、特に反応は見せない。

 さてどうしよう。そろそろ北へと進路を変えるチェックポイント。このまま三人で飛んでもいいけど、少し遅い気もするし。宇宙人の会話は当事者じゃなくても聞いてて疲れるし――よしっ。

 前方の山は、ごつごつした岩々までがはっきりと見えてきた。正面にはひときわ高い峰が見えてきた。ピングリーヴ市杯最高峰。あれを左から回って、進路を西から北へ変えるのだ。

 今日のレースに合わせて待機していたのか、登山服を着た人たちから、僕たちへの歓声が聞こえてくる。

 最初に峰に差し掛かったのが赤毛のアン。そのすぐ後ろから宇宙人。つづいて僕は一気にスピードを上げた。

 遠心力で少し外に膨れるのを利用して二人の左横に出た僕は、そのままのスピードで一気に二人を抜いた。背中に登山客の歓声が響く。うーん、気持ちいい。

 いけない。集中しないと。

 二人はまだ後ろについてきているようだ。

「ホラ、ヌカレテシマイマシタヨ。ドーデモイイヒトニ。ノンビリシテイルト、サイカイサイカイ。ホラ、ワタクシモ、ヌイチャイマシタデスヨ」

 まだやってるよ(苦笑)。

 そのまま飛んでいてしばらく。歓声も何もない静かな山の上。宇宙人の声だけが響く中、それが起こった。

「オボーーッ!」

 突然の宇宙人の悲鳴(?)

 そして背後からの強い衝撃。

「――えっ?」

 僕の身体は宙に舞った。





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