それぞれの想い
はじめてのレースでも緊張はなかった。
むしろ飛ぶのが楽しくてならなかった。誰にも負けるもんか。
新人戦、生意気なババア(あとで男だと知ったが生意気なのは変わらない)を抜いてトップに立つ。勝った――と思った瞬間、別の女に、あっけなく抜かれた。
ちらりとこっちを見て、申し訳なさそうに頭を下げたその表情と、まったくぶれもなく流れるように飛ぶ姿が、すごくに印象に残った。
彼女には勝てないと思った。
「なぁ、ぬー。もう一緒に練習するの、やめないか?」
いつものトレセンでの練習後、あたいはぬんらに切り出した。目の前の彼女は、はじめはきょとんとして、それから、泣き出しそうな顔を見せた。
「……そんな、どうしていきなりそんなことを……もしかして、私のこと、嫌いになったんですか?」
「いや、そーじゃねぇーんだけど」
頭をかく。ぬんらのこういうところは、うざったくも感じるが同時に、好きなところでもある。
新人戦の後、うちのばっちゃんに連れられて初めて来たトレーニングセンターで、一位になった女、ぬんらと再会した。所在無げにぽつんと立っていたから声をかけたんだけれど、それがきっかけで、どうやら懐かれたようだ。あたいとは正反対の性格をしていたけれど、あたいたちは意気投合して、よく一緒に練習するようになった。
けれど……
「あたいなんかが一緒に練習していると、ぬーのマスターがいい顔しねーだろ」
ぬんらはあたいに勝った初戦に続いて、次のレースも快勝。二戦二勝。マスターの方針とかでレースにはあまり出ないが、周りの評価は高い。
それに比べ、あたいは三戦目でようやく初勝利。その後も負け続けて、Dランクのまま。ランクの差は一つでも、力の差は歴然。
「そんなことないですよ。ほら、その、駄目な人と一緒に練習していると、駄目なところが分かってためになるとか……たとえ練習でも相手が弱ければ、圧勝できて自信にもなりますし」
「……あんた、それ本気で言ってるの?」
「はい?」
つい思いつきで提案してしまったけど、本気で練習するの、やめたろうか?
まぁ、きっと。フォローがフォローになっていないだけだろう。
「確かに、教官はあまりいい顔していません。けど大丈夫です。次のレースも勝てば問題ないですよ」
ぬんらが「教官」と呼ぶのは、彼女の召喚士だ。
あたいも何度か会ったけど、成果第一主義者ってのかな。厳しい奴だ。当然、落ちこぼれのあたいには目もくれないし、そんなあたいとぬんらが一緒にいることにも、いい顔はしない。
それに比べ、うちのばっちゃんは全然成績がぱっとしないあたいを使い続けてくれる。実の孫のように可愛がってくれる。
ま、レースに勝つ召喚士の性格としては、ぬんらの「教官」の方が向いてるんだろうけどな。
「ですからその、また今度、ご一緒に練習させてもらって、いいですか?」
「……ったく、分かったよ」
結局、ぬんらに押し切られた。
けど、まぁいっか。
あたいだって、本当はぬんらと練習したかったから。
ぬんらはその後、同じく無敗のエルハと同じレースで勝負を挑んで、負けた。
召喚士の都合もあるので、そのレースが行われたときは、こっちの世界に呼ばれてなかったので、実際に見たわけじゃないけど、トレーニングセンターで、知り合いから伝え聞いた。
あのぬんらが負けた。勝ったエルハも強いやつだったそうだけど、正直驚いた。
その後再会したぬんらは、表面上はショックを見せずに、いつものように一緒に練習は続けたけれど、どこかぎこちなかった。
ある日、なぜかトキヒサが、よりにもよってぬんらを負かしたミレイユを連れてきて、勉強を教えろとかほざきやがったときは、どつきたくなった。
「私今度、ピングリーヴ市杯トライアルに出場するんです」
「へぇ、そーなんだ」
ある日、ぬんらがそう言った。
彼女の言うレースはこの町のエルハ(というより召喚士)にとって、一つの目標のようなレースらしい。当然ぬんらの教官も狙ってたわけだ。ま、Dランクのあたいには雲の上のレースだけどな。
「……それで、その。教官が言うには、そのレースが終わるまでは、別のトレーニングセンターで練習するようにと言われました」
「そっか……」
トレセンはここだけじゃない。ほかの町にもあるし、金持ちなら敷地内に個人的に施設を持っているやつもいる。あの生意気なトキヒサは山奥で一人練習しているって言うし。
「ま、頑張れよ」
「……はい」
教官とやらは四戦四勝の無敗でぬんらをピングリーヴ市杯に出場させる計画を立てていた。それが失敗したため予定を変えたんだろう。「無敗」の看板がとれれば、Aランクでも抽選によって、レースに出られなく可能性もある。
それで確実にレースに出場するため、トライアルレースを選んだ。
そして、その絶対に勝つため、あたい何かがいるここより、他の練習場所を選んだんだ。
――まぁいつかはこーなると思ってたけどな。
「うりゃぁぁぁああっ!」
気力を振り絞って、横の奴とほぼ同時にゴールリングをくぐった。すでに一着の奴はゴールしている。二着争いだ。あたいはスピードを完全に落としきれないにもかかわらず無理やり振り返って、スクリーンに映し出される、ゴール前のリプレイを確認する。
その差はわずかだったが――勝った。
「ばっちゃん。あたい、次のレース、ピングリーヴ市杯のトライアルに出たい」
控室でいつものように出迎えてくれたばっちゃんを前に、あたいは開口一番頼み込んだ。ばっちゃんは首をかしげる。あたいの願いはいつも聞いてくれるけど、これはさすがに急だったみたいで戸惑っている。
「うーん、確かにあのレースはCランクでも出られるけどねえ……」
あのトライアルに出るのはほとんどがAかBランク。Cランクで出るのは、よほど実力があるやつが、本戦に出場するため無理をするくらい。今回二着でようやくCランクに上がったあたいが出て、勝ち負けできるようなレースではない。
仮に、限りなく不可能性は低く、というよりないも同然だけれど、もしかしたら三着ぐらいなら、運が良ければ入れるかも知れなくもないが、予選を通過して本番のピングリーヴ市杯に出たところで、勝負になるはずない。
けど、どうしても出たいんだ。あたいは言葉でなく目でばっちゃんを見上げ訴えた。
「分かったわ、ナジカちゃん。今回のご褒美で登録してあげる。出場は抽選になるけど、出られるといいわね」
「うんっ」
しくじったなあ……
トライアルレースの後、もうずいぶん時が経ったにもかかわらず、あたいの気持ちは重かった。ぬんらともあんな別れ方をした以来会っていない。
彼女の性格は知っていたつもりだったけれど。見え見えすぎたかな。ばれれば彼女がどう思うか分かりそうなものなのに。
まさか、ぬんらが自分から負け選ぶとは思ってもいなかったけれど。
トライアルは二着で突破したとはいえ、あんな負け方をして、ぬんらはどうなったんだろう。
「あっ……あの、ナジカさん……」
幻聴が聞こえた。
「あ、あの……っ」
幻聴なので無視していたけれどしつこいので振り返ると、幻覚ではなく確かに彼女はいた。
「ぬー……」
視線が合うと彼女は少しそらして一歩下がる。それでも、おずおずとしつつも、意を決したかのように口にした。
「その、あのときは生意気なことを言って、すいませんでした」
がばっと頭を下げ、長い髪が揺れる。
よかった。
さっきまでの重苦しい気持ちがうそのように溶けてゆく。
「あんときも言ったろ。あれはあたいが勝手にやっただけだって」
自然と笑みが浮かぶ。頭を上げたぬんらも、いつもの顔に戻っていた。
「そうですね」
もうこれでこの話題もおしまい。互いの顔を見つめているだけで、いつもの二人に戻った。
「練習、ご一緒してもいいですか」
「ああ」
あたいらはいつものように模擬コースの予約をして、その待ち時間にあいている適当な施設を物色する。
「そーいえば、教官はどーだったんだ? また二着でひどいこと言われなかったのか?」
終わったことだけど、気になっていたことを思い切って聞く。
するとぬんらの表情がみるみるうちにとろけてくる――? 何か、すんげーやな予感。
「それがですね。教官にはゴール前でスピードを落としたことはばれちゃったんですけど、『予選であえてライバルたちに全ての力を見せることはない。それに体力を温存できたことも良い。好判断だった』って、ほめてくれたんですよーっ❤」
「……あっそ」
ぬんらのあれは、全ての力とか温存とか、そんなものじゃないのは分かりそーなもんだけど。もしかして、ぬんらの気持ちを考え、わざとそう分かってないふりをしているのか。なら性格はともかく大した奴だ。
「それに教官は『一着になって本選で注目されるよりも、ノーマークの下位で臨んで、勝利をかっさらうのも悪くないな』って。きゃーっ❤」
「――ふ~ん」
四戦四勝とか計画立ておきながら……まぁ目立ちたがり屋なんだろうな。ぬんらの教官は。
「なんであれ、良かったな」
「――はいっ」
幸せそうな顔しちゃって。
あたいはぬんらの肩をぽーんと叩いてやった。
「ピングリーヴ市杯、頑張れよ」
「はいっ」
レースまで一か月。あたいは出られないけど、ばっちゃんに頼んで、その日は生で観戦するため、絶対に呼んでもらおう。
☆ ☆ ☆
『ここで早くも先頭に立った。伸びる伸びる。涼しい顔ですごい加速。後続との差はさらに広がる。前回の敗戦など関係ない。むしろそのうっぷんを晴らすかのような飛行。そして今、楽々と先頭でゴール。ミレイユ選手、圧勝です。――いやぁ、強かったですね~。どうですか、解説のドロックさん』
『つまりませんな』
『はっ?』
『圧勝すぎてボケようがありません。――というのが私なりの精いっぱいのボケだったことを、何人の視聴者が気付いてくれたかと考えると、夜も眠れず昼寝する日々を……』
『はい。それではCMに入ります』
『ちょっ――』
「おめでと~。圧勝だったわねぇ」
インタビューや取材がひと段落して、ようやく二人きりになったところで、ユーリカから改めて言われた。
「ま、当然の結果ですわ」
おーっほっほっほ。
「これも前回のレースのおかげかしらねぇ。あなたのお嬢様体質のせいで、せかせかしたレースを好まないからぁ、いつも道中はのんびりと後ろから行きがちだったけど~、あえて短い距離のレースに出場したおかげでぇ、速く厳しい流れを経験してレベルアップしたみたいね~」
「おっほっほ。あたくしの実力でーすわ」
とは言ったものも、確かにユーリカの言うとおり今回のレースはいつもより楽に感じましたわ。
やはり前回の『練習』(レースではなくってよ)の成果ですわね。のんびりしているけれど、何だかんだで、彼女は優秀なあたくしに相応しい優秀な召喚士。
「リーザのトキヒサちゃんも、トライアルレースに優勝して、ピングリーヴ市杯に出てくるみたいだけどぉ、これなら問題ないわね~。トキヒサちゃんには悪いけど、リーザ程度の召喚士に呼ばれちゃったのが運のつきだったわね~。リーザにもたーっぷり後悔させてあげるわ~。ふふ」
――優秀、なのですけど、なぜかリーザさんの話題になると、こう子供っぽくなるんですわよねぇ。何故かしら……と、そのとき、あたくしはぴーんときましたの。
「ねぇキリカ。あなたリーザさんとはどのような御関係ですの?」
「えっ? 同じ学校の同期でぇ、近所に住んでいる幼馴染だけど~」
「そうではなく、好きか嫌いか、ということですわ」
「ふぇぇっ――」
予想通り、キリカが狼狽しますわ。
「リーザとは好きとか嫌いとかそういう感じじゃなくて~それは嫌いではないけど好きとか――」
「キマシタワーっ!」
「だからそのぉ……って、ミレイユ~?」
ユーリカがあたくしのことを不思議そうに見つめているけど、もうお構いなし、でーすわ。
「『百合』に加えて、噂に聞く『ツンデレ』まで披露するなんてっ。東洋の神秘にこのようなところで会えるとは、あたくしはなんて幸せ者なのでしょう!」
「つ、つんでれ~?」
今いる場所が、報道関係者は入れないけど、他のエルハや召喚士は普通に歩いている場所であることも忘れて、あたくしは大興奮ですの。
「まったく、トキヒサったらせっかくの日本人なのに、アニメのことなんて何もご存じないのですわよ。さすがにエスカルゴさんくらいは知っているようですけれど、ファミリー向けはどうしても萌分が不足しておりますのよ」
「も、もえ?」
ユーリカはきょとんそした様子。少しマニアックすぎたかしら? ふっ、いつかはあたくし色に染めて見せますわよ。そういえばこの世界にもアニメはあるのかしら。ぜひ一度は見てみたいですわね。
「まぁよく分からないけどぉ、トキヒサちゃんは相手ではないってこと~?」
「いいえ。そうではありませんわ」
ユーリカの不用意な一言に、あたくしは敏感に反応した。
「あたくしがお嬢様体質なら、彼は主人公体質ですので」
「……なにそれぇ?」
「取り立てて特徴がなく、しいて言えば明るく元気。レースでも強いのか弱いのか分からず、大した力もないのに、愛と根性でくぐり抜ける。まさに王道アニメの主人公そっくりなのです」
「そうなんだ~」
「それに比べあたくしは、主人公のライバル――引き立て役となって敗れる、意地悪お嬢様」
「……自覚はあるのねぇ」
「けれど仕方ないことなのですわ。だってあたくしにはこっちの方が性に合っているんですもの。日本のアニメを見ていても敵役の方に感情移入してしまいますの」
「……えーと、まぁトキヒサちゃんがミレイユにとって強敵なのは分かったけどぉ、こっちも勝負がかかってるのだから頑張ってねぇ~」
最初は呆れ気味でしたけれど、何だかんだで心配してくれるキリカ。そんな彼女にあたくしは言った。
「厳しい戦いになりますわ。それでもあたくしが勝てたなら、ご褒美でキリカにしていただきたいことがありますの」
「いいわよ~。何?」
あたくしは顔をあげてキリカを見つめた。おほほ。
「ではリーザさんに……」
「うん」
「告白なさいな」
「っひぇっ、な、なな……」
予想以上にうろたえているキリカ。その仕草、まさに萌え萌えでーすわっ。
「それでは約束ですわよ」
これでピングリーヴ市杯がより楽しくなってきましたわ。絶対に負けられなくなりましたわね。おーっほっほっほ。
☆ ☆ ☆
「ん、どうかしたかい?」
「――いや、ちょっと寒気が……?」
リーザがそう言って、肩を軽く抱く。夏が終わって秋が近づいてきているせいで、確かに気温は下がっているけどね。
「まぁ、それはともかく、給――」
リーザがあたしを見下ろして、伝えた。
「あなたには、次のレース、ピングリーヴ市杯に出てもらうわね」
「――言う相手を間違っちゃいないかい?」
あたしはあたりを見まわす。今日はトキヒサは呼ばれていないけどね。
「いや。確かにトキヒサも本番に出場するのも決まっているけど、給だってAランクなんだし、せっかくだから出場してもらおうかなって」
リーザの言葉を聞いて、はたと思いつく。なるほど、そういうわけかい。
あたしたち二人(何か文句あるかい?)を出場させても、あくまで本命はトキヒサ。あたしに結果は求めていない。
自慢だがあたしはこの容姿のおかげで、人気はそこそこある。Aランクだしピングリーヴ市杯に登録すれば、勝ち目は薄くてもレースには出られるだろう。
ただしレースには定員があるわけで、あたしが出場すれば、他の誰か一人が落選、つまりトキヒサのライバルが一人自動的に減るわけだ。
「別に、結果は気にしないで、気楽に飛んでくればいいから」
どうやら、あたしの考えは間違っていないみたいだね。
けど腹立たしい気持ちにはならなかった。
捨てられたあたしを、まだ初勝利をあげたばかりの彼女が拾ってくれた。借金までしてね。
彼女の意図がどうあれ、あたしは彼女のため精いっぱい飛んだ。彼女もトキヒサのためとか、お金を稼ぐためとかじゃなくて、一エルハとして、あたしと接してくれた。トキヒサは知らないだろうけど、彼女はあたしに色々としてくれた。
前回の勝利の賞金でも、まだあたしの購入分のお金には達していない。もしあたしがピングリーヴ市杯に出場することで、本命のトキヒサが有利になるのならば、よろこんで出場してやろうじゃない。
「分かったよ。せいぜい適当に飛ばさせてもらおうかね」
「本当? 助かるわ」
あたしに向けられた笑顔。これはまだあの子も見てないだろうけどね。ふっ。
あたしはリーザのために飛んできた。その結果、賞金も少しずつ稼いで、ピングリーヴ市杯に出られるAランクまでなった。
次のレースはピングリーヴ市杯。
期待されているトキヒサには悪いけど、気楽に物見遊山のつもりでたのしませてもらおうじゃない。




