表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/22

トライアルレース

 季節は秋を迎えた。

 夏休みの補講を無事終えた僕の体調は万全。気力も十分。

 いよいよピングリーヴ市杯のトライアルレースが行われる日になった。

 今回のレースは完全に屋外(てゆーか田舎)で行われる。いつもの第○レースみたいなものもなく、このトライアルレースのみ。なんか、エルハローネというより、市民マラソンのレース前、って感じ。

 そう思ってしまうほど、簡易テントに設置された控室には、すごい数の精霊でごった返している。

 気になる対戦メンバーの中には、リーザが言っていたように、僕よりずっと格上のAランクのエルハも含まれていた。リーザによれば、彼女らはA・Bランクを行き来している程度で、それほどレベルの高い選手じゃないらしいけれど、当然ながら油断はできない。

 僕と同じBランクの選手の中は、知っている人がいた。

 ぬんらである。一緒に公式のレースで飛ぶのは新人戦以来なので、一言挨拶しようかと思ったけれど、彼女はすごい怖い顔をしていたので、軽く会釈を交わしただけだった。

 彼女とはレースや練習でも何度か一緒に飛んで、その実力は知っている。僕と同じかそれ以上。戦績だって三戦二勝。二着一回は、ミレイユに敗れた一戦のみ。レースの出場経験は少ないようだけれど、強敵なのは間違いない。

 他にも、給さんと激走した玉子パンおばさんもいた。相変わらず、凄い存在感である。


 いよいよレース開始時刻が迫る。

 僕たちはテントを出て、スタート時点にずらりと並ぶ。三十人以上いるんじゃないだろうか。けど、何人いようが関係ない。三着までOKだとしても、リーザの言うとおり、このレースに勝てないようでは、ミレイユが出てくる本番に勝てるわけがない。

 ぜったいに、勝つ。



 レースが始まった。

 飛ぶ距離が長いので、僕は少しスピードを抑え気味に飛び出す。いつものように前の方につけたいんだけど。うっ、意外と流れがはやい。


『どうしたの。少し遅れているわよ』

 頭の中にリーザの声が響く。今回のレースは召喚士との通信も可能なんだ。

『でも、周りのスピードが速くて』

 僕が返すとリーザは、しれっと伝えてきた。

『当然じゃない。これが上位ランクのレースの流れなのよ』

 うぅっ。

 リーザの言うことはもっともだ。

 辛いものは辛いけれど、厳しいのは周りも一緒のはず。

 僕は、そう腹をくくって、スピードを上げる。まだ前半なので、スピードを上げれば、ある程度簡単に抜くことができる。まだ順位はあまり関係ないけど、やっぱり前に出るのは気持ちいい。

 ちょっと辛いけど――

 と内心ぼやいていると、疲れた感じのリーザの声が伝わってきた。

『トキヒサ、ごめんね。流れが速いのは、上位クラス云々じゃないわ。原因は……先頭のせいよ』

『先頭?』

 僕は目を凝らして、先頭を確認する。

 そこに暴走する二人の精霊の姿が見えた。


「おい、邪魔だババア。引っこんでろっ」

「んまぁ、何て口のきき方ザマしょ。まぁったく、近頃の若い娘というのは、常識を知らないザマスね」


 なんて、会話までは聞こえないけど、そんな感じなのは間違いない。

 先頭を競うように飛んでいるのは、玉子パンおばさんと、ナジカだった。ていうか、気づかなかったけれど、ナジカも参加してたんだ。

 二人がどっちも先頭を譲らなく、抜きつ抜かれつしているため、スピードが上がり、その後ろを飛ぶエルハも距離を離されたくない気持から、やっぱりスピードを上げて……その結果、全体の流れが速くなってしまったのだ。

 ――なんか、すげえ迷惑な話。

 もしかして実は競い合うふりをして、二人で協力してペースを早く見せかけているだけかもしれない。……ってことはないか。

 さてさてどうしようか。原因も分かったし、無理してペースを合わせることはないんだけど。けど、スピードを落とせば、当然他のエルハに抜かれるわけで。まだ順位は関係ないにしても、それはやっぱり、しゃく。

 仕方ない。このまま行こう。きついのはみんな同じはずだし。

 僕はそう決心して、ほうきを持つ手に軽く力を入れた。


 しばらく飛んで、そろそろ折り返し地点が近づいてくるうちに、ペースにも慣れてきた。

 たぶん、前も少しばててペースが落ち着いてきたのかな。

 なんて、考えていたら、いつの間にか、隣にナジカが飛んでいた。


「げっ、あんたもいたんだ」

「……人をゴキブリみたく言わないでよ」

 と言ってやる。てっきりナジカのことだから、もっと絡んでくるかと思ったけど、それっきり。さすがに軽口をたたく余裕はないのかな。

 特にペース的に問題ないので、ナジカと並んで飛ぶ。しばらく前を向いて飛んでいると、隣からナジカが話しかけてきた。

「……なぁ?」

「なに?」

「お前も、ピングリーヴ市杯をねらってるんだろ?」

「……そうだけど?」

「それに出るには、このレースで三着以内に入ればいいんだろ。だったら、無理して一番にならないで、他の奴に譲ってやってもいいんじゃねーか。たとえば……にも」

「へっ? なに」

 今誰かの名前を言ったような。よく聞こえなかったけど。ナジカはそれっきり。レース中だし、気にしていられない。

 折り返し地点を曲がる。

 ふと気づくと、いつの間にか何人かのエルハに抜かれていた。ナジカに合わせているうちに、ペースが落ちてしまっていたみたい。

 僕は慌ててスピードを上げた。

 ナジカは、ついてこれなかった。



 いよいよ終盤だ。レース前から調子が良かったこともあって、いい感じにスピードが出ている。僕は、ここが勝負どころと判断して、スピードをさらに、少しずつ上げてゆき、スパートの態勢に入る。

 さすがに長い距離を、しかもハイペースで飛んでいたせいで、体が重い。思っていたほどの加速が出ない。辛い。

 けどばてているのは周りも同じようで、確実に前との差は詰まっている。何人ものエルハを抜き、ついに、先頭の玉子パンおばさんに追いついた。

 僕が横に並んだのに気づいて、玉子パンおばさんが、すごい形相でにらんできたけど、大丈夫。僕は気力を振り絞って、彼女をかわす。

 このレース、初めて先頭に立った。ゴールはまだ先だけど、周りの皆に勢いは感じられない。これならいけるっ?


 そのときだった――

 背後にすぅっと気配を感じた。

 そして僕がそれを確認する間もなく、まるで僕が後ろに下がっているかのように、誰かが通り抜けて行った。


 ぬんらだった。

 彼女はいつぞやの「ごめんなさい」もなく、ただ前だけを見て、僕を抜いて行った。

 くっ――

 僕は先頭に立って一瞬緩んでいた気持ちを引き締めて、スピードをさらに上げる。効果はあった。ぬんらとの差が開かなくなった。けど差を縮めるまではいかない。

 息が苦しくなる。手が震え、身体が重い。まずい、ばて始めている。もうもたないっ。

 ようやく、空の果てに、光り輝くゴールゲートが見えてきた。あれほど待ちわびていたゴールだけど、今はだめ。まだ先頭じゃない。

 それどころか、ぬんらとの差は少しづつだけど、広がってしまっている。

 負ける? ぜったい勝つつもりだったのに。

 先をゆくぬんらが、ゴールゲートに迫る。彼女がゴールする瞬間を見たくなくて、僕は瞳を閉じた。視界が黒く染まる直前、ぬんらの姿が急に大きくなったような気がした。

 ――そして、眼を再び開けた時には、ぬんらの姿はなく、僕は一番で、ゴールゲートをくぐっていた。



 どーゆーことなのっ?

 勝利者インタビューを適当に切り上げた僕は、頭の中でその言葉を反芻しながら、大股で歩き、ぬんらの姿を探していた。

 テントの控室を出て、周りを見回して、彼女を見つけた。誰かと話しているようだけど関係ない。僕は肩を怒らして彼女に近づく。

「どーゆーことだよっ」

 と言葉を発したのは、僕ではなかった。

 木陰で見えなかった「誰か」は、ナジカだった。


「最後のゴール前、力を抜いて技と抜かれただろ」

 やっぱり、ナジカにもそう見えたんだ。

 僕もそれを聞きたくてぬんらを探していた。こんなんじゃ、納得できない。

 ずっと後ろの方にいたナジカに、ゴール前の様子が見えるはずない。ゴールの瞬間は、レース後の映像を見たんだろう。それで感じたのなら、他の人だって、そう思っているかもしれない。

 けれど、問い詰められたぬんらが発したのは、説明でもいいわけでもなかった。


「それはこっちのセリフですっ。ナジカさんこそ、どうしてあんな無茶なペースで飛んでいたんです? 普通に飛んでいれば、限りなく不可能性は低く、というより、無いも同然ですけれど、もしかしたら三着ぐらいなら、運が良ければ入られたかもしれなくもないのにっ!」

「…………」

 ナジカが押し黙った。

 反論されたから、というより、ぬんらの何気に失礼な発言に、ちょこっとショックを受けているようにも見える。

 そんなナジカに向け、ぬんらが少し穏やかな口調になって尋ねる。

「もしかして、あんな無茶をしたのは、私のためだったんじゃないですか?」


 ナジカがきぐりと身体を震わせた。

 ――そっか。その言葉で、僕はすべてがわかった気がした。


「ですので、私は――」

「ち、ちげーよっ。あたいはただ普通に飛んでちゃ勝ち目がねーから、いちかばちかの勝負しただけさ。あのババアが邪魔したせいで、失敗したけどな、はは」

 ナジカは視線をさまよわせ……僕と目があった。ナジカの顔の動きを見て、ぬんらも、今更ながらに僕の存在に気づいたようだ。

「あっ、トキヒサがなんか用事があるっぽいから、あたいは行くわ。じゃーな」

 そう言って、ナジカは逃げるようにどこかへ行ってしまった。当初ナジカが聞いていた、ゴール直前にぬんらがスピードを落とした件については、ぬんらは何も答えていないけれど、彼女の様子からして、その訳を察したのだろう。

 二人きりになって、ぬんらが僕を見ながら言った。

「ナジカさんはああ言っていましたけど、私は、ペースを上げるために無理していたと思います」

「……うん」

 僕もそう思う。ナジカは意図的にペースを上げた。その結果、どうなったか。

 前を飛ぶ僕や玉子パンおばさんも含めほとんどのエルハが、ばてた。しかし、いつものように後ろから飛ぶぬんらは、先頭争いのことなど関係なく飛んでいた。もともと最後に勝負をかけるつもりでいた彼女は、ペースに惑わされることなく、自分のレースをして、最後にスパートをかけた。もうそのころには、僕はばてていて……

 ナジカはぬんらを勝たせるためにスピードを上げて飛んでいた。

 それは分かった。

「……なのに、わざと負けるようにしたのはどうして?」

「今日のレースはどうしても自分の力で勝ちたかったからです」

 ぬんらは迷うことなく、僕の眼をしっかりと見据えて、言い切った。

「ナジカさんには悪いですけど、彼女の力を借りて、勝っても嬉しくありませんので」



「本番も、負けませんから」

 ぬんらはそう言い残して、去って行った。

 僕はずっと彼女の後姿をずっとみつめていた。

 ……も、か。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ