組み合わせは不利だけど、リレーで勝負
リレー方式の勝負。
一番手に飛ぶのは、ナジカと給さんだ。
僕たちのチームは一周で交替の予定だけど、向こうはどうなのかな。
「それではいきます――」
一人と一匹の横で、ぬんらが声をかける。
「よーい。スタートっ」
両者がほぼ同時に飛び出す。おおっ、ナジカ意外と速いっ。給さんよりもほうきひとつ前に出て、左側に伸びる光線にぴったりとついて、給さんの前に出た。そのままの状態で浮上していく両者。この登り辛そうだなぁ。見ているこっちも首が痛くなるし。
天井近くまで上って、先にナジカがカーブに入る。ほとんど減速していないから、曲がり方がかなり雑。
対照的に後から来た給さんはスピードを抑え気味で、丁寧に光線すれすれをなぞるようにゆっくり曲がってゆく。その結果、スピードの遅い給さんが、難なくナジカとの差を詰める。
それでもカーブを曲がり終えると、そのままのスピードを生かして、再びナジカが先を行く。給さんもスピードを上げたけど、ナジカの方が前。やや差の開いたまま、トンネルの穴に向かう。
――それにしても、ちょっと意外。
ナジカがリードしていることじゃない。……そういえば、新人戦では彼女に負けたんだっけ。Dランクなのに。今は違うってこと見せてやらなくちゃ。――とそれはさておき、意外なのはナジカじゃなくて、給さんの飛び方。
前にリーザに見せてもらった映像からすれば、もっと暴走っ! してもいい気がするんだけど、体力の温存のためかな、それとも手加減している?
などと考えているうちに、両者はスタート地点の向こう側を通り越して、壁の穴へと入っていった。当然ここから中は見えない。
すると、ちょんちょんと肩を叩かれた。
「あの……あっちにモニターがありますよ」
ぬんらの指さす所に、パソコン画面ほどの大きさのモニターが二つ並んでいた。
僕たちはそっちへ移動する。
おお凄い。どこにカメラが仕込んであるのか知らないけど、右モニターにナジカ、左の方には給さんの飛ぶ姿が、映し出されていた。ナジカったら、すごい形相。給さんは――相変わらず飄々とした表情。せっかくの猫娘なのだから、もっと表情豊かでもいいのに。
それはさておき、映像を見るかぎり、穴の中はそれほど狭くは感じない。検定試験のときと同じくらいかな。同じように、カーブの手前には矢印があって、曲がる方向が事前に示されている。それを右へ左へ上へ下へ。くねくねと。うーん、見ている方が目が回りそう。
隣のぬんらは道順を覚えようとしているけど、矢印もあるし、僕はモニターから離れ、先にスタート地点、つまりタッチの場所で待っていることにした。
さてさて、どっちが先に出てくるかなぁ。
て感じで待っていたら、モニターを見ていたぬんらが、僕の横にやってきた。
「どうやら、同時に出てきそうですよ」
とのこと。僕たちは並んで出口を見つめる。
きたっ――ナジカだっ。彼女が先に穴から出てきた。
けどその後ろにから隠れるように給さんが姿を見せた。横にずれると一気に加速。ナジカに並んで、あっさりとかわした。やっぱり給さんは速いっ。
それでも、ナジカもなんとか食らいついている。
僕のすぐ横で、給さんがぬんらに器用にタッチをした。それに合わせてスムーズに飛び出すぬんら。
少し遅れて、ナジカが僕にタッチ。――って、痛ったー。思いっきり叩いた~っ!
僕は恨めしげにナジカをにらむけど、今はそんな場合じゃない。仕返しは僕のタッチのときにすればいい。レースに集中!
僕は先を飛ぶぬんらに視線を移す。
速い。それでいて体がぶれていなくて、綺麗。ミレイユの飛行と共通するものを感じる。
一方で、確かに速いんだけれど、はた目から見ると全力で飛んでいるようには見えない。
いや、実際抑えているのかも。新人戦のときは――ずっと前を飛んでいたので、彼女の飛ぶシーンはほとんど見ていなかったけれど、後で見たレース映像からして、序盤はマイペースに後ろからゆっくりと抑え気味でレースを進め、後半加速して、一気に勝負をかけるタイプだと思う。
としたら、のんきに彼女の後ろで飛んでいて、後半勝負になったら不利だ。
僕は、給さんにならってゆっくり曲がり、直線に入ったところで、一気に加速する。ぬんらに並んで、かわした。一瞬ぬんらと目があったけれど、とくに表情に変化は見られなかった。
ちらりと横を見る。スタート地点では、ナジカが騒いでいた。
前方には壁が迫ってくる。そこにぽっかり空いた穴。僕が先に入った。
前に赤い矢印が見えた。「↑」右。少しスピードを落とし、上手く曲がれた。続いて「←」。ゆっくりと上昇する。しばらくそれを続けて気付く。それほどカーブはきつくない。何度も繰り返しているうちに慣れてゆく。まるでカーブの練習をしているみたい。――ってそうか。これって練習コースだっけ。
くねくねとカーブをこなしていると、少し離れた先に矢印。ただ今度はその横に何やら文字が書いてある。よく見えないし読めないけど、なんとなく、あのカーブが最後、という意味だと思う。
それを見て気が緩んだとき、背後にすぅっと気配を感じた。ぬんらだ。
(いつの間にっ?)
僕は気を引き締めなおし、スピードを上げる。けどぬんらの勢いが僕より勝っていた。
ジワリと差を縮められ、並ばれ、抜かれた。
いつぞやの「ごめんなさい」はなかったけど、ぺこりと頭を下げられた。
くっそーっ!
カーブを曲がり終えると、長い直線が続き、トンネルのずっと奥に外の明かりが見えた。やっぱりあとはまっすぐ。
僕は渾身の力を込める。手ごたえはあった。いったんは開いた塗んらとの差が、差が縮まり、再び並びかける。
横目でちらりと見えた、ぬんらのちょっと驚く表情に満足し、少しだけ僕が前に出る。けれどそれが限界。それ以上引き離すこともできず、そのままの状態で、トンネルを抜けた。
ナジカが待っている。ぬんらに抜かれないよう必死に飛びつつ、ナジカの頭だけを見つめ――思いっきり叩いてやった。タッチ。
「いってーっ!」
僕同様ナジカも恨めしげだったけど、スタートしないわけにはいかないので、先へ飛んでゆく。へへーん。どんなもんだい。
――ってちょっとまった。あと一回タッチがあるわけで今度は僕が仕返しされる? SかMかと問われれば、Mな僕だけど、リーザ以外には叩かれたくないよお。
ともかく、無事交代したら、どっと疲れが出てきた。まだあと一周しなくちゃいけないんだから、とにかく今は休まないと……
ふひゅぅ。
身体から力を抜いて、隣に目をやる。
そこにはぬんらが一人……じゃなくて一匹。
「って、どーして給さんがいるのっ?」
「作戦だよ」
給さんは猫がするように顔を洗いながら平然と答えた。
レースはナジカと並んでぬんらがまだ飛んでいた。ナジカが飛ばしているのは分かるけど、ぬんらもぴったりとついてくる。カーブを曲がり下りに入るころには、ぬんらがほうき半分ほど前に出ていた。なんか……僕と飛んでいたときより速いんじゃない?
給さんが説明を加えた。給さんたちはまず、給さんが一周飛び、代わったぬんらはタッチをせず二周飛び続け、最後に給さんと替わる。
この方法だと、交代の回数を減らすことができてタイムロスをなくし、さらには給さんが二周分長く休めるという利点もアリ。
「何それ、それってずるいじゃん」
「そうかい?」
給さんが視線をレースに向ける。今ではぬんらが完全に前に出ているけど。
あっ……驚いたのはぬんらの表情。鬼気迫るというか、すごく必死な感じ。会話している時のおどおどした様子など、微塵も見当たらない。
そっか。給さんが一周楽する分、ぬんらは一周長く飛び続けなくちゃいけないんだ。給さん分の疲労が、ぬんらに押しかかったんだ。
「言っとくけど、彼女から言いだしたんだよ」
僕の非難のまなざしに給さんが答える。
『私はのんびりしていますから、スピードが出るのに時間がかかりますし、長く飛ぶのは得意ですから、続けて飛んでいいですか? ってね』
前半のぬんらのセリフは彼女をまねたもの。もちろん似てないけど。
「私はOKしたよ。いくら長く飛ぶのが得意だからって、二周飛ぶのはつらいよ。けどいいんじゃない? これは練習なんだから。楽していちゃ、伸びないよ」
給さんは僕を残して、モニターの場所へ向かった。僕は、動けなかった。
ぬんらが、給さんがそんなことまで考えていたなんて――
リレー方式になって知らずうちに緩んでいた、僕の気持ちも引き締まった。
くしくも、最後は給さんとの一騎打ちになったんだ。負けられない。
モニターを見ていた給さんがスタート地点に降りてきた。
どっちが先に来るとは、言わなかった。僕も聞かなかった。
トンネルの出口を見つめる。しばらくして、先に出てきたのは、ナジカだった。必死の形相で口を動かし叫んでいる。
「しーにー」
「しに?」
「さらせぇぇぇーっ!」
「うわぁっ」
ナジカのグーのタッチ(てゆーか右ストレート)を紙一重で交わす。
「こらっ逃げるな!タッチできねーだろ」
ナジカのやつ、やっぱり根に持っていたんだ。ああもぉ、せっかくやる気になっていたのにぃぃ。
ぬんらもトンネルから出て、近づいてきている。僕は、ナジカの拳が逃げ回っているうちに肩にふれたのをいいことに、それをタッチとして、スタートした。てっきりナジカが追ってくるかと思ったけれど、彼女はぐったりとほうきに寄りかかったまま。
レース後なんだから疲れているのは当たり前か。ってゆーか、無駄な体力使ってしまった?
僕たちからほんの少し遅れて、ぬんらと給さんのタッチが行われた。
「……すいません」
「よくやったね」
給さんが優しく言い、一気に加速した。
やばっ。後ろを観察してる場合じゃない。スピードを上げる。けど――あっと言う間どころか、声も出ないうちに、あっさりと抜かれた。
速いっ。むちゃくちゃ速っ。やっぱナジカのときはスピードを抑えていたんだ。これが給さんの、Bランクの実力。僕も目いっぱい力を入れているつもりだけど、差は開く一方。
給さんはスピードをほとんど落とすこともなくカーブを強引に曲がってゆく。最初に飛んだ時とは正反対。そのおかげで、カーブで多少差を縮めたけれど、直線でまた引き離されてゆく。
先に給さんがトンネル内に消える。遅れて僕も入る。入った途端、給さんがカーブを曲がり、その姿が消える。僕もそれを曲がると給さんが姿を現す。けどまたすぐ消える。
しばらくその状態が続いているうちに、僕はふと気づいた。
気のせいか給さんの背中が見える時間帯が増えている? スピードが速くカーブを大雑把に曲がっているから? いや、それだけじゃない。スピードだって、スタートしたときほど出ていないような。
そっか――
給さんの戦法は「逃げ」だ。スタートから先頭に立って最後まで逃げ切る方法。事実、あの映像の給さんも、後半は間違いなくばてていた。
そうだよ。ぬんらのタッチ直後の給さんが速かったのは、スタートから飛ばしていたからだ。いくら給さんでも、あのスピードのまま最後まで飛べるはずがない。必ずどこかでばてる。僕にだってチャンスはあるはず。
そう思うと、俄然やる気が出てきた。
給さんの背中を見つめ、カーブを右へ左へ上へ下へ。給さんの姿が見える時間が増えるたびに力が出てくる。それを繰り返しているうちに、何て言うか、慣れてくる。身体が、無意識のうちに動く。何か、ゾーンに入ったというか、最短コースを自分でも信じられないほど上手に曲がって行ける。
給さんの姿がカーブを曲がるたびに少しずつ大きくなってくる。これなら、いける?
左、左、左のカーブを曲がる。
覚えている。この次のカーブをもう一度左へ曲がれば「このカーブを曲がれば最後」の表示がある曲がり角。給さんとの差はもう、僕のほうきの先が、給さんのほうきの枝に触れそうなほど。
最後のカーブを曲がる。僕は、残っている力を一気に放出した。
「いっけーっ!」
加速する。精神と身体のバランスがぴったりフィットしたような感じ。驚くほどスピードが出る。疲れはあるんだけど、それ以上に気力が充実している。すごい、いい。スピードが出ているのに身体もぶれない。
ついに給さんの横に出て、並んだ。トンネルの直線はまだ半分もある。これならいける。
「やるねぇ」
給さんがスピードを保ったまま、声をかけてくる。ふっ。僕の集中力をそぐ作戦だろうけど、それには乗らないよ。リーザに集中力のことを指摘されたけれど、逆に言えば、集中した時の僕は、ミレイユにだって引けを取らないってこと。
「あっ」
再び給さんが声を出す。
さっきと違って、ちょっと驚いたような、そんな感じの声だったので、つい気になって、ちょっとだけ視線を猫に向ける。給さんはスピードのまま、ちらりと視線をあさっての方向に向ける。
そして、ポツリと言った。
「あんな所に、裸のリーザが」
「えっ! えっ? どこどこっ?」
僕はすかさず給さんの視線の先に目をやる。そこに裸のリーザがいないと知るや、首を左右に振って、全裸のリーザを捜索する。えーん、どこにもいないよーっ。
ふと気づいたら、給さんの姿が遠ざかっている。
給さんがスピードを上げた? いや、これは僕のスピードが落ちているからで……
だ・ま・さ・れ・たぁぁぁぁ――っ!
「ず、ずるいっ!」
僕は気を入れなおして、渾身の力をほうきに込める。漫画だと、怒りのパワーで猛スピードって展開だけど、実際はそんなことなくて、いったん崩れた心と体のバランスは、簡単には立て直せなかった。
結局――
僕がようやくトンネルを抜けたときには、給さんはゴールしていた。
あとからゴールした僕は、給さんに文句の一つでも言ってやろうかと思ったけれど、涙を流さんばかりのぬんらに抱きつかれている給さんの姿を見たら、何も言えないじゃない。
しかもナジカには、一部始終をモニターでばっちり見られていて、冷たく「バカ」って言われるし……
うがぁぁぁぁっ!(心の叫び)
こうして、僕のトレセン初体験は幕を閉じた。
もとの世界に帰ろうにもリーザがいないため、僕たちは再びほうきに乗って、いつもの湖畔へと向かった。レース後にまた飛ぶことってあまりなかったから、疲れが結構体に来ている感じ。
ずいぶん時間が経ったせいで、外はもう夕方だった。空から見る夕日に照らされ、眼下に広がる田畑が赤く染まっている。のどかで幻想的で、とても心を打つ。
といっても僕の気持ちが晴れることはなく、
「給さん、今回はなしだからねっ」
前を行く給さん(僕は道がわかんないので)に向け、思い切って声をかける。上空なのでどうしても大声になってしまう。
何事かと振り返った給さんに、僕は告げる。
「リーザをかけた勝負のこと!」
「かまいやしないよ」
「へっ?」
意外な返答に僕は戸惑う。トレセンでは何もなくぬんらたちと別れたけど、そのうち絶対難癖つけてくると思ったのに。
「これはあくまで練習だよ。ああでもしないと、あんたやる気でないだろ」
「な、なんだぁ……」
ほっとすると同時にどっと疲れがわく。つまり鰹節の件も僕を怒らせやる気にさせるためだったのね。……それだけじゃない気もするけど。
「あっ、じゃあレースの飛び方も……」
一周目の給さんはゆっくり丁寧に、けどどこか物足りなくて。逆に二周目はものすごく速く迫力もあったけど、無駄なコーナーリングも多く、飛ばしすぎて後半スピードが落ちた。ちぐはぐなレースの進め方。
もしかして、あれも僕に手本を見せるためのものだったのだろうか。なんだ、給さんって意外といい人――じゃなくて猫娘かもしれないね。
急に親しみを感じた僕は給さんの横に並んで、聞いてみる。
「でも給さん、どーして最後にあんなこと(リーザ、素っ裸)を言ったの?」
リーザをかけた真剣勝負じゃないのなら、あんなことする必要なかったのに。あれも精神修行だったのかな。引っかかったし。
けど、給さんから帰ってきたのは意外な言葉。
「別に。あんたとはあんなところで決着をつけたくなかったからだよ」
「えっ? それって……」
給さんが僕を認めてくれたってこと? えへ。なんか嬉しいかも。
そんな笑顔を給さんに向けたら、ぷいっとそっぽ向かれてしまった。もしかして、照れてる? しかも急にスピード上げるし。僕は慌てて給さんを追うと、給さんは挑発するように、言ってきた。
「なんなら、今勝負しようかい?」
「よぉし、望むところだっ」
遠くに見えてきたいつもの湖畔に向けて、僕は力を込めてスピードを上げた。




