↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/6

第二部 第十一話「かっこいい名前」

出発の朝、のはずだった。


東門の前で、アルは三体を見回していた。青は前へ、司書は周囲へ、猫はなぜか地面へ。相変わらず、全員が別方向を向いている。


「よし、行くか」


そう言いかけたとき、背後から、息を切らした足音が追いかけてきた。


「アルさーん! 待ってください!」


受付嬢だった。胸に分厚い台帳を抱えて、髪が少し乱れている。


「出発、少しだけ待ってもらえませんか。お願いしたいことが」


「ええと、また?」


「また、です。……あの、先にこれを」


受付嬢は、台帳をぱらぱらとめくって見せた。びっしりと、細かい字が並んでいる。


「石板が元に戻って、三週間。名前をつけて引き取られた魔物が、もう四十三体になりました」


「え、すごいじゃん」


「ええ。すごいんです。……いろんな意味で」


受付嬢は、困ったように笑った。


町のギルドの掲示板の前は、人だかりだった。


〈名前募集中の魔物たち〉の札が、昔の「処分予定一覧」に代わって、壁一面に並んでいる。ただ、その横に、もう一枚、新しい紙が貼り足されていた。


〈名前は、呼んだ方の責任です。似合うものを選んでください。なお、名前の返品は受け付けておりません〉


「……これ、受付さんが?」


「はい。つい、勢いで」


「w 返品って」


掲示板の前では、冒険者たちが、引き取った魔物の自慢をしている。


「うちのは『デストロイヤー』だ!」


アルは、思わず足元を見た。


デストロイヤーと呼ばれているのは、手のひらサイズのハムスターみたいな魔物だった。丸い目で、じっとこちらを見ている。


「……あれ、かわいいな」


「名前、強そうでしょう!」


「いや、うん。強そうだな。名前は」


司書が、肩の上で、小さく羽を揺らした。


「命名の根拠が、不明だ。観察結果との整合性が、確認されていない」


「いいじゃん、本人たちが気に入ってれば」


「その『本人たち』のうち、片方の気持ちが、誰にも確認されていない」


アルは、ハムスターを見た。ハムスターは、ほんの少しだけ、後ずさった。


「……まあ、そうかもな」


隣では、別の冒険者が、猫くらいの魔物に呼びかけている。


「おい、ヴァルキリー! 来い!」


呼ばれた魔物は、びくっとして、知らんぷりを決め込んでいた。


「ヴァルキリー! ヴァルキリー!」


ごろん、と床に寝転がる。


「……こいつ、ぜんぜん言うこと聞かないんだよな」


猫が、アルの足元から、ちらりとそちらを見た。


「にゃ」


「w お前、なんか言いたそうだな」


「にゃ」


「あー、はいはい」


受付嬢が、声を落とした。


「実は、お願いしたいのは、こういうことなんです。名付けた魔物が、最近、少し落ち着かなくなったと、相談が増えていて」


「落ち着かない?」


「毛が逆立つ、夜中に吠える、物を壊す。最初は、慣れていないだけだと思っていたんですが」


「何体くらい?」


「十一体、です」


アルは、眉を寄せた。


「その十一体、名前はどんなの?」


受付嬢は、台帳をめくった。


「『ドラゴン』『魔王』『デストロイヤー』『ヴァルキリー』……」


「全部、強そうなやつ?」


「……そうですね」


アルは、司書を見た。司書は、羽を一度だけ、静かに揺らした。


「記録する」


「記録しろ」


昼過ぎ。


町の広場に、騒ぎが起きた。


「うわあああ!」


悲鳴と、何かが倒れる音。屋台の天幕が、ばさりと引きちぎられて宙を舞った。


アルたちが駆けつけると、人だかりの真ん中に、灰色の狼が一頭、立っていた。


狼、と言っても、大型犬より少し小さい程度。毛は逆立って、牙を剥いている。ただ、足は震えていて、尻尾は、股の間に巻き込まれていた。


「ドラゴン! やめろ、ドラゴン!」


人垣の向こうから、大柄な男が飛び出してきた。ギルドで「鍵拾い」と笑った、あの冒険者パーティの先頭にいた男だ。


「ボルグさん」


「あ、鍵拾い」


「アルです」


「アルでも鍵拾いでも、どっちでもいい! ドラゴンを止めてくれ!」


ボルグは、必死の形相で、狼に近づこうとする。


「ドラゴン! 俺だ! 落ち着け!」


「グルルル」


狼は、牙を剥いたまま、一歩下がった。


「ドラゴンは、俺が名付けたんだ。強そうだろ。最初は、ちっこくて、頼りなくて、でも名前をつけたら、ぐんぐん毛並みが良くなって、牙も尖ってきて」


「……」


「だから、強くなってるんだ、と思って。思ってたのに」


ボルグの声が、わずかに震えた。


「三日前から、夜、ずっと吠えてる。餌も、あんまり食わない。そして今日、勝手に外に飛び出して」


青が、アルの足元から、ぴょんと跳ねた。


「ねえ、アル」


「うん」


「あの子、こわがってるよ」


「え」


「毛が逆立ってるのに、足が、ぶるぶるしてる。しっぽ、巻いてる」


司書が、静かに言った。


「同意する。攻撃の動作ではなく、威嚇の動作だ。威嚇は、恐怖の表現でもある」


「怖がってる?」


ボルグが、目を見開いた。


「ドラゴンが? まさか。名前は、ドラゴンだぞ」


「ボルグさん、一旦、落ち着いて」


アルが、狼の目を見た。


そのとき、視界の端が、ふっとにじんだ。


狼の頭の上に、文字が浮かぶ。


〈ドラゴン〉


その文字の下に、うっすらと、もう一つ、別の文字が重なって見えた。薄い灰色で、読めない。何かが、そこに、隠れている。


「……」


文字は、すぐに消えた。


アルは、足元の三体を見た。


「青、司書、猫。この狼、石板で見てみよう」


「石板、ここにないぞ」


「ギルドの石板で。連れていけるか?」


「にゃ」


猫が、狼の隣に、すっと近づいた。


猫の背丈は、狼の半分ほどしかない。けれど、猫は、鼻先をちょんと狼の鼻に近づけて、そのまま、じっとしていた。


狼が、ぴたりと止まった。


そして、小さく、鼻を鳴らした。


「……行けるみたいです」


「えっ」


ボルグが、目を丸くした。


夕方、ギルドの訓練場。


石板の前に、狼が立っていた。猫が、その隣に寄り添っている。


「手を、置いてみてください」


受付嬢が、そっと言った。狼は、おずおずと、前足を石板に乗せた。


石板が、ぼんやりと光る。


文字が浮かんだ。


〈ドラゴン〉


その下に、うっすらと、もう一行、重なっていた。


灰色の、読めない文字。それが、〈ドラゴン〉の文字に、ぎりぎりと食い込むように、揺れている。


「……名前が、ぶれてる」


司書が、静かに言った。


「他の十体も、見せてもらえるか」


受付嬢が頷いて、台帳から名前を呼んだ。


一体、また一体。冒険者たちが、自分の魔物を連れて、順番に石板に前足を置いていく。


どの石板の表示も、同じだった。


強そうな名前の下に、読めない灰色の文字が、重なって揺れている。


ガルドが、いつの間にか、後ろに立っていた。


「……全部、同じか」


「ガルドさん」


「報告が入った」


ガルドは、懐から書状を取り出した。


「同じ症状が、東の三つの町で確認されている。名付けた魔物が、落ち着かなくなり、暴れ出す。報告件数は、すでに、七件」


アルは、息を呑んだ。


「七件? この町以外に?」


「ああ。そして、全ての報告に、共通点がある」


ガルドは、書状の一行を指した。


「『名前を呼ぶ人が、その名前を、強さの証にしたがっていた』」


訓練場が、静まり返った。


ボルグが、拳を握りしめて、ゆっくりと口を開いた。


「……強く、したかった」


声が、かすれていた。


「ドラゴンに、強くなって、ほしかった。……俺が、強くなりたかったから」


誰も、何も言えなかった。


狼が、石板の前で、小さく、くうん、と鳴いた。


アルは、足元の三体を見た。青は、いつもより少しだけ静かだった。司書は、羽を畳んで、じっと石板を見ている。猫は、狼の隣から、一歩も動かない。


「……出発は、延期だな」


アルが言った。


「うん」


青が、小さく答えた。


「行こうと、思ってたんだけどな」


「いってみたい、けど」


青は、少しだけ、考えるように体を揺らした。


「この子、ほっといて、いってみるのは、やだ」


「……そうだな」


アルは、笑った。


「全員、同じ意見か」


司書が、ゆっくりと頷いた。


「検証が必要だ」


「にゃ」


猫が、小さく鳴いた。


狼は、石板の前で、ずっと、猫の隣に立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。