忌み名を授かり、靄の向こうへ
本日の Causerie は
靄の向こうへ踏み出す前に、
女神様は今日も淡々と、そして容赦なくおっさんをいじり倒していた。
言語付与は“ちょっとだけ”。
加護も“ちょっとだけ”。
名前授けに至っては、忌み名まで飛び出す始末。
……まあ、この人のことですし、
静かに異世界へ向かうなんて展開は、最初から期待していませんけどねぇ。
それでも、靄の奥には確かに“向こう側”の気配がある。
おっさんがどれだけ騒ごうと、
女神様がどれだけ淡々と突き放そうと──
異世界への道は、もう開いてしまっているのです。
では、そろそろ参りましょう。
本編の始まりは、いつだって静かに、そして痛く。
女神はおっさんをじろりと見た。
その視線は「まためんどくさいことになったわね」と言っているようだった。
「……じゃ、まず言語付与からね。
あんたの厨二病で意味が歪む程度には、ちょっとだけ強めておくわ。」
「ちょっとだけ!?
ちょっとだけって何ですか!?」
女神は肩をすくめた。
「あなたには“ちょっと”で十分なの。
強くしすぎたら異世界でも厨二病暴走するでしょ?
そうなったら手がつけられないし──
地球でも仲いい人いなかったのに、異世界で暴走したら余計に出来ないわよ。」
おっさんは言葉を失った。
図星すぎて反論できない。
女神は沈黙すら気にせず、手を軽く振った。
「ほら──いくわよ。」
淡い光がふわりと身体に吸い込まれた。
「はい、言語付与終わり。
それ以外は絶対に渡さないから。」
──しかし実際には、
その“ちょっとだけ”の付与は
古代・龍・精霊を含めた──
異世界の言語すべてを理解できるほど強力だった。
二人とも気づいていない。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
いやいやいや、まだ行くわけないじゃないですか!
加護もらってないんですよ!
異世界には病院ないんですよね?」
「そんなものある訳ないじゃない、いい年してラノベ何冊も読んでたら
異世界がどんなもんかわかってるでしょ。」
「異世界で病気になったらどうするんですか!
最低でも病気に耐性のつく加護とか
もらえるまで絶対に行きませんからねっ!!」
おっさんは必死だった。
女神はこめかみを押さえ、ため息をついた。
「……ギャンギャンうるさいわね〜……
じゃあ付ける前に条件があるわ。」
「条件!?
なんでも言ってください!
異世界で生き残るためなら何でもします!」
女神は腕を組んだ。
「異世界に行ったら──
わたしのことを広めること。いい?」
「ひ、広める……?
でも、異世界ではすでに信仰の対象では──」
女神は鼻を鳴らした。
「崇められてるけど──
“もっと”崇めてもらいたいのよ?」
「もっと……?」
「そうよ〜。
わたしを見て“あ、今日も世界は平和だわ”って思う人が
もっと増えてもいいのよ。」
おっさんは背筋を伸ばした。
「そ、それは……確かに……!」
女神は指を一本立てた。
「だから──
“きれい、かわいい、優しい、モデルみたい”
このあたりを中心に広めなさい。」
「ど、どのくらい……?」
「あなたが旅するところ全部よ。」
「全部!?」
──* * *──
▶いやっ 急に無茶振りなステマ要求。
──* * *──
「そうよ。
悪口を言ったら天罰。
わたし、そういうのすぐ分かるから。」
おっさんは敬礼した。
「了解しましたぁぁぁぁ!!
全力で広めます!!」
女神は満足げに頷いた。
「よろしい。
じゃあ──加護、付けるわね。」
女神は手を軽く振った。
“蚊でも払うのか?”というくらいの雑さで。
靄が揺れ、淡い光がおっさんの体へ吸い込まれていく。
「加護は“病気耐性”。
あんたにはこれで十分。」
──しかしその瞬間、
女神の指先からこぼれた光は
病気耐性だけでなく、他の耐性まで一緒に付与していた。
言語同様、二人とも気づいていない。
「……で、終わりですか?」
「付与と加護は終わりよ。
最後は──異世界での名前とちょっとしたご褒美を授けるわね。
ほんとありがたく思いなさい……女神直々にホントはご褒美なんてないんだから。」
「な、名前……ですか?
自分、地球ではもう名前あるんですが……?」
「それは地球の名前でしょ。
異世界では使えないわよ。
向こうの“流れ”に合わせた名前じゃないと、厨二病がまた暴走するでしょ?」
「ぼ、暴走って……」
──* * *──
▶ 「……おっさ〜ん、何を迷ってるんですか〜。
せっかくリセットできるって言ってるんですよ。
ここはのっとくべきでしょ〜よ。
その後のことは知ったこっちゃないですけどね。」
──* * *──
「事実でしょ。
だから──異世界での名前は私が授けるの。」
女神は杖を軽く突き、靄の中から光が立ち上がった。
「あなたの異世界での名前は──
Gypsy Wolf ジプシーウルフ よ。」
「ジ、ジプシーウルフ……ですか?」
「そうよ。
今までもいろいろやらかしてきたしね、
これから行く異世界でも──多分、いいや。
間違いなく絶対やらかすあなたにぴったりでしょ。」
「いや……そこまで言わなくても……
まぁ……確かに響きはいいし……
なんかこう……気持ちが騒ぐというか……」
──* * *──
▶……“絶対やらかす”と言われて、このおっさんに反論できる材料があるだろうかっ
いやっ ある訳がない。
──* * *──
女神はため息をついた。
「騒ぐのはあなたの厨二病でしょ。
名前のせいじゃないわよ。」
おっさんは言い返せない。
「それと──もう一つの名前もあるの。
ラノベ好きなら分かるでしょ?」
おっさんはニヤニヤした。
「もしかしてっ……
もしかしなくてもっ “例のですね” はいっ 存じておりますっ……?」
──* * *──
▶ 「……気持ち悪いおっさんですねぇ〜。
何をニヤニヤしてるんだかっ。
変な想像でもしちゃいましたか?」
──* * *──
女神はテレビ的な“タメ”を入れた。
「じゃあ伝えるわ。
その名は──」
「その名はっ!!」
「忌み名:放浪の狼 よ。」
後ろで どどんっ!! と派手なSE音がした気がした。
「……えっ?
い、忌み名?……ちょっと待ってください。
女神様、耳が遠くなったみたいで……
念のため、もう一度だけお願いできますか……?」
「仕方ないわね〜。
忌み名:放浪の狼よ。
どう? かっこいいでしょ〜?」
「忌み名って!!
そこは普通“二つ名”でしょうがぁぁぁ!!
忌み名なんて縁起でもない!!
自分はいりませんよそんなの!!」
──* * *──
▶ 「……おっさん、あんた自身が縁起悪いんだから、
ちょうどいい名前もらって何が不満なんですかっ。」
──* * *──
女神は肩をすくめた。
「決まったものは仕方ないでしょ。
それに──あなたの厨二病なら
忌み名の方が似合うわよ。」
「似合うってなんですかぁぁぁ!!」
女神は首をかしげた。
「え? 忌み名と二つ名って同じ意味よね〜?」
「同じな訳ないでしょうがぁぁぁ!!」
女神は聞き流した。
「さ、名前も付けたし──最後にごほうびね。」
「ちなみにご褒美って何か伺ってもよろしいでしょうか?」
──* * *──
▶ 「……このおっさん、迷惑かけるだけかけておいて、
ご褒美とはいい根性してますなぁ〜。」
──* * *──
「そんな知りたい? でもね──
おやつの時間ギリギリなの。
だから向こうで勝手に確かめて。
はい転移っ。」
杖をひらりと振る。
光が弾け、おっさんの姿が靄に吸い込まれた。
ひらりと手を振り、女神は神界へ戻っていった。
閉じゆく靄だけが、異世界への気配を淡く残した。
次回 龍と精霊とおっさん 厨二病がさわぐ見知らぬ空の下 へ続く。
言語付与に始まり、加護、名前授け、忌み名──
どれも本来なら厳かに行われるはずの儀式なのですが、
女神様とこのおっさんの組み合わせでは、どうにもそうはなりませんねぇ。
“ちょっとだけ”と言いながら盛大に付与してしまう女神様と、
その意味を一切理解しないまま騒ぎ続けるおっさん。
淡々とした神の手と、痛々しい人間の声が、
今日も見事に噛み合わないまま靄の向こうへ消えていきました。
それでも──
異世界への扉は確かに開かれました。
おっさんがどれだけ騒ごうと、
女神様がどれだけ雑に扱おうと、
“向こう側”の世界は、もう彼を受け入れる準備を終えているのです。
さて、次に待ち受けるのは、
異世界の空気と、初めて踏みしめる大地。
そして──
このおっさんが、また何かしらやらかす未来。
ご案内の語り部は、次回 またあなたを特等席へ。
どんな誘いになるのか、次の Causerie (物語)をお待ちいただければ幸いです。




