街の空、旅立ちの朝、そしてキャロルの夢
この話では、旅立ちの朝の静けさと、
キャロルの小さな決意を中心に描いています。
街の空の柔らかい光の中で、
泣き虫だったキャロルが “自分の足で決める” と言えるようになった、
そんな一歩の物語です。
最後には、史実をもとにした“呪詛板”の小ネタも登場します。
旅の続きは、まだ始まったばかりです。
「じゃ〜いろいろと大変お世話になりましたぁ〜。
おまけにこんなにいただいてしまって……逆に申し訳ないです。」
「いいんだよぉ〜。
こっちはあのお金取り戻してくれて、どれだけ助かったか。
それにくらべたら、これくらい何でもないよ(笑)。」
「でも今日は、すぐ近くの……なんだったかな、名前ど忘れしたけど……
まずはそこまで行くんだろ?
何かあればすぐ戻ってこれるらしいし、遠慮すんなよ。」
「ですね。ほんとは何もないのがいちばんですけど……
行ってみないと分かんない事もありますし。
その時は無理せず戻ります。」
「うん、それがいい。身体さえあれば何とでもなるしな。
次の機会まで待って動くってのも、悪くねぇんだからよ。」
「わためお姉ちゃん、ころねお姉ちゃん、いろいろとありがとう。
これからどこに行くか知らないけど、身体は気をつけてね。」
「ごめんねぇ〜、うちの子がどうしてもお別れしたいって。
そんな二度と逢えないわけじゃないからね。
大げさだよって言ったんだけどね。」
「キャロルちゃん、この街にもギルドはあるし、どこでもね、やり取りは出来るからね。」
「そうだよっ。わためが言ったように、何もかも終わりじゃないんだから、
いつものキャロルちゃんに戻って欲しいな。」
「でもぉ、でもぉ、ずっと遠くまで行っちゃうんでしょ?」
「そういうキャロルちゃんに、おっさんがひとつだけいい事教えてあげよう。
ちょっとだけ耳を貸してくれるかい?」
「耳を? ちゃんと返してくれる?」
「これはやられたねっ(笑)。うん、ちゃんと返すからねぇ。
実はね、世界は…… ……世界ってね、思ってるよりずっと広いんだよ。
キャロルちゃんが歩ける場所なんて、まだまだほんの一部なんだ。」
おっさんがそう言うと、キャロルはぱちぱちと目を瞬かせて、胸の前で両手をぎゅっと握った。
「それって本当なのっ? 本当にっ、本当っ?」
「キャロルちゃんが大きくなるころには、分かるかもね。」
「じゃあ……じゃあねっ……
わたしがもっと大きくなったら……
もっともっと遠くまで行けるってこと?」
「行けるさ。
その時は、今日みたいに泣かなくてもいいくらい強くなってるよ。」
「……うんっ……!
じゃあねっ……その時はねっ……
またジプシ〜さんに会いに行くからっ!」
「お二人さ〜ん、秘密のお話しは終わりましたぁ〜。( ̄ー ̄)ニヤリ」
「ころねぇ〜、びっくりするじゃないかぁ〜。
そんな秘密の話でもないさっ。
ちょっとしたキャロルちゃんが元気になる、魔法の呪文をささやいてただけだよ(笑)。」
「なんか怪しぃわねぇ〜。
わたし達にはかけられないの?」
「うん、これはもの凄い純粋なお子様にしかかけられない魔法の呪文なんだよ。」
「ひっどぉ〜い。
それじゃまるで私が小さい時の純粋な心、忘れたみたいに聞こえるんですけどぉ〜(笑)。」
ころねが笑って、わためが肩をぽんぽんと叩いた。
「ほらねぇ〜キャロルちゃん。終わりじゃないって言ったでしょ〜?」
「そうそう。旅ってのは“続きがある”から旅なんだよ。」
キャロルは涙を指で拭いながら、でもその顔はもう笑っていた。
キャロルが涙を拭ったあと、おっさんは少しだけ視線を空へ向けた。
この街の空は、朝の光がまだ柔らかくて、
遠くの屋根の上に薄い雲が流れていた。
「……さて。そろそろ行かないとな。」
その声に、キャロルがまた小さく肩を揺らした。
「でも……でもねっ……
ジプシ〜おじちゃんが行くところって……
ほんとに“遠いところ”なんでしょ……?」
「遠いかどうかは、歩いた人間にしかわからないよ。
地図より、自分の足で決めるものだからね。」
「……うん……
じゃあねっ……
わたしもいつか、自分の足で決める……!」
ころねがその言葉に目を丸くして、わためがふふっと笑った。
「キャロルちゃん、ほんと強くなったねぇ〜。」
「でしょ〜? わたし、もう泣かないもんっ!」
おっさんはその言葉に、ほんの少しだけ目を細めた。
「泣いてもいいんだぞ。
無理に大人の真似をして泣くのを我慢しなくていいんだよ。
子供は、泣きたい時に泣くのがかわいんだから。」
「……じゃあ……
泣いてもいいけど……
でも、行ってらっしゃいは言うっ!」
キャロルは胸の前でぎゅっと拳を握りしめて、まっすぐおっさんを見上げた。
「じゃ〜おやっさん行ってきます。
おやっさんのいう様に、何かあれば戻ってきますし、心配しないで下さい。」
「おぉ〜それは心配してないんだがよ。
うちのキャロルを泣かすような事はしてくれるなよ(笑)。」
「そんな事ある訳ないじゃないですかぁ〜(笑)。
それより、おやっさんの料理の禁断症状が出て、そっちで戻ってくるかもしれませんよっ(笑)。」
「うれしぃ事言ってくれるじゃねぇかぁ〜。
なら次くる時、もっとおどろいた顔見たいからよ。
俺も精進するわぁ〜。」
「ほんとに気を付けるんだよ。
ころねちゃん、わためちゃん。
もし身体疲れた時は、うちのお風呂が待ってるからね。」
「えぇ〜、そんなこと言われたら……
また入りたくなっちゃうじゃないの〜。
ねぇ〜ジプシ〜、明日にずらせないかなぁ〜。」
ころねが笑いながら腰に手を当てる。
「延ばせる訳ないじゃないか。
ころねの事だから、また明日『またずらせないかなぁ〜』って言ってるのが目に見える(笑)。」
「わたしも〜。
あのお風呂、ほんと気持ちよかったんだもん。
足のばしてもまだ余るなんて、なかなかないよねぇ〜。」
「だろ〜?
うちは旅人が疲れ取れるようにって広く作ったんだ。
ちょっとでも今日の旅立ちに疲れが残ってないんなら、それは何よりだっ。」
おやっさんが胸を張ると、キャロルがちょこんと横から顔を出した。
「ねぇねぇ〜、ころねおねぇちゃん、わためおねぇちゃん。
また入っていってよねっ?
わたし、また一緒に入りたいんだからっ!」
「おいおいキャロル。
お客様を風呂に誘うんじゃないよ(笑)。」
「えぇ〜だってぇ〜……
広いお風呂、楽しいんだもんっ!」
ころねとわためが吹き出した。
「キャロルちゃん、ほんと正直だねぇ〜。」
「まぁ、そこがかわいいんだけどね〜。」
おっさんは苦笑しながら頭をかいた。
「……ま、また機会があればな。」
キャロルは嬉しそうに頷いた。
「じゃ〜 まずはその遺跡跡を見てから街を出ますかぁ〜。」
「どんな感じなんだろうねぇ〜?そんな昔からお風呂があったなんて……
どこに行っても、お風呂好きはいるもんなのねぇ〜。」
「あと、きいていた“呪い?”という名の愚痴? ボヤキ?
あれが書かれた板っていうのも気になるよね〜。
『おれの服を盗んだ奴に天罰を』って書かれてたって聞いたけど……
その後どうやって家に帰ったんだろうね。」
「だよなぁ〜。
でも聞いた話だと、誰かしら知り合いには会うらしいぞ。
それで、その知り合いに頼んで家族に服を届けてもらったり……
知り合い自身に“服を持ってきてくれ”って頼んだんだってさ。」
「でも昔の服なんて高かったらしいから……
盗まれた人はかわいそうに。また買いなおしでしょ?
そりゃ、呪いの1つもかけたくなるわ(笑)。」
───立秋/望月/仏滅/一白水星/辰の刻/晴光───
次回 ころねとわため、消えた二人──そしておっさんは、犯人になる へ続く
**キャロルの涙と笑顔が、
この28話の中心でした。
旅は終わりではなく “続きがある” という言葉が、
この街の人たちの優しさをそのまま表しています。
おっさんの静かな励まし、
ころねとわための姉らしい明るさ、
そしてキャロルのぎゅっと握った拳。
どれもが、旅立ちの朝の空気を温かくしてくれました。
史実をもとにした“呪いの板”の話は、
昔の人の生活の息づかいを感じられる小さなエピソードです。
次の話では、いよいよ遺跡跡へ向かいます。
キャロルの夢も、おっさんの旅も、まだまだ続きます。**
ご案内の語り部は、次回 またあなたを特等席へ。
どんな誘いになるのか、次の Causerie (物語)をお待ちいただければ幸いです。




