白露の朔、宿屋の温もりとパンの香り
白露の朔──
街が少しだけ浮き足立つ日。
お祭りの始まりを知らずに宿へたどり着いたおっさん御一行は、
キャロルの家族に迎えられ、
あたたかい灯りとパンの香りに包まれる。
昔の衣装で街を歩く人々、
舞踏会の夜会、
そして宿屋の人たちの賑やかな声。
“生活の音”が一気に広がる回です。
「着いたよぉ〜。ここがお部屋でぇ〜す。
本当はもう少し、お礼もかねていい部屋案内したかったんだけど……
さっき話した通り、来週からお祭りで早めに来てるお客さんで、
うちも何だけど埋まっちゃってるの。」
「そんなになのねぇ〜。
それなのに無理いった様で、ほんとごめんね。」
「気にしないで。これも何かの縁だと思うから。
だってね──あの時、お兄ちゃんが取り返してくれなかったら、
今日の夜の営業だってどうなってたか……
それにくらべたら、これくらい全然いいよ。」
「ん〜……おっかしぃなぁ〜。なんか忘れてる気がするな〜……」
「どうしたの? キャロルちゃん。急に考え込んだりして、何かあった?」
「わためおねぇちゃん、ちょっと聞いていい? 今日は何日?」
「ちょっと待ってね……今日は確か、白露の朔だけど……それがどうかしたの?」
「やっぱりぃ〜! ごめんなさぁ〜い!
お祭りの日の“始まり”なんだけど──今日からだったみたい(笑)」
「だからかぁ〜……人が多いと感じたのは。
そしたら前乗りとかじゃなくて、今いる人たちは完全に“お祭り目当て”で来てるってことか。
そりゃ〜、スリとかも通りで増えるわけだぁ〜……」
「それでキャロルちゃん、そのお祭りっていつまで続くの?」
「えぇ〜っとねぇ〜、今日は朔だから……う〜んと、確か幾望前まで続くのかな〜?」
「そんなに続くのねぇ〜。たのしみぃ〜。」
「他の月にもお祭りあるんだけどね〜、今回のお祭りは“昔の人の格好”して街の中を歩きまわるの〜。
女の人ならドレスで、男の人は……なんて言ったっけな〜? 忘れちゃった(笑)」
「それはすごいわねぇ〜。だからこんなに人が多いのねぇ〜。
この機会にしか見れないなら、そりゃ来るよねぇ〜。」
「そっかぁ〜。そりゃそうだよな。来年は見れないんだったら、そりゃ来るよなっ。うんうん。」
「と思うでしょ〜? ざ〜んね〜ん。
なんとこのお祭り、毎年やる日は少しずれるけど“今くらい”に毎年やってるの〜(笑)」
「えぇ〜〜!? 毎年やってるのにこの人なのぉ〜? うっわ〜、それはすごいわねぇ〜。」
「あとね〜、それだけじゃないのぉ〜。このお祭りの本命は“夜”なの〜。」
「夜? 今だけでも綺羅びやかで充分すごいと思うんだけど? 夜に何があるの?」
「夜にはねぇ〜、“昔の舞踏会を再現した夜会”が見れるの〜。今よりもっと綺麗なんだよぉ〜。」
「それはすごいわねぇ〜。ぜひ見てみたいわねぇ〜。どうしたら見れるの?わためも見たくない?」
「見たいけど〜、そんな簡単に見れないでしょ〜?キャロルちゃんは見ること出来るの?」
「出来るよぉ〜。ただねぇ〜、条件があってぇ〜。舞踏会を見るにはまず“参加券”が必要なの。」
「まずはってことは、他にも条件があるのね?」
「うん。次に“ドレスコード”があって、昔の衣装を着てないと参加できないの〜。
だから参加の権利もだけど、衣装の準備のほうが大変だと思うの。
すぐには準備できないしね〜。でもね、さっき話した衣装で“1日だけ”街の中を歩いてくれる日が
あるんだけど、それを見るために毎年……」
「うっわぁ〜……それは聞けば聞くほど大変だねぇ〜。」
「でもね〜、いい事のほうが多いんだよ〜。
みんな来てくれるし、何より“うちの宿屋”も街のお店も儲かるっ(笑)」
「キャロルちゃん、さすがだねぇ〜。そこは“疲れる〜”とか“もういい〜”とか言うのかと思ったら、
儲かるって……立派な後継ぎさんだね(笑)」
「だろぅ〜? うちのキャロルはこう見えてしっかりしてるからなぁ〜(笑)」
「お父さん、やめてよぉ〜。お客さんの前で言わないでっ。恥ずかしいでしょ〜。」
「おっと、怒られる前に夕食の準備に戻るかね。あともうちょっとで出来るから楽しみにしててくれよ。
ちなみに──食べられない物とか、苦手な物ってあるかい?あれば外して出すけど。」
「あぁ〜、お気遣いいただきありがとうございます。
自分は特にないです。出していただいた物は何でも。さすがに食器までは食べないですけどねっ(笑)
わため、ころねは何かある?」
「「わたし達も特にないです〜」」
「……あとでお父さんはお仕置きだね。ほんとにもう〜。」
「なら、お腹もすいてるけど──楽しみに夕ご飯待ちますかぁ〜。
ところでキャロル、この街のご飯って何が有名なんだ?あぁ〜聞いちゃうと楽しみになるじゃないか。」
「やっぱり何といっても“パン”だねぇ〜。
そのパンにチャップスとかチーズとか、自分の好きな野菜とかをのせて食べるの。
もの凄く美味しいんだよぉ〜。わたしなんて“今日こそは全部食べるぞぉ〜”って思っても、
半分食べただけでお腹いっぱいになっちゃうの。お兄ちゃんでも全部は、
もしかしたら厳しいかもね〜。」
「そんなにかぁ〜。逆に楽しみになってきたなぁ〜。わため、ころねはどう?どれくらい食べれる?」
「ちょっとわかんないなぁ〜。まずは見てみないと。
でも“自分の好きなように具材を選んで食べていい”って、ほんとわくわくするよねぇ〜。」
「でしょ〜? これが“うちの宿のうり”なんだぁ〜。出てきた物を食べるのもいいけど、
“自分の分をお好きにどうぞ”って言われたら、ちょっとお得感感じない?」
「キャロル、帰ったよ〜。ちょっと荷物取りに来ておくれ。意外といろいろ手に入ってねぇ〜。
昼間に助けてくれたお兄ちゃんいるだろ?あの子達にも少しはお礼したいからねぇ〜。
奮発して買ってきたんだよ(笑)。そしたら思ったより時間かかっちゃってねぇ〜。」
「あぁ〜、おかみさんおかえりなさい。うっわ〜、すっごい量ですねぇ〜。
でもいろいろあって、ほんとに美味しそ〜(笑)」
「あらっ、やだよぉ〜。ぜんぶ聞こえてたのかいっ(笑)」
「お母さんが声大きすぎるだけでしょ。お兄ちゃん達に“今日から始まってる催し物”とかの話を
してたところだったの。あと、ご飯とかね。」
「そうだったのかい。ほんと昼間はありがとねぇ〜。
聞いたと思うけど、今日の昼間が“昔の衣装を着て街の中を歩く日”だろ?
そうするとみんなそっちに気を取られるから、毎年何かしらあ〜いう輩が出て来て困ってたんだよ。」
「毎年なんですかぁ〜? それは大変ですねぇ〜。
うちの宿に泊まってくれる人には出かける度に注意はしてるんだけど、
それでもやっぱりこの時期は減らないんだよ。」
「お母さん、もうちょっとで夕ご飯だから、お父さんのお手伝いしなくていいの?
なんかお父さんね〜、すごい張り切ってたよ。“お兄ちゃんたちにいろいろ食べてもらうんだ”って。」
「そうかいそうかい。それならわたしもちょっと厨房に行ってこようかね。
そしたらキャロル、買ってきた物──
いつものとこに“持てる分だけ”でいいからしまっといてくれるかい?」
「またぁ〜、お母さんそうやってぇ〜。もう、わたしだってちゃんとお手伝いできるんです。
場所だってわかってるし、ぜんぶしまえるもんっ。」
「はいっはいっ(笑)。じゃよろしくね。お母さんは厨房手伝ってくるから──
ジプシ〜君たちは好きなとこに座って待っててね。
うちの旦那が気合を入れたんなら、味は保証するから楽しみにしてておくれ。」
───立秋/栗豆/先負/一白水星/戌の刻/晴光───
次回 キャロルの“弟と妹”騒動とおっさんにモテ期が来たかもしれない夜 へ続く。
今回の話は、
キャロルの家族の空気が一気に形になる回でした。
おかみさんの豪快さ、
お父さんの張り切り、
キャロルの軽さと素直さ──
それぞれの“声”が自然に重なって、
宿屋という場所が読者の中にしっかり根づいたと思います。
そして、白露の朔から始まるお祭り。
舞踏会の夜会。
街のざわめき。
ここから物語は“生活の層”が厚くなり、
世界観の音がさらに深く響いていきます。
ご案内の語り部は、次回 またあなたを特等席へ。
次の Causerie(物語)も心待ちにしていただければ幸いです。




