8「リズィさん」
自分で天才美少女魔術師って言うのかよこの人。
俺は常識人だと思っていたのに、その期待を見事に裏切る発言をリズィさんはしてきた。
二児の母親が言うセリフか。
「シィルヴィアから転生者が村にやってきたって聞いて一度話してみたかったんだ~。今日はわざわざここまで来てくれてありがとうね」
そう言いながらウィンクするリズィさん。
自身の容姿に絶対の自信があるような振る舞いはカエサルを彷彿とさせた。
やっぱカエサルの親だこの人。
「っとそうだ! シィルヴィア。悪いけどカエサルここに運んできてもらってもいいかしら? まだ気絶しているようだったら、バケツで水かけて起こしちゃってもいいから」
「母様! それだと兄様が風邪引いちゃいますよ?」
「大丈夫だって! あの子馬鹿だし、風邪を引いたとしてもキノ先生に診てもらえば一発で治るから問題ないよ」
「もう……」と渋々言いながらもシィルヴィアは立ち上がって部屋を出て行った。
それを見送るとリズィさんがニヤリと口の端を浮かべる。
「ねえねえジオンくん。シィルヴィアのことどう思う?」
「なんですか急に?」
顔を覗き込むように詰め寄ってくるリズィさんに俺は警戒して少し及び腰になる。
「何でもいいからどう思うか教えてよ?」
ニヤニヤと下卑た顔のままリズィさんは聞いてきた。
シィルヴィアをどう思うかって?
そんなの決まってる。
「可愛いし優しいし気配り上手だし、カエサルの行動に頭を悩ませる苦労人だけど天使みたいな良い子……ですかね?」
「ほうほう!」
うんうんと頷きながら嬉しそうにするリズィさん。
いったい何が聞きたいんだ?
「恋愛的な意味合いでしたら、何も起きてませんよ」
「あら残念。面白そうだと思ったのに……」
俺の言葉に露骨にテンションが下がるリズィさん。
母親という立場から娘の恋愛事情を楽しんでいる様子である。
「さて、二人が来る前に出来ることをしましょうか」
「出来ること?」
リズィさんは言うと懐から一つの瓶を取り出した。
「それなんですか?」
「これはD溶液って言ってまだ試作品なんだけれど、あなたにこれを使ってみてほしいの」
「使うって……」
俺はD溶液と言われた手のひらに収まりそうな小さな瓶を手渡される。
研究所で作られた液体というだけで危険な感じがした。
「もしかしたらあなたの記憶にかかった封印術を消すことができるかもしれないの」
「封印術……? あれ、リズィさん。俺が記憶を封印されているって知ってるんですか?」
「ええ。シィルヴィアからもポム爺さんからも聞いてるわ」
「ポムさんからも?」
ポム爺さん?
俺のこと話したのか?
「最初、記憶の封印術を施されているって聞いてびっくりしちゃったよ。でもポム爺さんが言うなら確かだからね。私のいま開発している術式解除の溶液が役に立つかもしれないと思ったの。実験許可は既にもらっているから心配しないで」
またもウィンクするリズィさん。
あれ、確か無理に記憶を取り戻そうとすると危ないって聞いてたのに……。
「人格破綻を起こす可能性があるから、ヘタにいじらないほうがいいと言われたはずなんですけど……」
「心配しなくても大丈夫。これは封印術を無理矢理消すなんてことはしなくて、本人の安全に関わる場合、その時点で効果を発揮しなくなるから心配いらないわ」
「そんな都合の良いものなんですかこれ?」
俺は手渡されたD溶液を見る。
瓶の中身はピンク色の液体が入っていた。
凄いんだなこれ。
「中身の液体を手に取って塗り込めば、それだけで終わりよ。効果が出るまで少し時間がかかる場合もあるけれど、かかったとしても最長十五分くらいね。早速瓶を開けて使ってみてちょうだい」
俺は言われてすぐに瓶の蓋を開ける。
一瞬、甘い香りが漂ったが、すぐに匂いは消えた。
これを手のひらに垂らす。
ピンク色の液体がとろりと流れた。
「肌を伝って体内の封印術に届くから、肌ならどこでも大丈夫。そのまま手のひらに塗り込んでみて」
言われて俺は少量を手に塗り込む。
ぬりぬり、と。
徐々に手に馴染んでしっとりとした手触りになった。
「因みに副作用があるから。このD溶液は」
「ちょっと待ってください! 使ったあとに言うんですか!?」
俺はびっくりして立ち上がった。
「ええ。けれどそんなに危険な物じゃないから大丈夫。身体にある封印術に効果がなかったり、そもそも封印術が施されてない場合、身体から液体が離れようとして服に乗り移るの」
「それでどうなるんですか?」
「服が溶けるわ」
リズィさんが言った瞬間、俺の来ていた衣服は弾けるように全て溶けてしまった。
俺は全裸姿をリズィさんにさらけ出す形となった。
すると後ろのドアが開き、カエサルとシィルヴィアが入室してくる。
なんてタイミングだ。
「なんだジオン。服を捨てたのか? 汚いケツだな」
「いやぁああああああああああああああああっ!!」
俺はその場で絶叫するのであった。
ーーー
「…………散々な目に遭った」
「すみません。母様が本当にすみません」
落ち込む俺にシィルヴィアが肩を落として申し訳なさそうに何度も謝ってきた。
溶けてしまった服の代わりに研究所にあった服を着させてもらう。
いいんだよシィルヴィア。シィルヴィアは何も悪くないんだよ。
「ありがとうジオンくん。若い子の身体が見れておばさん嬉しいわ」
ニコニコとするリズィさんから俺は距離を取る。
この人わかっててやったな。
「母様!」
「冗談よ、冗談。試用試験に丁度いいと思ったし、実際の効果については嘘をついてないからさ」
「はっはっはっ! 母上、あなたはクズだ」
「あんたよりかはマシよ」
「どっちもクズだろ」
言い合う親子に俺がぼそりと呟く。
この親にしてこの子ありとはこのことだ。
リズィさんは一度咳払いをすると、真面目な顔つきに変わって話し始めた。
「今日来てもらったのは、転生者という立場のジオンくんと直接話したいってのもあるけど、カエサルと一緒に私の仕事を手伝ってほしいと思って呼んだのよ」
「嫌です母上」
「まだ何も言ってないでしょっ!!」
間髪入れずに拒否するカエサルにリズィさんが怒鳴る。
「フィールドワークで動ける人を探しているのよ。簡単に言うと外に出てモンスターの生態調査や、素材の回収をしてほしいの」
「私一人でも十分可能だ母上」
「あんた一人じゃあ、まともな報告書も作れないでしょ!? 適当なこと抜かすな!」
リズィさんがキッとカエサルを睨む。
しばらく睨んだあと、俺の視線に気づいて咳ばらいをした。
「コホンッ。一応シィルヴィアがいるけど、研究助手ということで私のそばから離れられないの。そこでジオンくんが現れた」
リズィさんが手のひらで俺を示す。
「俺ですか? でもモンスターと戦えないですよ?」
「大丈夫! どちらかというとちゃんと状況判断ができる人が欲しかったの」
リズィさんが言う。
状況判断ができるとはどういうことだろうか?
「見たものをちゃんと記録に残して持ち帰ること。モンスターと戦う機会は多くなるから、強いに越したことはないけど……でも必ず相手を倒さないといけないわけじゃない」
「いままで、カエサル一人でやってたんですか?」
「何回かやってすぐにクビ。正直仕事どころじゃなくなったから」
仕事どころじゃないって、何があったんだ?
「はっはっはっ。私が村に逃げ込んだ結果、モンスターが入り込んだことがあったのだ」
「カエサル……お前、結構なやらかしだな」
思ってたよりもヤバそうな話であった。
「笑いごとじゃないでしょ!? 結局村人総動員でやっつけて、モンスターがリポップしないように厳重に確認したんだから!」
リズィさんがガチ目に怒る。
リポップの意味がわからなかったが、村人総動員とは十分大事である。
「だからカエサルのリードを引っ張ることのできるあなたにこの仕事を任せたいと思ったの」
リズィさんが言う。
カエサル以外にフィールドワークの仕事を引き受ける人間がいなかったために、そちらの仕事は滞っているそうだ。
「すぐに返事しろなんて言わないから、良かったら考えてみてちょうだい」
急ぎではないらしく、いつでもいいから興味があったら声をかけてくれとリズィさんは話してくれたのだった。




