7「研究所」
「つ、疲れた~」
「お疲れ様です。飲み物用意しますね」
そう言ってシィルヴィアは建物のなかに入っていった。
俺はその場にしゃがみ込む。
長い道のりを経て、俺たちはカエサルたちの母親が住む研究所に到着していた。
民家のある一帯を抜け、更に先のところ。
木が生い茂っていた森のなか、歩くこと数分の場所に洞窟があり、その近くに掘っ立て小屋が建てられていた。
目的地の研究所がこれである。
みすぼらしい。
一目見た感想はそれだった。
木で造られたいわゆるログハウスであったが、年季の入ったものであるとわかるくらいに要所要所がボロボロであった。
苔なのか緑色に変色した壁に植物の一部がところどころに生え散らかしていた。
平屋で横に長く伸びた形は中がそれなりに広いことを想像させた。
「はっはっはっ、情けないなジオン」
カエサルは笑って疲れ果てた俺を見た。
「俺、体力ないなマジで」
「はっはっはっ! はっはっはっ! はっはっはっ! はっはっはっ! ば~かっ!」
「お前っ、馬鹿って言ってんじゃねえよ!!」
カエサルが煽って馬鹿にしてきたので俺は近くにあった小石を拾ってカエサルに投げてやった。
しかし、鎧を着ていたカエサルの前に小石は無力にも弾き返されてしまう。
カ~ンっという甲高い音が森の中に響き渡った。
「ふはははっ! 我が鋼鉄の鎧に小石など片腹痛いわ!」
「腹立つ~、こいつっ」
カエサルが指をクイクイッと動かし挑発してくる。
あんにゃろ~、調子こいてからに!?
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラーっ!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーっ!!」
小石を拾っては連続で投げる俺に対してカエサルは両腕を広げことごとく弾き返した。
小石が当たる度にカンカンカンッと甲高い音が森に響き渡る。
他に音を出すものもないためよく鳴り響いた。
すると研究所の扉が勢いよく開き、一人の少女が出てきた。
「うるさーいっ!! ひとん家の前で何をカンカン鳴らしてんだぁボケェ!!」
少女は怒鳴るように叫ぶと、俺とカエサルにそれぞれ履いていた下駄を飛ばしてきた。
「痛ってぇええええええええっ!!」
「利かぬわぁああああああああっ!!」
一つは俺の頭に直撃し、俺はその場でもんどりうって悶えた。
クッソっ、なんでこんな目に…………!?
反対にカエサルは鎧に守られ、下駄は空しくもただ弾かれるだけであった。
勝利に酔ったカエサルが決めポーズを決める。
「お久しぶりですな。母上!」
「何が久しぶりだっ!! 人の快眠邪魔すんなバッキャロー!! あと人に指差すな!!」
カエサルに指を差された少女が言う。
俺は頭を抱えたまま、相手を見た。
銀髪ポニーテールの幼い美少女が白衣に裸足という恰好で扉の前に立っていた。
あれが母上? あんなに小さい子が?
「シィルヴィアが言ってたジオンくんってきみね」
母上と呼ばれた少女は落ち着いた様子になって、裸足のまま俺の前にやってくる。
すると俺の顔を見ようと覗き込んできた。
「…………いいわね」
何が?
品定めするように俺を見て少女は呟いた。
「母様っ!? 起きてたのですか?」
今度は研究所からシィルヴィアが出て来て言った。
カエサルもシィルヴィアも母親と言ったことで目の前の少女が母親で間違いなさそうだった。
「おはようシィルヴィア。この子、なかに案内してあげてちょうだい。あとカエサル。むさ苦しいからその鎧脱ぎなさい」
「はっはっはっ! 嫌です!」
カエサルは言って背を向けるとそのまま走り出した。
あいつ逃げる気か?
「逃がさないわよ。刑務用鞭!!」
母親が詠唱すると彼女の足元に黒い鞭が現れ、カエサルを追尾する。
走って逃げるカエサルの足に絡みつくと、思いっきり引っ張り上げた。
「おわぁああああああああっ!?」
引っ張った勢いのまま、カエサルは空中に放り出され、そのまま手近にあった木にぶつかって落ちた。
「鎧を脱いで研究所のなかに入りなさい。いいわね?」
「……は…………はい」
カエサルは返事をすると、その場で気絶するように首がガクッと垂れた。
死んだかあいつ。
「シィルヴィア。大丈夫だと思うけどジオンくんの頭、診てあげて」
「は、はい」
言い終えると母親は研究所のなかへと入って行った。
「すみません! 頭、大丈夫ですか?」
「痛いけど……どうなってる?」
「大きなたんこぶが出来てます」
「マジで!?」
めっちゃ痛かったもんなあの下駄。
「消毒液を持ってきます。待っててください。それとお水です。どうぞ」
シィルヴィアは水の入ったコップを渡してくれた。
ありがてぇ。
オラぁ喉がカラカラだったんだ。
「ありがとう」
そう言って水を飲みながらシィルヴィアが消毒液を持ってくるのを待つ。
しばらくするとシィルヴィアがやって来て消毒液をかけてくれた。
「痛ってぇええええええええっ!?」
「わわわ!? ごめんなさいごめんなさい!!」
本日二度目の痛みに俺はゴロゴロ転がって悶絶した。
気を失いそうになりつつも、シィルヴィアの優しい声と介抱に俺は意識を辛うじて保てたのだった。
ーーー
「すみません、ジオンさん」
「いやいいんだよ。手当てしてくれてありがとう」
俺はシィルヴィアに消毒液で消毒してもらい、額全体を覆うような大きな絆創膏を貼ってもらってから研究所に入った。
カエサルは放置である。
中に入ると普通の家のように家具や物が置いてあった。
研究所と言ってることから、薬品や機械類の類が多いのかと思ったがそんなことはなかった。
「生活感ある普通の家だな。色々な研究をしてるって聞いたけど、ここが本当に研究所なの?」
「はい。研究施設はこの家の地下にあります」
そう言ってシィルヴィアは家の中を案内してくれた。
重厚そうな見た目の扉があり、そこをシィルヴィアが開けて奥へと進む。
俺も続けて入ると、そこは階段の踊り場となっていた。
壁掛けされた光源となる明かりが淡く光っていたが、全体的に暗い雰囲気が漂う場所だった。
地下へと続く階段を、シィルヴィアと共に俺は降りて行く。
階段を降り切ると、長い廊下が奥へと続いていた。
けれど先へは進まず、降りてすぐ近くにあった扉をシィルヴィアはノックするのだった。
「母様。ジオンさんをお連れしましたよ」
「はーい。入っていいわよ」
母親の声で入室許可をもらって中に入る。
「うわっ! マジかよ…………」
俺は中に入ってすぐにそれが目に入った。
思わず声を出し、口を半開きにしてしまう。
円形の大きなガラスケースに緑色の液体が充満していたものが置いてあった。
問題はその中身であった。
「これ『にゃん兵』か? 目を瞑ってるけど……生きてるのか?」
緑色の液体の中に『にゃん兵』が一匹、まるまる入れてあった。
液体のそこでガラスケースに寄りかかるように座らされていた。
研究所って聞いてたけど、モンスターの研究かこれ。
「びっくりした? ホルマリン漬けした『にゃん兵』だよ。研究素体ってことで取って置いてあるんだけど、これだけ残っちゃてね。処分もせずにずっとこのままなのさ」
椅子に座ったまま、シィルヴィアの母親が言う。
彼女のデスクには、書類やら本やらが山積みになっていた。
乱雑に置かれた物が目立つこの部屋は、普段から使われているだろうことを見る人に思わせる。
上の部屋と違って整理整頓が行き届いておらず、まさに研究に没頭する博士の私室として満点の部屋であった。
「ここで話すのもあれかと思ったけど、上の部屋はどうにも綺麗すぎて私が駄目なんだ。悪いけど、この部屋で我慢してね」
「いえ。お気になさらず……」
母親の言葉に俺は軽く頭を下げて話す。
「それとさっきはすみませんでした。カエサルに小石を投げてうるさくしたの俺です」
俺は先ほど切れ散らかした母親へ正直に言って謝罪した。
「ああ、いいのよ。どうせカエサルが何かやったんでしょ? 気持ちはわかるから気にしないで」
手を振って許してくれた。
さっきは寝起きだったからか機嫌が悪かっただけでいい人なのかもしれない。
ここに来るまでどういう人物か疑っていたが、シィルヴィア同様常識人のようで内心俺は安堵した。
そんなことを考えているとシィルヴィアが部屋の端に置いてあった背もたれのない椅子を俺に手渡してくれた。
本当に気の利く子だと改めて思う。
「ジオンさん使ってください」
「ありがとうシィルヴィア」
俺はシィルヴィアにお礼を言って遠慮なく座った。
「どういたしまして。お飲み物はどうしましょう?」
「コーヒーでいいならあるよ。いま用意するから」
シィルヴィアが飲み物を持ってこようとすると、母親が壁際にあった簡易テーブルからコーヒーサーバーを持って紙コップに注いでくれた。
「これお気に入り。どうぞ飲んでみて」
「ありがとうございます。いただきます」
俺はお礼を言ってコーヒーを飲んだ。
砂糖を入れていないのに、そんなに苦くなかった。
飲みやすいな。
「これブラックじゃなくてもそんなに苦くないんだ。砂糖を入れてもいいけど、面倒だからこれでいつも済ましちゃうんだよね。はい、シィルヴィア」
「ありがとう、母様」
シィルヴィアが母親からコーヒーの入った紙コップを受け取る。
するとすぐには飲まず、懐から白い粉の入った透明の袋を取り出して中身を入れていた。
「甘党が~。そのままでも美味しいのに」
「ふふ。いいじゃないですか。これが好きなんですから」
母親がシィルヴィアに向かって茶化すように文句を言う。
どうやら常備していた砂糖を入れたらしい。
一緒に過ごしてわかったが、シィルヴィアは甘いものが人一倍好きであった。
何かを食べたり飲んだりするときも、甘いものがあればそちらを優先して選ぶ子である。
「さて、早速だけどきみの話は聞いているよジオンくん」
母親はコーヒーを一口飲むと話し始めた。
「うちの馬鹿息子が大変世話になったと聞きました。本当にありがとうね」
ニコリと笑って話す母親の顔はカエサルとシィルヴィアの面影を感じさせた。
母親だと聞いていたけど、実際に面と向かって言われると信じられなかった。
だってどう見たって見た目幼女だもん。
若作りってレベルじゃない。
何者だこの人。
「ふふふ。不思議そうな顔をしているね。きみって結構顔に出るタイプ?」
「うっ! そんな顔してますか俺?」
「ふふふ。うん、このおばさん怪しいなって顔してるよ」
言われて俺は顔をしかめる。
けど仕方ないじゃん。
信じられないもの。
「おばさんって…………とても見えないですよ。シィルヴィアと姉妹だって言われても、俺勘違いする自信あります」
「ふふふ、そうかな? まあ初対面の人はそう思うかもね」
言って母親は背筋を伸ばして俺を見た。
「私の名前はリズィ。天才美少女魔術師として主にモンスターの研究をしているわ。きみ、転生者なんだって?」
母親ことリズィは不敵な笑みを浮かべてそう言った。
読んでいただきありがとうございます。
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